第22話 キルア、呪いの元を斬る
◆帝都の影と呪いの真実
帝都リュミエール――それはフラン帝国の心臓とも言える巨大な都。石造りの塔が立ち並び、街路には馬車と人の流れが途切れることなく続いていた。
その中央にそびえる王宮の北側に、公爵家の本邸がある。アリアの家、デュフォール公爵邸だ。
「……まさか、こんな立派なところにまた来ることになるとはな」
キルアが門の前でつぶやくと、リーナが軽く肩をすくめた。
「気を抜かないで。ここからが本番よ」
「……ああ、わかってる」
アリアは胸元の精霊の羽飾りをそっと握りしめ、扉の向こうへと歩を進めた。
◇ ◇ ◇
応接間に通されてすぐ、屋敷付きの侍医が現れた。精霊の祝福を受けたことはすぐに確認され、驚きと喜びが混じったような反応が返ってきた。
「確かに、精霊の痕跡が……いや、それ以上です。呪いの進行が一時的に止まっている。奇跡としか言えません」
医師は震えた声でそう語った。
しかし、それはあくまで“猶予”を得たというだけのことだった。
「完全に呪いを解くには……“呪いの核”を見つけ出し、取り除かねばなりません」
その言葉に、場の空気が引き締まる。
「じゃあ、まだ終わってないってことだな」
キルアが前を見据える。
「はい。ですが、手がかりはあります。……この帝都の地下――“王家の秘廟”に、呪術に関わる古文書が封印されているという記録が残っているのです」
「王家の……って、ちょっとやばそうな場所ね」
リーナが腕を組んでうなる。
「けど、やるしかないでしょ。あんた、どうする?」
そう問われたアリアは、迷いなく答えた。
「行きます。わたし、もう自分の命を誰かに任せたくないんです」
キルアとリーナは、その瞳に宿る決意を感じ取っていた。
「じゃあ、やるか。帝都の地下ってのが、どれだけ厄介でも」
◇ ◇ ◇
王家の秘廟があるのは、帝都の中央、王宮の地下深く。
夜陰に乗じて、キルアとリーナ、そして変装したアリアは、かつて公爵家が使っていた古い地下通路から秘廟への入口に忍び込んだ。
「この先よ。気をつけて」
リーナが先頭に立ち、魔力の感知を広げながら進む。
石の通路は長く、空気は湿っていた。壁に描かれた紋様や魔術文字が、古代の気配を感じさせる。
そして、奥の石扉の前まで来たときだった。
「……来るわよ」
バチッ、と空気がはじけるような音。
直後、扉の前に現れたのは――異形の影だった。
「……なにあれ、精霊……じゃない」
「“呪霊”だ」
リーナの声が鋭くなる。
「これは、呪いを守る番人……!」
キルアは即座に剣を抜き、前へ出た。
「下がってろ、アリア!」
呪霊の体から放たれる黒い瘴気は、触れるだけで生命力を削り取っていく。だがキルアは、空気の流れを読むように滑るような動きで間合いに入る。
「風よ、斬り裂け――“裂風斬”!」
放たれた剣の一閃が、呪霊の身体を切り裂いた。
「ナイス! そのまま!」
リーナが続けて、封印魔法陣を展開。
「“封陣・重環”!」
呪霊の動きが鈍った一瞬を突き、キルアの剣が中心核を貫く。
黒い影が、音もなく霧散した。
◇ ◇ ◇
奥の部屋に残された石の祭壇には、古びた巻物がひとつだけ置かれていた。
慎重に開いたその巻物には、こう記されていた。
『呪われし血脈に宿りし印、始まりは王家の秘儀にあり』
「……これって……」
アリアが呟く。
「つまり、あなたの呪いは“王家の血”が関係しているってことよ」
「え……王家って、まさか……!」
「アリア、君の母方の祖先……王家に連なるって話があったはずだ」
キルアが過去の記録から思い出すように言った。
