表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/95

93 過去との決別。そして、歩む

 夏の日差しが穏やかにも、地表を照らす。

 今日という日は、天夜の名に関して最後の話になるだろう。

 連自身、不安や、迷いは少なからずある。それでも、希朝と歩むと決めた鼓動は背を押し、実の父親である仁と向き合う覚悟をくれるのだ。


 あの電話番号に電話をかけた数日後、仁が指定したお店の前で待ち合わせしていた。


 天夜家と星宮家の中間に位置すると言ってもいいこの店舗は、どこか古めかしい木造建築であるが、明らかに最新の建築技術で補強されていた。

 ここが予約でしか入れないどころか、一軒さんお断りの店舗だからだろう。


 連は天夜家特有の礼装に身を包みながらも、胸元に着けた連星のブローチを静かに握った。


(……間違いない)


 日差しでぼんやりとする視界の中を、車から降りた黒いスーツの人間が近づいてきていた。


 きっちりとした七三の髪型。

 特徴的な、開いているのか閉じているのか不明な、横ラインの目。

 間違いなく天夜仁であると、記憶が呼び起こされたように反応している。


 足音の無い、近づく足音が距離感を伝えてくる。


「――お父様」


 連は初めてだった、仁をお父様と呼んだのは。

 今までなら、はいか、頷くだけしか、許されなかった。


 成長と共に『様』をつけて呼ぶように教育こそされていたが、呼ぶ必要が無かったのだ。


 苦笑いを見せる仁は、連からすれば何を考えているのか理解したくもない。


「天夜連、元気だったかい」


 連は、ただ頷いた。

 この場で交わす言葉は必要ないと、知っているからだ。


 天夜という名字で鎌をかけられたところで、動揺をする必要はない。


 仁は連の様子を見てか、お店の方を見ていた。


「立ち話もなんだろう。ついておいで」


 仁はそう言って、待ち合わせをしていたお店の方に足を進めた。

 主導権の握りあいなら、現状だけを見ると仁の方が明らかに上だ。


 連は頷いて、仁の後を追った。


 店内は和風な雰囲気を満遍なく出しており、岩に当たる竹音と水の跳ねる音が遠くから静かに聞こえてくる。


 音だけを除けば、外界と分断された、完全なる静寂とも言える空間。


 連は仁と共に、予約されていた個室に通された。

 個室は二人用で、壁は防音性となっており、一つの横引ドアだけで空間は遮られている。


「好きなものを頼むといい」


 液晶画面がタッチパネルになっているタブレット型の機器。

 仁は先に選ばず、連の方に渡してきた。


 ここは密談や商談に使われているお店なのもあり、食事処としても一番力を入れているようだ。

 仁がここを選んだのは、お互いの距離よりも、聞かれたくない会話をするからだろう。


 聞かれたくない会話があるのなら、端から危うい行動を取るべきではないのだが。


 探り合いをしつつも、連はタブレットを受け取り、操作した。


 お昼時に話をしたいと申し出があったのは、最後の食事含めての提案だったのだろう。


 お茶だけ、とかにしてもよかったが、軽めの昼食を選んだ。

 変わったことを示すには良い機会だと、連は察したのだから。


 仁にタブレットを返すと、微かだが微笑んでいるように見えた。

 瞳が見えないので表情こそ読み取りにくいが、偽りだらけの天夜家では必要のない考えだ。


「随分と自分らしくなったようだね」

「僕は、僕だから」

「それもそうだね」


 仁も同じものを選んだらしく、瞬く間もなく注文を完了していた。


 お互いに会話はない。

 ただ顔色を窺ったり、様子を探ったりと、目に見えない思考が交差しあっているだけの時間。


 連は自然と、落ちついた暖色の光に照らされながら、話すことをまとめていた。

 まとめたところで、仁が思い通りの会話の流れを辿るとは考えにくいのだが。


 暫くして、お互いに頼んだ料理がテーブルの上に並んだ。

 海苔付きおにぎりが二つ載ったお皿と、湯気が漂うお味噌汁の入ったお椀。


「お味噌汁。変わらずに好きなようだね」

「……知っていたんだ」


 天夜家では礼節も含め、食事の作法も施された。

 連はその中でもお味噌汁は好きだったが、仁に見抜かれているとは思いもしなかった。


 頷く仁に、違和感を覚えそうだ。

 こうして会話をすること自体、あの家では無かったせいだろうか。


 お互いに味噌汁を口にしてから、もう一度顔を見合わせた。


 先に手札を切ったのは、仁だ。


「連、彼女たちとの生活はどうだい?」

「星宮家は、僕の居場所だよ。希朝さんや希夜ちゃん、希朝さんの両親にもよくしてもらっているよ」


 居場所と言い切ったのは、天夜家には戻らない意思表示だ。

 これを敵対意志と見なすかは仁次第であり、連には関係のない話である。


 そうかい、と仁は前置きをして会話をつづけた。


