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第23話 キルア、リーナ、アリアのつながり

◆誓いの余韻、揺れる心の行方


 窓の外で月が傾いていた。

 アリアの寝息は穏やかで、白いシーツの上に広がるその栗色の髪が、月明かりに柔らかく揺れている。


 キルアは彼女の頬をそっと撫で、静かにベッドを抜け出した。

 眠っているアリアの手には、まだ羽飾りが握られている。彼女にとって、それがどれほど大切なものなのかを知っているからこそ、言葉にはせず、ただそっとその手を包むように触れた。


 ――ありがとう。


 言葉にはせず、胸の内でだけ呟く。

 その温もりは確かに、キルアの心を支えていた。


 部屋の扉を静かに閉じ、暗い廊下を歩いていく。外の空気が恋しくなり、庭へと続く扉を開けると、夜風が頬を撫でた。


 「……アリアのところに、行ってたの?」


 その声に振り返ると、影の中からリーナが現れた。グレーのローブを羽織ったまま、薄明かりの下に立つ姿は、どこか幻想的で、けれどもどこか寂しげだった。


 「……ごめん」


 キルアは目を伏せた。


 「謝らなくていいよ」

 リーナはそう言って、小さく笑う。


 「……それだけ、あんたが本気だったってことだから。アリアのことを、大切に思ってるんだよね」


 キルアは、何も言えなかった。

 けれど、リーナは歩み寄り、彼の胸元に額を預ける。


 「でもね……わたしも、同じくらい……愛してるよ、あんたのこと」

 囁くようなその声は、夜の静寂に溶けるように響いた。


 キルアは、彼女の肩にそっと手を置いた。

 その身体の細さが、やけに心に残る。


 「……俺は、きっとずっと……中途半端なままかもしれない」

 「それでもいい」

 リーナは顔を上げて、まっすぐにキルアの目を見つめた。

 「誰かを好きになったら、その人の全部を受け止めたい。そう思ってたの。でも……あんたを見てたら、全部じゃなくてもいいのかもって、そう思えるようになったの」


 キルアは、言葉を失った。

 けれど、リーナの手がそっと彼の頬に触れる。


 「それでも、一緒にいていい?」

 その問いに、キルアはただ、黙ってうなずいた。


 そして、ふたりは静かに抱き合った。

 ぬくもりを分け合うように、互いの存在を確かめるように。


 リーナは、そっとキルアの背を撫でた。

 その仕草はどこまでも優しく、まるで長い旅路の果てにたどり着いたような安らぎを与えてくれた。


 「ねえ……キルア。あたしたち、どうなるんだろうね」

 「……分からない。でも、こうしてる今だけは、ちゃんと覚えておく」

 「……うん。そうだね」


 月が、庭の小道を照らしていた。

 静かに寄り添い、言葉よりも深い想いを交わすふたりの影が、ひとつになって夜に溶けていった。



◆ふたりの夜、三人の朝


 リーナのぬくもりは、驚くほど優しかった。


 キルアは、彼女の細い肩をそっと抱きしめる。リーナも静かにその胸に身を預けた。ふたりの間に言葉はなかったけれど、それ以上に大事なものが、確かに伝わっていた。


 月の光が、木々の間からこぼれ落ちる。庭の片隅にある小さな東屋。その中、ふたりは静かに座っていた。


 「……不思議だよね」


 リーナがぽつりと言う。


 「ずっと、一緒にいたのに……こうやって、ちゃんと触れ合ったのは初めてかも」


 「……そうだな」


 キルアは、リーナの手を握る。その手は、冒険の中でいつも彼を引っ張ってくれた。強くて、あたたかい手だった。


 「リーナ。お前のこと……俺は、大切に思ってる」


 リーナは、少しだけ目を伏せた。


 「うん。知ってる。でも、あたしは欲張りだから……言葉にしてくれたの、嬉しい」


 そのまま、リーナは小さく笑って、キルアの肩にもたれた。


 「アリアのことも、あたし知ってるよ。あの子も、きっと……もう引けないんだろうなって思った」


 「……ああ」


 「でも、それでもいい。あたしが決めたんだもん。あんたを好きになったのは、あたしだし」


 その夜、ふたりは時間の流れを忘れるように、互いの心を寄せ合った。肌と肌が触れ合うたびに、心の奥にある痛みもぬくもりも、全部、少しずつ溶けていくようだった。


 星がまたたき、夜は静かに更けていった。


 * * *


 朝――。


 公爵邸の窓辺に、柔らかな陽光が差し込んでいた。


 アリアは目を覚まし、ぼんやりと天井を見上げる。シーツの感触、そして身体に残るぬくもり――昨夜の出来事が夢ではなかったことを、静かに実感した。


 彼の姿がないことに気づいて、少しだけ寂しさがこみ上げた。でも、それ以上に、胸の奥にあるあたたかさが、今もそこにあった。


 「……ありがとう、キルアさん」


 小さく呟いて、そっと微笑む。


 一方そのころ、館の中庭では、リーナがローブの裾を払いながら、花壇の手入れをしていた。


 「おはよう」


 アリアの声に、リーナは振り返った。ふたりの間に、しばしの沈黙が流れる。


 けれど、アリアはそっとリーナに近づいて言った。


 「……ありがとう、リーナさん」


 リーナは一瞬、驚いたように目を見開いた。


 「え?」


 「キルアさんのそばにいてくれて。わたし……あの人がひとりで苦しんでいたら、きっと助けてあげられなかったと思うから」


 リーナは少し俯いて、それから息をつく。


 「……こっちこそ。アリアがいなかったら、たぶん、あたしはキルアとちゃんと向き合えなかった」


 朝の光がふたりの間を照らしていた。


 「ねえ、リーナさん。わたし、嫉妬しそうになることもある。でも……あなたのこと、嫌いにはなれない」


 「……あたしも、だよ」


 そのとき、キルアが庭の小道から現れた。ふたりの姿を見て、わずかに戸惑ったような表情を浮かべる。


 アリアとリーナが同時に彼のほうを見た。


 「お、おはよう……」


 「おはよう、キルアさん」


 「おはよう、あんた」


 返されたふたつの声に、キルアは苦笑した。


 「……なんだか、責められてる気分だな」


 「責めてなんかないわ。……ただ、ちょっとだけ、気になるだけ」


 アリアがくすっと笑い、リーナも肩をすくめる。


 「ま、あたしも……ちょっとだけね」


 ふたりの笑顔に、キルアはようやく安心したように息をついた。


 「ありがとう。お前たちが、こうして……話してくれてること、俺にはすごく……」


 その言葉の先を、アリアがそっと遮る。


 「大丈夫です。キルアさんは、キルアさんのままでいてください」


 「そう。あんたはあんたで、不器用なくらいがちょうどいい」


 空は晴れていた。昨日までの不安や痛みは、まだ全部消えたわけじゃない。でも、この朝の光の中なら、また歩き出せる気がした。


 それぞれの心に、それぞれの想いを抱えながら。

 そして、その想いが、少しずつ重なっていくように。


 キルアは、ふたりを見つめ、決意するように小さく頷いた。


 「……これからも、そばにいてくれ。どっちのことも、大切にする。だから……」


 アリアも、リーナも、黙ってうなずいた。


 風が優しく吹いた。

 静かな朝の光が、三人の未来を照らしていた。



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