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第12話 キルア、冒険者ギルドに登録する

◆フランシュドの風と始まりの扉

 長い旅路の果て――ついに、目的地が見えてきた。


 「見て、キルア。あれがフランシュドよ」


 リーナが木立の先を指差した。


 キルアが背伸びをしてその先を見ると、なだらかな丘の下に広がる大きな町が見えた。高い石壁に囲まれたその町には、色とりどりの屋根が連なり、中央には塔のような建物がそびえていた。


 「ずいぶん栄えてるな。もっと田舎かと思ってた」


 「まあ、帝国の南玄関みたいな町だからね。商人も多いし、冒険者も集まるし……なんでもそろってるわよ」


 「便利だけど……その分、目立ちそうだな」


 「でも、今のあんたなら、少しくらい目立っても大丈夫」


 リーナはニッと笑って、キルアの背中を軽く叩いた。


 「さ、行きましょ。まずは宿探し」


 ふたりは最後の坂道をくだり、ついにフランシュドの街門へと足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


 門をくぐった瞬間、キルアは思わず足を止めた。


 広い石畳の通りには、馬車や荷車が行き交い、露店では果物や焼き肉の香りが漂っていた。子どもたちが走り回り、旅人や兵士、そしてそれらしい冒険者の姿もちらほら見える。


 「すげぇ……王都とはまた違う活気だな」


 「この感じ、あんた嫌いじゃないでしょ?」


 「……まぁ、悪くない」


 キルアはつばの広い帽子を少し下げて歩き出した。


 数日間の森歩きで身体は重かったが、不思議と心は軽かった。――ここから、自分の新しい物語が始まる。そんな気がしていた。


◇ ◇ ◇


 宿は南門近くの一角、「白風亭はくふうてい」という名前だった。


 外観は白壁と木の梁が印象的で、ちょっと小洒落た雰囲気だった。中に入ると、陽気そうな中年の女主人が出迎えてくれた。


 「まぁまぁ、エルフの嬢ちゃんに、旅人の若様? いらっしゃい。今日は空いてるからゆっくりしていきな!」


 「一泊二人、夕食付きでお願い。あと、数日滞在になるかもしれないから、その分も仮で」


 「はいよ、任せとき!」


 荷物を下ろして部屋に入ると、キルアはベッドに倒れこんだ。


 「うわ……ふかふか……。山小屋の床とは大違いだ……」


 「寝るのは夜。まずはギルドに行くわよ」


 「えっ、今から?」


 「行動は早く。ここで生活するなら、冒険者登録は必須でしょ?」


 渋々立ち上がるキルア。だが、気持ちは不思議と前向きだった。


 ――ついに“冒険者”になるときが来たのだ。


◇ ◇ ◇


 冒険者ギルドは、町の中央広場のすぐ近くにあった。


 黒い石造りの堂々とした建物。入口の上には金属製の看板がぶらさがり、「フランシュド冒険者ギルド」の文字が刻まれていた。


 中に入ると、受付カウンターと長椅子の並ぶ待合スペースがあり、多くの冒険者たちが依頼書を見たり談笑していた。中には武器を背負った者や、魔術師風のローブを着た者もいた。


 「おぉ、なんか……“それっぽい”な」


 「ビビってる?」


 「……誰が」


 リーナがクスクスと笑う。


 受付に向かうと、黒髪の青年職員が笑顔で出迎えた。


 「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」


 「この子の登録。仮登録でいいから、早めに済ませたいんだけど」


 「かしこまりました。では、こちらの用紙に名前と呼び名、希望のクラスをお願いします」


 「クラス?」


 「戦士系・魔法使い系・探索系など、登録の目安です。あくまで参考ですので、後から変更も可能です」


 キルアは迷わず「剣士・魔術複合型」と書いた。そして、名前の欄にはためらいながらも、こう記した。


 《カイル・レイン》


 (もう、キルア=レイグラントじゃない……。今の俺は、ここで生きる“カイル”だ)


 提出すると、青年職員はにっこりと笑った。


 「ありがとうございます。では、簡単な実技試験を行いますので、案内係についてきてください」


◇ ◇ ◇


 実技試験は、裏庭にある小さな訓練場で行われた。


 「剣の腕と、魔術の使い方を少し見せてもらえれば結構です。私が相手になりますが、遠慮せずに」


 そう言ったのは、ギルドの教官らしき男。筋骨たくましい大柄な戦士で、手には木剣を持っていた。


 「いいか、キルア。いつも通り、構えなさい」


 「わかってる」


 キルアはゆっくりと構えを取った。相手との間合いをはかり、一気に踏み込む――。


 ガンッ!!


