94 小さな星は輝いている
仁と話をつけてから、時は八月へと流れていた。
約束の日までのタイムリミットは刻一刻と迫っているが、連に動揺や不安からくる焦りはない。
むしろ楽しむように、それを受け入れる気持ち……否、望む気持ちが高鳴っているからだろう。
八月八日を迎える前日、連は希夜と同じ空間に居た。
縁側から中庭がよく見える和室。ここは、希夜と初めて話した場所だ。
半年前なのに、今では懐かしさすら感じさせてくる。
テーブルを挟んで座布団に座っている中、日差しを遮る障子を隔てて夏の蒸し暑さを忘れさせるような風鈴の音色が聞こえてくる。
氷がグラスに当たる音を響かせたのを機に、連は話を切り出した。
「希夜ちゃん、希朝さんはどうしたの?」
「……希朝ねぇは……明日のこともあって、連にぃと顔を合わせづらいみたいやんねぇ」
「悪いことしたかな……」
「連にぃ、うじうじしている方が希朝ねぇに失礼やんねぇ」
それもそうか、と言えば希夜が頷くので、近くでさり気なく支えてくれる妹には感謝しかないだろう。
とはいえ希朝が居ないのは、連としては好都合でもある。
好都合と言っても、希朝が居たらよくないわけでもない。
ただ単に連は、希朝に気持ちを伝える前に、希夜にもしっかりと話をしておきたかったのだ。
自分勝手なエゴだと理解しているが、ずっと連と希朝を見守っていたのは他の誰でもない、希夜なのだから。
連が言葉を口にするよりも先に、ショートの白髪を揺らしながら希夜が切り出した。
「連にぃ。希朝ねぇに告白する……恋に導かれた今はどういう気分やんねぇ?」
疑問気に聞いてくる希夜は、好奇心からくるものなのだろうか。
恋に導かれた。
傍から見れば、間違ってはいないのだろう。
連自身、希朝が見つけてくれなければ、今も暗い部屋の中で一人悩んで生を謳歌していたのか不明なのだから。
そして希朝にも言えることであるのなら、支え合う、背を預けられる存在……そんな存在として連を空白に埋めたのであれば、お互いに導かれたと言えるだろう。
一つの点から線を伸ばして、その先にあった点を結んで、お互いに輝き逢える存在であれば。
連は麦茶で喉を潤してから、口をそっと開いた。
「希朝さんでよかった。だから今度は、ここに居てもいいって場所をもらったように、僕が希朝さんに気持ちを伝えたい、かな」
希夜に対して何を言っているのだろうか、と連は少なからず疑問こそ浮かんでしまうが、それを気にしないほどに今は希朝に気持ちが向いている。
二度と揺れ動くことが無いように、火の影がぼやけないように。
ふと気づけば、希夜の手はテーブルに置いてあったおせんべいに伸びていた。
夏だとはいえ、異性の前では少々露出が多すぎるような薄着ではあるが、白髪の少女にとっては普通なのだろう。
連にとっては計り知れない、彼女の体質や体温は、希夜自身のものだから。
その時、おせんべいを齧った希夜の前髪に付いていた、月の髪飾りが静かに光を灯した。
「仮にこれがゲームなら、連にぃの恋の行方はここで終わりを告げるやんねぇ。でも、連にぃの人生が終わるわけじゃないやんねぇ……だから、うちは気になったやんねぇ」
実際、人生を描くのは自分自身であるが、それを観測する者がいる可能性はあるだろう。
観測したところで、形あるものが命を絶ってしまえば終わりであり、敷かれたレールの上であったのなら、この人生の終着点を観測することは不可能だ。
希夜は故意に、自身のコップに入っていた飲み物の水面を回すように指でなぞっていた。
「うちは、殿方が別の空間にいる世界で生まれて……本当に異性が存在するかは定かではなかったやんねぇ」
「……希夜ちゃん」
「オペレーターであっても、対象を識別できるわけでもないのに、表と裏の協力が必須だったやんねぇ」
希夜の過去はずっと闇に包まれていたが、希夜の方から口にしてくるのは意外だった。
確かに希夜は男である連に対して、耐性が無い一面を多く見せてきたり、過剰防衛してきたりと、希朝から聞いていた暴れ馬のようなものだった。
だけど希夜の話を聞くと……不安を抱えている自分、俯瞰して眺めていた自分がくだらなく思えてしまうのだ。
「もしもの可能性を含めて、恋愛については嫌という程学びもしたやんねぇ。だけど、うちには必要なかったやんねぇ」
「……どうして?」
「はぁ、連にぃはまだわかっていないやんねぇ」
希夜はそう言って、立ち上がって連の隣に座ってきた。
希朝とは違ったピンクの瞳は、揺らめくように連の姿を反射している。
「うちは、希朝ねぇと連にぃ……ここの星宮家の家族に恵まれて、嬉しいやんねぇ」
答えは最初からあったのだ。
聞くまでもなかっただろうに、連は自ずと聞いてしまった。
にんまりと笑みを浮かべる希夜は、無邪気な小悪魔だ。
気づけばこの手で不安を拭うように、希夜の頭に伸びていた。
頭を撫でると、希夜は嬉しいのか目を細め、まったりと頬をとろけさせている。
「――希朝さんに向ける想いは変わらないよ。それでも、僕は希夜ちゃんと家族になれることも好ましく思っているから」
ただ事実を伝えただけなのだが、希夜は嬉しいのか照れたように頬を赤くしていた。
それでも滞ることなく、柔らかな笑みを浮かべている。
「の、希朝ねぇとの間に子供を産んでも……うちには欲情したら駄目やんねぇ」
「もしかして希夜ちゃん……欲求不満なの?」
ついつい聞いてしまったが、希夜が首をぶんぶんと横に振って抗議するので違うようだ。
とはいえ連自身、希夜のそういう突拍子もない発言に救われている、と常々思わされている。
線が橋であるのなら、希夜は間を繋ぐ煌めく糸だろう。
連は少し息を吐いて、改めて希夜を見た。
ほんのりとした赤みが引き始めている、家族の形になる妹を。
「希夜ちゃん、これは今の僕からの頼みなんだけど、いいかな?」
「連にぃ、何も言わないで、明日は希朝ねぇをデートに誘って、ムードを整えてくるといいやんねぇ」
「……希夜ちゃん。分かってたんだね」
「希朝ねぇと連にぃは似てるけど、実際は逆なのに、表と裏を重ねることが出来るやんねぇ」
希夜は時折見据えた発言をするが、ここまで読まれていたのは少々恥ずかしいものだろう。
明日の時間を希朝だけに費やしたかったのもあり、家族として引かれ合わせる存在であった希夜に聞いておきたかったのだ。
希夜が一人を苦手としているのもあり、希朝の為とはいえ寂しい思いをさせたくない。
仮に希夜を蔑ろにしようものなら、希朝の気持ちを無下にしているのと同じになってしまうのだ。
「うちは二人の間に水を差す気はないけど……落ちついたら沢山聞くやんねぇ」
「分かった。……それじゃあ、今日は希夜ちゃんに時間をあげたいんだけど、どうする?」
「やったやんねぇ!」
ゲームをしようか悩んでいる希夜は、本当に微笑ましいものだろう。
希夜との時間を踏み台にするつもりではないが、希朝に真正面から想いを伝えたいと思うからこそ、こうして覚悟を決めたのだ。
(……ずっと、待たせてごめんね、希朝さん)




