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第26話 グリーンドラゴンに帝都の城は大騒ぎ

◆城を揺るがす災厄、皇族たちの逃走

 帝都の中心にそびえる帝城、シャトー城。


 その白亜の城壁と金色の塔は、王国の象徴として、いつの時代も人々を見下ろしてきた。


 だがその日、城を揺るがす“異常”が起きた。


 ――ドオオォォン!


 遠雷のような、だが確かに“近く”で響く、重く低い轟音。


 城の上空に現れた影。大きな翅、うねる尾、そして毒を含んだような翠緑の鱗。


 それは――“グリーンドラゴン”。


 「な……なんだ、あれは!?」


 最初に声を上げたのは、西塔の見張り兵だった。


 次の瞬間には、鐘が鳴り響き、警備兵が一斉に駆け出していた。


 「非常事態! 全将兵、配置につけ!」


 「城門を閉じろ! 侵入を防げ!」


 しかし、相手は地上の侵入者ではなかった。空から迫る“災厄”に、人々はなすすべもなく見上げるだけだった。


 城の最上階、謁見の間。


 「――なに? グリーンドラゴンだと?」


 玉座に座る皇帝ルイコスタ十三世の声が、重く響く。


 彼はまだ威厳ある中年の姿を保っていたが、報告を聞いた瞬間、顔が青ざめていくのを誰もが見た。


 「すぐに空軍を出せ! 迎撃させろ!」


 「お待ちを、陛下!」


 側近の老臣が血相を変えて進み出る。


 「グリーンドラゴンは、王国最古の災厄。歴代の文献には、軍をもってしても勝てなかったと記されております!」


 「黙れ! このまま指をくわえて、帝都が焼かれるのを見ていろというのか!?」


 「せ、せめて、皇族の避難を……!」


 その言葉に、皇帝はぎくりとしたように言葉を止めた。


 (そうだ……皇子たち、皇女、そして妃を……)


◇ ◇ ◇


 そのころ、皇族の私室が集まる北棟では、皇女エリナと第二皇子レオニスが、空の異変に気づいて外を見ていた。


 「兄様……あれって、まさか……」


 「……ドラゴン、だ」


 レオニスの言葉に、エリナは顔をこわばらせる。


 「でも、あんな大きな……本物なの?」


 「信じられないが、現実だ。城が……帝都が、襲われようとしている」


 そのとき、扉が乱暴に開かれ、近衛兵たちが飛び込んできた。


 「皇子殿下、皇女殿下! すぐに避難を!」


 「えっ!? お父様は!? 母様は!?」


 「陛下と皇妃様はすでに避難路へ向かわれています! 急いでください!」


 強引に引っ張られるようにして、ふたりは廊下を駆け出した。


 その先では、泣き叫ぶ侍女たち、荷物を抱えて右往左往する宮廷官たち、剣を手にする騎士団員までもが混乱の中にいた。


 「こっちじゃない! 避難路は西の階段を下りろ!」


 「妃殿下の御輿が迷子に! 誰か案内を――!」


 叫びと怒号が飛び交うなか、床が“ドン”と揺れた。


 天井のシャンデリアがかすかに軋み、壁の絵画が落ちる。


 「ま、まさかもう城の上空に……!?」


 レオニスが振り返る。


 その視線の先、窓の外――城の塔の上を、巨大な緑の影が滑空していた。


 「……でかい……!」


 「た、助からない……」


 誰かがそうつぶやいた。


 「なぜこんなことに……。皇家が何をしたっていうの……!」


 エリナの声は震えていた。


 答えは、誰にもなかった。


◇ ◇ ◇


 皇帝と皇妃もまた、地下の避難通路へ向かっていた。


 左右には騎士団の精鋭が護衛につき、剣を抜いたまま周囲を警戒していた。


 「陛下、このまま避難艇にお乗りください。帝都外縁までお連れいたします」


 「わたしは……逃げるのか、民を置いて……」


 皇帝の唇がかすかに震えた。


 「陛下、今はご英断を! 陛下が倒れれば、王国そのものが崩れます!」


 そうだと分かっている。だが――胸の奥に、どうしようもない“罪悪感”が渦巻く。


 (我ら王家が、過去に何をした……? なぜ、今――)


 地上では、グリーンドラゴンが吼えた。


 空が震え、空気がひび割れたかのような音が響いた。


 帝都の空に、絶望が広がっていく。


◇ ◇ ◇


 そのとき、誰もが心のどこかで、こう思っていた。


 ――誰か、助けてくれ。


 それは兵士も、皇族も、街の人々も、みな同じだった。


 「化け物だ……どうすれば、こんなのに勝てる……」


 「こんなの、もう終わりじゃないか……」


 城の広間に残った文官たちは床に座り込み、祈るように空を見上げていた。


 騎士たちも剣を構えながら、腕が震えているのを隠せなかった。


 逃げる者、泣く者、叫ぶ者。


 ――そのすべての顔に、ひとつの共通点があった。


 “絶望”。


 かつて、これほどまでに希望を失った帝都の光景があっただろうか。


 そして、誰も知らなかった。


 このとき、まだ帝都の外れで、一つの“希望”が動き出していたことを――。

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