 一撃、二撃。


 木剣が激しく打ち合い、あたりに乾いた音が響く。


 「ほう、いい踏み込みだ!」


 教官が笑う。その瞬間、キルアは身体をひねって距離を取ると、右手に魔力を集めた。


 「《風刃》!」


 短く唱えたその魔術は、空気を切り裂く刃となって男の足元をかすめる。


 「っはは! お見事!」


 試験はわずか五分ほどで終了した。


 「合格だ。腕も申し分ない。仮登録どころか、正式登録でもいいくらいだな」


 「まだ修行中なんで……仮でいいです」


 「そうか。それなら、こちらが冒険者証になる」


 教官が渡したのは、銀色の小さな金属プレートだった。そこには《カイル・レイン》の名と、クラス《魔術師》が刻まれていた。


 キルアはそれをしっかりと握りしめた。


 ――これが、自分の“生きるための証”だ。


◇ ◇ ◇


 宿に戻ったのは夕方だった。


 晩ごはんは、焼きたてのパンに鶏の香草焼き、スープとチーズのシンプルな料理。でも、どれも温かくて、身体にしみた。


 「なぁ、リーナ。今日は……ありがとう」


 「なに? 珍しく素直じゃん」


 「お前がいなきゃ、ここまで来れなかった」


 リーナはしばらくキルアを見て、ふっと小さく笑った。


 「……じゃあ、これからも頼りにしていい?」


 「仕方ないからな」


 二人の間に、少しだけあたたかい沈黙が流れた。


 風が窓のすきまから吹き抜ける。遠くの空に、明かりがぽつぽつと灯り始める。


 ――この町で、どんな未来が待っているのかはわからない。


 けれど、もう逃げないと決めた。


 キルア=レイグラントの旅は、今ここから本当の意味で始まったのだった。



◆星降る夜に、君と


 小屋の灯りが揺れていた。木の壁に映る炎の影が、まるで踊るように動いている。


 その日の夜、キルアとリーナはいつになく静かだった。試験が終わったというのに、喜びを爆発させるでもなく、ふたりして毛布にくるまったまま、炉の火を見つめていた。


 「……受かったな」


 ぽつりと、キルアが言った。


 「うん。受かったわね。ふたりとも」


 リーナは微笑みながら、彼の肩にもたれかかった。


 小さく笑いが漏れる。


 「はは……試験に落ちるのは、もうこりごりだよ」


 「ほんとに。それ、何回言ったかわからないわ」


 リーナが頬を寄せると、キルアの白い髪が肩にふれて、くすぐったかった。


 試験の日々を思い返せば、緊張と焦りの連続だった。魔力量が規格外で、剣も魔法も型に収まらず、講師から苦笑されるたびに、キルアは密かに肩を落としていた。そんな彼をリーナは見守り続けていた。


 「……ありがとな」


 「え?」


 「リーナがいなかったら、俺……きっと途中で投げてたと思う。強くなろうなんて、思い続けられなかった」


 その言葉に、リーナの瞳がゆっくり瞬いた。


 「なに言ってるの。あんた、最初からちゃんと立ってたじゃない。あたしはちょっと、背中を押しただけよ」


 「それが、でかいんだよ」


 キルアは、リーナの手をそっと握った。細くて、魔法を何度も放ってきた指。荒れた掌に、温かさが染み込む。


 「俺さ、これからもきっと悩むと思う。自分の力とか、正体とか……。でも……」


 言葉を切って、キルアは目を伏せる。少し頬が赤くなっていた。


 「……でも、そばにリーナがいてくれたら、俺、ちゃんと生きていける気がする」


 リーナはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと、彼の腕に身を預けた。


 「……ほんと、馬鹿ね」


 「え?」


 「そういうの、もっと早く言いなさいよ」


 そしてそっと、彼の胸に手を当てた。鼓動が早くなっているのが、伝わってきた。


 リーナの瞳が、燃えるように赤くきらめく。


 「……あたしも。あんたが隣にいるから、こうして魔女でいられるのよ」


 そう囁くと、ふたりの距離は自然と近づいていった。唇と唇がふれあうのに、時間はかからなかった。


 やさしく、けれど確かに、互いの存在を求めあう。


 リーナの指が、キルアの頬を撫でる。そのしぐさに応えるように、キルアはそっと彼女の背に腕を回し、引き寄せた。


 「……キルア」


 小さな声で、名を呼ばれた。まるで、初めて心を許すような響きだった。


 「リーナ……」


 この夜、ふたりは言葉よりも深く、互いの想いを確かめた。


 重ねられた唇の温度。絡められた指。寄せ合う体温。


 誰にも邪魔されない、ふたりだけの時間が流れる。


 薪が静かに崩れ、ぱちり、と火がはぜた音だけが響いた。


 リーナの髪からは、森の香りがした。キルアの指が彼女の頬から首すじへと滑り、そっと耳元に触れる。


 「……リーナ、俺……」


 「うん。いいよ」


 頷いたリーナの声は震えていた。だけど、拒絶ではない。今だけは、ただ彼とひとつになりたいと願っていた。


 灯りがゆれる。


 夜が深くなるにつれて、ふたりは言葉よりも多くを交わした。


 呼吸が重なり、視線が交わり、愛しさが溶けていく。


 ――もう、ひとりじゃない。


 それが、ふたりがこの夜に見つけた答えだった。


 試験に合格したから、という理由だけじゃない。


 これまでのすべてを超えて、ようやくふたりは「選んだ」のだ。ともに生きることを。


 外では、夜の風が桜の葉を揺らしていた。


 山の静寂に包まれて、小屋の中の灯りは、いつまでも温かく、揺れていた。

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