「呪いは、かつて王家が精霊と交わした禁断の契約。その代償が“子孫に課せられた寿命の呪い”だったのかもな」
「そんな……!」
アリアは、衝撃に言葉を失った。
でも――その瞳に宿る光は、消えなかった。
「なら……呪いの起源を断ち切れば、助かる可能性があるってことですよね?」
「……ああ。簡単じゃないけど、道は見えてきた」
キルアが、静かに剣の柄を握りしめる。
「“王家の契約”を暴いて、過去に終止符を打つ――それが、次の目標だな」
リーナも肩を回しながらうなずいた。
「こりゃもう、ただの冒険じゃ済まないわね。……本格的に、帝国の中枢に手を突っ込むことになるわよ」
アリアは、強く頷いた。
「それでも……わたし、自分の命を取り戻したい。運命に従うだけじゃなくて、抗いたいんです」
――その言葉に、誰も何も言わなかった。
ただ、三人の心に共通していたのは。
「よし。次は、“王家の秘密”を暴きに行くか」
キルアのその一言に、リーナとアリアも静かに頷く。
帝都の地下で見つかった“王家の呪い”の記録は、新たな真実への扉だった。
その先には、さらなる闇と、試練が待ち受けていることだろう。
だが――
彼らはもう、止まるつもりなどなかった。
◆呪われし運命に抗う夜――誓いの口づけ
帝都リュミエールの夜は静かだった。石畳を照らす街灯が、細い路地に淡く影を落とす。人通りが減った公爵邸の一室、カーテンの隙間からは月光が差し込んでいた。
アリアは窓辺の椅子に座り、空を見上げていた。胸元の羽飾りを握りしめたまま、言葉を探すように黙っている。
ノックの音に振り返ると、キルアがそっと部屋に入ってきた。
「起きてたか」
「……眠れそうにないので」
キルアは彼女の前まで歩くと、黙ってもう一つの椅子に腰を下ろす。
「今日のこと……きつかったな」
「はい。でも、それよりも……今、考えてるのは別のことです」
アリアは、ゆっくりとキルアを見つめた。
「……わたし、死ぬのが怖いんです」
その声には、震えがあった。
「精霊の祝福も、呪いの真実も……確かに、未来への希望かもしれない。でも、それでも……本当に助かるかは、まだ分からない。だから……」
アリアは立ち上がり、ゆっくりとキルアの前に立った。
「思い残すことがないようにしたいんです。できることは全部、やってみたい」
キルアはその真剣な瞳を見つめた。
「……やるさ。俺で協力できることがあるなら、何でも言え」
アリアは一歩、近づいた。
「キルアさんにしかできないことがあります」
言葉の先を、キルアは聞き返すことなく、静かに待った。
「口づけを……してください」
一瞬、空気が止まった。
「……本気で言ってるのか?」
「はい。いけませんか?」
その言葉に、キルアはわずかに微笑む。
「……だったら、断る理由はない」
そっと手を伸ばし、アリアの頬に触れる。アリアは目を閉じ、顔を近づけて――二人の唇が、静かに触れ合った。
それは、淡くも熱い、確かな感情を伝えるキスだった。
しばらくの沈黙のあと、アリアがそっと目を開ける。
「……ありがとう、キルアさん」
その声には、確かな安心と、少しの期待が込められていた。
だが、キルアはその瞳をじっと見つめ、彼女の肩をそっと引き寄せる。
「……もう止める気はない。いいんだな?」
アリアは、何も言わずにうなずいた。
静かな夜の中、二人はベッドに寄り添い、抱きしめ合う。
その距離を埋めるように、互いのぬくもりを確かめるように、そっと肌を重ねていった。
アリアは、キルアの腕の中で目を閉じる。恐怖ではなく、安心に包まれて。
その夜、二人は静かに、確かに――想いをひとつにした。