「こちらのことを君が両親と思ってくれるはずはないだろうけど、これでも血を分け合った家族と離れて、感じる気持ちはあるかい?」

「戒めでしかないよ。違いを知って、ただ苦しくなるよ」


 連はテーブルの下でぎゅっと拳を握りしめた。

 血を分け合った家族と離れて、という都合の良い言葉を口にする仁に怒りを覚えそうになる。


 希朝や希夜と過ごす時間が少なければ、ここで命を仕留めに走っていただろう。

 比べることは罪だと知っているが、連はただ見て欲しかった、家柄など関係ない、ただ家族で居たかったのだ。


 希朝や希夜と過ごしている中で、どうしても面影が邪魔をするほどに、息苦しかった。


 今日を境に終わる、わけではないと連が一番理解している。

 過去はいくら清算したところで、清算をした痕跡が残るのだから。

 それでも、天夜家としての自分は今日で終わりを迎える。それだけが事実として、今を突き動かすのに十分だった。


「でも、お父様に感謝はしているよ」

「連に、親と呼ばれる資格はないよ」


 苦笑気味に首を振る仁は、こちらに考慮しているのだろう。


 親らしいことは、星宮家に渡す(捨てる)、それしかしていないのだから。

 それ以外は全て亜桜の顔色を窺って、天夜家の中立だけを保ってきた男。仁という人間は、連からすればそれ以外の何者でもないのだ。


「僕は、これからも希朝さんや希夜ちゃん……星宮家の家族の一員として、未来を歩むよ」


 ここで言い切るのは、仁への挑戦状なんかではない。

 星宮家、それが自分の本当の居場所だと、伝えているだけにすぎないのだから。


「お父様。ここまで育ててくれたことには感謝しています。でも、ただ感謝だけで、痛みは感じない」

「当然だろうね。亜桜の件、天夜の件、連には悪いことをしてしまったよ」


 それでも「人の痛みだけは忘れないように」と言葉を付け足す仁は、踏み外さないようにと念を押してきている。

 人の痛みを感じないのは、人を人として見ない、触れる血の温もりだけが生きる意味として残る獣へと移り変わってしまうからだろう。


 連は息を吸って、改めて口にした。


「お父様。この話をしたのは、お父様と最後にしっかりと話して……あの人ではない、見守ってくれていたお父様に想いを残したくなかったからなんだ」

「見ないうちに、随分と成長していたようだね」


 初めて、仁が確かに微笑んでいるように見えた。


「久しぶりに会った時、星宮さんには連を遠のけるように言ったが、出会ってしまったのは迂闊だったよ」

「……なんで今更」

「でも、連が人らしく生きているようで、ほっとしたよ」

「あの家に居たら、僕は人形だっただろうね」

「……本当に、よく成長してくれたよ、連。これも、星宮希朝と、異世界の子のおかげかい?」


 希夜の正体を知っているようだが、連は口にしなかった。

 ただ受け止めて、頷くだけで十分だから。


 冷静に話をできるのは、希朝と希夜が支えてくれている、その気持ちが熱を帯びさせてくれるからだ。

 帰る場所がある、それだけでも安心して会話をできるのに。


「連は、生きる喜びを理解したのかい?」

「さっきも言った。希朝さん、希夜ちゃん、二人のおかげで僕は変わったから」

「そうか。星宮希朝さん、彼女を大事にしていく気は?」


 連はすぐに答えなかった。


 大事にする。それは、この話をするキッカケの通過点にすぎなかったのだから。

 連を優しいと、自分らしく居させてくれた、希朝の何気ないお節介は連にとってあまりにも大きすぎたのだ。

 知らないうちにもらった笑顔、自然と増えた温もり、じわじわと湧き上がる想い。その全てが、希朝に対しての答えだと知っている。


 好きになった。

 希朝の事をもっと見ていたいと思った。

 過去からの繋がりであっても、今は今だ。


 仁はきっと、こちらを想っての言葉を送ったのだろう。

 それでも気持ちには響くこと、思うことは特になく、ただ受け止めて熱の中で消化するだけだ。


 偽りもない、ただの親としての言葉なのかもしれないが。


 連はひとつ間をおいて、息を吸った。


「今いる。それが答えだよ」


 借り受けた『そのゴミ、捨てておいてください』という言葉。

 一つの花となり、今この場で、連自身の言葉へと昇華を果たしたのだ。


 仁の送った言葉が家族としてではなく、親として最後の言葉なのだとすれば――仁に返した答えは、親からの卒業と言える。


 覚悟を見定められているのかは不明だ。

 それでも連は、救いを少なくとも仁に一度以上は求めた。だからこそ、卒業の意味を込めた『今いる』この現実を受け止めた想いで一歩を踏み出したのだ。


 連が真剣な眼差しを仁に向けると、仁は軽く息を吐いた。

 装っていたお面を外した、とも取れる仁の様子は不思議でならない。


「そうかもしれないね。亜桜は私たちではなく、天夜家の名の存続だけ、を大事にしすぎてしまっていた。結果的に周りの因縁を買うばかり……此処で断ち切るのも最善の選択だと思っているよ」

