91 初めての誕生日プレゼント
「希朝さん。落ちついた?」
「……え、ええ……」
希朝は上目遣いで様子を窺うなり、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
問題となった希夜は結局、希朝にちょっぴりアレなことをされたお仕置きをされていたので、ご愁傷様としか言いようがないだろう。
泌部こそ露わにならなかったが、連としては刺激的以上の言葉は生まれなかった。
姉妹とはこういうものなのだろうか、という偏見は増えたのだが。
意味もない行動ではなく、じゃれあいだと思えばより可愛いものだろう。
希朝に対して言う気はないので、連は喉の奥にとどめておく。
希朝が覗き込むように顔色を窺ってくるのもあり、妙にもどかしさが込み上げてくる。
「連さん、その……」
「うん。どうしたの?」
「私があのような行動をすると知って、失望、しましたか?」
そっと揺れるピンクの瞳。
嫌われたくない、そう受け取れるほどに揺れ動く瞳は、連の姿をぼやけるように反射している。
自然と希朝の気持ちを汲むように、連は首を横に振っていた。否、元から失望することなど、ありえない話だったからだ。
希朝が自分らしくいる、その姿が好きだと、答えを探し終わっているから。
「失望なんかしないよ。それに、希夜ちゃんが疲れているから、希朝さんと二人の時を過ごせるからね」
希夜は希朝に素肌を弄られて疲れ果てたらしく、掛布団をかけて後ろで眠っている。
空間には三人だが、今だけは、希朝が連を独り占めできて、また連が希朝を独り占めできるのだ。
お家デート。ましてや誕生日を心から喜べる日なのだから、少しくらいは希朝との時間を堪能してもいいだろう。
希朝も望んでくれるのなら、嬉しい気持ちは大いに満たされるというものだ。
先ほどまで揺れていた瞳は、自然と連の輪郭をしっかりと捉えていた。
希朝がホッとした様子を見せたと同時に、連の肌に温かな体温が触れる。
「の、希朝さん?」
「……ふふ、連さんが勘違いをさせる発言をするのがいけないのですよ」
「そっか、ごめん」
なんで謝るのですか、と言いたげに頬をぷっくりと膨らませる希朝が、一体何を求めているのか連には理解できなかった。
理解こそできなかったが、現状は理解できている。
温かな体温は、希朝が軽く腕を回したから起きたものだ。
おかげでじわじわと連の体内は熱くなっており、オフショルダーの水着越しという布一枚で当たる弾力と、ラッシュガード越しに感じる希朝の感触が敏感なほど察知できてしまう。
今なら目を瞑ったとしても、希朝を鮮明に感じられるだろう。
「連さん。連さんは、家族を好きになってくれましたか」
何度も聞いた、家族について。
連は家族の形を知らない、言ってしまえば一匹狼だった。
だけど希朝と関わって、希夜と近くで触れ合って、自分の見てきた世界を否定こそしないが、考えは変わっているのだ。
今日を歩き出すように。
新たなる軌跡を生み出すように。
答えを待っていてくれる希朝を知りながらも、連は迷いなく口にした。
「希朝さんに希夜ちゃん、瑛人さんに柊凪さん……僕は、星宮家の家族が大好きだよ」
天夜の名を口にすることはない。
星宮家。連が連らしく居られる場所であり、好きな場所だと胸を張れるのだ。
安心したのか、希朝が嬉しそうに体を揺らすのもあり、連としては当たる感触で気持ちを刺されている。
欲を抑えているが、きっと我慢できなくなってしまうのだろう。
それほどに連は希朝を……。
「連さん、もう一つ、誕生日プレゼントがあります」
「……もう一つ?」
真剣に見てくる希朝は、連の姿を静かに反射している。
揺らめかないその瞳は宇宙のように広く、胸の内には熱く燃える気持ちを宿しているようだ。
「どんなの?」
そう聞くと、希朝は回していた腕を離し、少し距離を空けた。
それでも腕を伸ばせば届く距離であり、瞬きをすれば近づけるほどの距離。
「目を、瞑ってもらってもいいですか?」
「わかった」
目を瞑ってほしいのはきっと、プレゼントを用意して驚かせるためだろう。
連は疑うことなく、瞼を閉じた。
視界が暗闇に包まれても、希朝が目の前にいる、それだけは空間把握に長けている連にとっての導きだ。
目の前にいる安心感が、自然と安らぎを与えてくる。
しかしその空間は――彼女の声と共に縮まっていた。
間を一つ置いて。
「連さん、目を開けてもいいですよ」
(……っ!?)
