第27話 キルア、激戦グリーンドラゴン
◆精霊との最終契約編
――竜を討ち、運命を越えて
帝都の空を覆うように、翠緑の巨影が翼を広げていた。
「行くよ……」
アリア=デュフォールは、小さく息を吸い込むと、一歩、祭壇から飛び出した。
リーナの手が、すぐに宙を滑る。彼女が唱えたのは、精霊の加護と防御を強化する古代魔法だった。
「〈ガルナ・シルト〉――三重結界、発動」
淡い光がアリア、キルア、そして自分の身体を包む。
「頼んだわよ、アリア」
「ええ……!」
アリアの瞳が決意に燃える。
彼女が取ったのは、おとり役――竜の注意を引きつけ、他の二人が反撃の機を作るという、もっとも危険な役割だった。
魔法で強化された脚力で、一気に木々を跳び越え、帝都の中心部へと向かっていく。
空に浮かぶ翠の竜、グリーンドラゴンは、その巨大な頭部をアリアの方へとゆっくり向けた。
「――こっちよ!」
彼女の声に反応するように、竜の喉奥で、空気が震えた。次の瞬間、灼熱の緑炎が吐き出される。
「〈バリオス・シェル〉!」
リーナの結界魔法がアリアの背中に展開し、炎を弾いた。
だが、その熱気は、地面の草木を一瞬で焦がす。
「今よ、リーナ!」
アリアが、囮として竜の真正面に飛び出したその瞬間――
「〈アルヴェル・レイ〉――空より降れ、星の槍!」
リーナの上級魔法が、空に陣を描いた。
空間がねじれ、十本を超える光の槍が、一直線に竜の左翼を撃ち抜く。
「グアァァァアアア――!」
竜が呻き、バランスを崩したその隙に、キルアが動いた。
彼は腰にかけた大剣を抜き放ち、一気に跳躍した。
「こいつが……お前の“逆鱗”だなッ!」
落ちてくる竜の胴体にしがみつき、鱗の隙間――胸元にある脈打つ弱点を見極めて、大剣を深く突き立てる。
金属音と共に、刃が肉を裂き、竜の身体がのたうった。
「……このままじゃ、倒しきれねぇ……!」
キルアの身体が竜に振り回されながらも、彼は冷静に構えた。
「風よ――俺の意志を貫け!〈ライヴ・ストーム〉!」
右手から放たれた風の魔法が、大剣に宿り、そのまま竜の体内へと叩き込まれる。
竜の内部で爆風が巻き起こり、巨大な身体を内側から破壊していく――!
「ギィィアアアアアア――!」
叫びが、空を裂く。
キルアは、跳ね飛ばされるようにして地面に叩きつけられたが、リーナの魔法が再び彼を包み、致命傷は防がれた。
「キルアッ!」
アリアが駆け寄る。リーナも、すぐに回復魔法を詠唱する。
「〈リゼル・フレア〉……っ、間に合ってよ!」
キルアの意識がゆっくりと戻る。
「……やった、のか……?」
彼らの背後で、グリーンドラゴンが、大地に倒れ伏していた。
翠の翼は、もはや力なく地に崩れ、空は再び静けさを取り戻していく。
その時だった。
空から、ふたたび淡い光が降り注いだ。あの神殿の祭壇の上、水晶が再び光を放っている。
――リュフィエ。
風と大地の精霊王が、三人の前に現れる。
『……よくぞ、超えた。お前たちの意志、力、心。そのすべてが試練に打ち勝った。ゆえに告げよう』
精霊王の声は、どこまでも澄んで、静かだった。
『我は、お前たちと契約を結ぶ。過去を断ち、未来を織る者たちよ。その願い、しかと受け取った』
空気が震え、三人の身体に、淡い風と大地の加護が宿っていく。
キルアの銀髪がそよぎ、蒼い瞳がまっすぐ精霊を見つめた。
「……これで、呪いは?」
『あの少女の呪いは、王家が精霊との契約を裏切った“代償”であった。だが今、その過ちは償われ、新たな契約が結ばれた。呪いは解かれる』
アリアの瞳から、涙がこぼれた。
「……ありがとう……」
リーナも静かに、頷いた。
「これでようやく、誰かの犠牲じゃない世界に……なるかもしれないわね」
風が、祝福のように吹き抜ける。
そして三人は――静かに、祭壇をあとにした。
その背中には、確かな絆と、新たな未来が刻まれていた。
運命を越えた者たちに、精霊は微笑みを返すように、そっと森を包み込んでいった。