「……お父様」


 天夜家の血筋を簡単に蔑ろにしているとは思えないので、それ程までに亜桜のやり方は度が過ぎていたのだろう。

 仁は間を置いてから「最後の選別として話がある」と話をつづけた。


「連は、覚悟はあるんだね?」

「その覚悟があって、僕は話すために来た。それは――先刻にも述べたはずだよ」

「気を悪くさせてすまない。簡単に話を済まそうか。いくら犬猿の仲とはいえ星宮の方々に全てを出させるわけにはいかない。だから、結婚式の資金は提供させてほしい」


 仁の言葉に、連は思わず言葉を失った。

 何を求めているのか、何が狙いなのか、考えが読めない。

 だからこそ、怖いのだ。


 警戒できない時、それは相手を認識できておらず、こちらの持つ手が透けてしまうのを意味しているのだから。


 結婚式は間違いなく、希朝と挙げることになるだろう。

 とはいえ、仁が関与するメリットやデメリットを考えても、圧倒的に後者が上なのだ。


 探り合いをする気はなかったが、静かな佇まいは鳥の知らせを感じさせない。


「警戒する必要はない。ただ、連を見送らせてほしい。これが『親として』できる最後の仕事であって、最後の餞別だ」


 瞳こそ見えないが、言葉の内に秘めた確かな熱は揺らぎを感じさせず、真剣そのものだと直感に伝えてくる。


 最後の餞別。言ってしまえば、連と同じく、仁もまた育てた子からの卒業を意味しているのだろう。

 離れていたのに、距離を取っていたのに、今更だと、連は胸の内で秘めた言葉をただ消化させるしかなかった。


 ふと連は、誰もいないはずなのに、静かに自分の手に重なる熱を感じた。

 誰も傍にこそいないが、この熱を連は知っている。この時間になるまで築いてくれた、優しい家族の温もりだと。


 連は静かに口を緩ませ、息を吐いた。


「分かった。でもそれは、天夜が敵にした僕の家族の了承を得てからにしてほしい」


 あの時の亜桜の言動で、希朝の権限でこそあるが、星宮家への立ち入りを天夜家の血筋は連を除いて閉ざされているのだ。

 連絡はできたとしても、開いた橋が下りるかは不明である。


「それは承知の上だよ」

「……お父様、聞かせてほしいんだ。僕を星宮家に送ったのは、希朝さんと結婚させるのが前提だったの?」


 両親には、婿入り、という話で星宮家に捨てられた。

 だけど仁と話して、連の中には少なからず疑問が湧いたのだ。

 疑問を残したままでもよかったが、小さな悩みになって考えるのなら、聞いておきたかった。


 仁は迷わず、首を横に振っていた。


「親不孝だったかもしれないね。私はただ、亜桜から離れさせて……連を自由にしたかっただけだよ」


 仁は淡々と述べた。

 淡々としているのに、その声は震えている。


 その本心が嘘偽りであったとしても、連はこの先、彼らを恨むことも憎むこともない。


 ただ――ありがとう。


 感謝だけを伝え、未来へ歩むと決めたから。


「逸らしていたけど、前提の話を出した。連は恐らく、戸籍の話もつけに来たのだろう?」

「うん」

「亜桜が何をしでかすか分からないから、私が今は預かっているよ」

「……あの人が……」

「ああ。ある組織の件もあって、手の届く範囲で連の存在を保護しなければいけない。連の為じゃない、これは生み出してしまった者への責務だよ」


 簡単に言ってしまえば、法律や周りの敵を含め、可能な歳を取るまでは仁が見守るという意味だろう。


 仁は見捨ててなどいなかった。

 否、見捨てたのかもしれないが、それは連を守ることに繋げるためだったのだろう。

 今更話をされたところで、一人だった過去や、連の想いが揺るぐことはないのだが。


「星宮の両親には、時間を取って、戸籍についての話をしっかりとしておくよ」

「……ありがとう、お父様」

「感謝されるようなことはしていないよ。……連……今まですまなかった」


 少し冷めてしまったおにぎりとお味噌汁。

 冷めてしまったのに、最後に父親と食事をするこの時だけは、温かく思えたのだ。

 弾む会話こそないが、そこにあるのは父と子だからなのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