声が出なかった。
視界はぼんやりとした。
声を出したくても、連は声が出せなかったのだ。
ゆったりと輪郭が戻っていく視界。
希朝の姿は零距離に、手を伸ばす必要もない距離に彼女の体温はあったのだ。
瞳を閉じた希朝は顔を重ねるように、唇を奪ってきていた。
しっとりとした柔らかい希朝の唇は熱を帯びており、連の口を塞ぐには十二分な刺激を与えてきている。
鼓動は張り裂けんばかりに早くなっているのに、嫌ではなかった。
むしろ求めたいと、エゴは囁く。
自然と忘れてしまう、息の仕方。
ほんの数秒の時なのに、暗闇に日は昇り夜が明けるようだ。
気づけば連も、目を瞑り、身を預けていた。
欲張りだと知っておきながら、希朝の唇にある熱の感触を、体温を、息遣いを求めるように。
それから少しして、唇は離れた。
連は初めて息を覚えたように、呼吸をして、目を開いた。
世界は湿ったように潤いに満ちており、その中でも目の前の彼女、希朝は何よりも輝いていた。
希朝も目を開くなり、連を見ては静かに微笑んでいるが、少し恥ずかしそうだ。
「……は、恥ずかしかったですが……連さんにあげておきたかったのですよ、私の初めてを」
自身の唇に人差し指を当てて、上目遣いで見てくる希朝。
先ほどまで重なっていた唇に、視線は自然と落ちてしまう。
希朝には何度か、連は頬にキスをされた経験はあった。だけど、初めてという唇を重ねる経験をくれた希朝は、幸福感に満ちているようだ。
恥ずかしくても、気持ちに応えている希朝を見て、消えない衝動は自然と連の腕を動かした。
「希朝さん、ありがとう。僕も、初めてが希朝さんで嬉しいよ」
水着姿であることを忘れてしまいそうになるほど、連は衝撃を受けたのだ。
この腕で希朝を求めるように、気づけば抱き寄せていた。
胸元に当たる小さな手のひらの感触は、何度も何度も味わったはずなのに、内に眠る鼓動を聞かれているようでむず痒くなりそうだ。
「……僕は誕生日が嫌いだ。嫌いっていうよりも、家族に祝われることがなかったから、自然と苦手意識があったのかもしれない」
独白を受け止めてくれる希朝は、静かに胸のうちで頷いている。
「でも、希朝さんや希夜ちゃんからもらったこの誕生日は、大好きだよ」
言葉が下手だったかもしれない。それでも、希朝にはしっかりと伝わっている、連はそう確信できるのだ。
希朝が照れたように胸に顔を押し付けてくるので、愛らしい希朝に連は顔が熱くなりそうだった。
希夜の前では今も甘えてこないが、感情表現を体でしてくるから答えたくなってしまうのだ。
連はついつい、その可愛らしさゆえに希朝の頭を撫でていた。
頭を撫でているのはいいが、連にだって限界というものはあるのだ。
ラッシュガード、そして希朝の水着越しとはいえ、当たるものは当たっているのだから。
「あのさ、今言うのもおかしいかもだけど……弱音を吐いてもいい……?」
「私は、どんな連さんでも受け止めますし、見ていてあげますよ」
変わらない希朝に微笑ましさを覚えるが、危機感を覚えてほしいものだろう。
ふと、後ろで疲れたように微かに寝息を立てて眠っている希夜を見てしまったのもあり、連は不意に想像してしまった。
不埒な真似をするつもりはないが、気持ちは飢えた狼なのだと痛感してしまう。
「希朝さんにもっと触れたいんだけど、いいかな? その、こうして水着で……当たってもいるし……」
「当たって……っ!! その、お、お手柔らかにお願い、します」
否定をしないのは、希朝なりの感情表現……受け止める意志、待っている答えを意味しているのだろう。
連は希朝に無理をさせないようにしつつ、ただ、体温を味わう。
「希朝さん、温かい」
「うぅ……誰のせいだと」
「僕のせいだったね」
少し抱きしめて体温を味わっていたのだが、自然と希朝が誘ってきていたことに気付き、連は希朝を優しく押し倒していた。
一線を越えることもなく、お互いに体温を素肌で分かち合うように。
――誕生日を機に、連は一歩を踏み出す決意を持った。希朝に、想いを伝える決意を。




