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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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90 誕生日はお家デートで

 七月二十一日。

 今日は連の誕生日であり、学校は夏休みに入って休日となっている。

 今までなら誕生日の時ほど、ワクワクしない日は連にとってなかった。


 それなのに今日という生まれた日は、心が静かに踊り、血は緩やかながらも鼓動を増すように流れている。


 生まれ、生きる。

 人間としての最低限な循環を身に宿しているだけなのに、感情は幾度となく、果てしなく溢れてくるのだ。


 この日、連はただ、嬉しかった。


 ありがとう、と無意識のうちに感謝を継続するほどに。


(……ていうか、なんで水着指定?)


 誕生日の本日、希朝の言っていたことが間違いでなければ、お家デートの筈だ。

 それなのに希朝から、水着を着てリビングに来るように、と促されている。


 連は念のため、上半身を隠すように前開きできるラッシュガードを着用しているが、希夜に蹴られないかだけが心配だ。


 耐性云々や、希朝が何を企んでいるのか、などを考えている時間が惜しいので、足は限りなく小走りのペースで階段を駆け下りていく。


 リビングに入るなり、連は違和感を覚えた。

 まだ昼前なのにも関わらず、リビングは薄ら闇だったのだ。


 リビングは和風ながら、障子で外との光を遮っているはずだ。

 暗さを見るに、遮光性のあるカーテンを取り付けでもしたのだろうか。


 部屋の中には少なからず、光の粒が隙間から差し込むように入っているのだから。


 仄暗いだけ助かっているのもあり、肝心の希朝と希夜を連が探そうとした時だった。


「連さん、待っていましたよ」

「連にぃ、やっと来たやんねぇ」

「え、あ……うっ、眩しい」


 連の名を呼ぶ柔らかな声と共に、リビングに照明が灯った。


 視界にゆっくりと白い光が差し込んでくると、そこには二人の姿がぼやけるように映っている。


 視界が輪郭を捉えれば、希朝と希夜の姿は鮮明になったのだ。


 しかし連は、二人を見て違和感を覚えた。

 足下まで伸びた前開きできるワンピースのような服を、希朝と希夜がお揃いで身に纏っているからだろう。


 明らかに体型に対してぶかぶかとも言えるそれは、不自然極まりなかった。

 普段は服に着られている印象を感じないのだが、今回ばかりは服に着られている錯覚を起こしてしまうのだから。


 連が首を傾げ、二人を見ている時だった。


「え、ちょ、希朝さんに希夜ちゃん!?」


 希朝と希夜は戸惑うことなく、身を包む白い布に手をかけ、外装を脱ぎ始めたのだ。


 希朝と希夜の頭以外は隠れていたが、見えていた素足から中に着ているものが不明なのもあり、連は驚くしかなかった。


 仮に中が下着姿だとすれば、いきなり脱がれるのは心臓に悪いと言える。


 連が視界を遮るように手で顔を覆い隠している中、パサリと、床に布の落ちる音がする。

 音だけでも、二人が脱いだのだと実感できてしまう。


「……連さん、手をどけて、見てください」


 希朝の囁く声に、連は自然と手を下ろしていた。

 信頼を希朝に置いているからこそ、不埒なことにはならないと信用できるからだろう。


 手を下ろすと同時に、ゆっくりと閉じていた瞼を上げた時、連は目の前に映る世界の光景に思わず息を呑み込んだ。


(言葉が、でない……)


 見えた世界。

 照明に照らされたリビングの中で、希朝と希夜が水着姿で立っていたのだ。


 希朝はあの日、連が指をさした水着を身に着けている。

 フリルがあしらわれた白を基調としたオフショルダービ水着であり、希朝の柔らかな雰囲気をより緩やかに体現している。


 乳白色の柔らかな色合いをした、普段は見ることのない希朝の素肌を鮮明にも記憶へと刻んでくるようだ。

 オフショルダー特有の肩出し。手足はよく見るとしても、日常で見ることがほとんどない滑らかな形状をした希朝の肩を鮮明に見せてくるので、自然と熱を帯びた息を呑み込んでしまう。


 そしていつもはストレートの黒い髪だが、ハーフアップの三つ編みサイドテールにしてまとめているようだ。

 普段も手入れが念入りにされているその髪だからこそ、違う髪型になって本領を発揮したのか、より希朝を美しく見せるために艶めき活き活きしていると思わせてくる。


 照明の光は静かなハイライトとなり、髪に更なる命を吹き込み、瞳の奥深くまで焼き付けてきていた。


 希朝を表現していると言っても過言ではない、前髪についている太陽モチーフの髪飾り。

 その一つを中心としたように、希朝という存在を数多ある記録の中へと収めてくる。


「希朝さん、すごく似合っているし、可愛いよ」

「連さん、そうやって率直に褒めてくれるから、その……嫌じゃないです」


 希朝はうっすらと頬に赤みを帯びさせていたが、緩やかな微笑みを浮かべていた。


「連にぃ、うちは?」


 希夜は見てほしかったのか、恥ずかしそうにしつつも一歩前に足を出していた。


 希夜が身に着けているのは、青を主体としたワンピースタイプの水着。

 普段は薄着がメインである希夜だが、スカートのように伸びた布地は希夜の足を控えめにし、落ちついた印象を愛らしくも与えてきている。


 肩紐にあしらわれたフリルから伸びた、ほっそりとしつつも引き締まった白い腕。


 ビキニタイプの希朝と比べてしまえば体型を随分と隠しており、小柄な幼さも表面に浮き出ているが、それ以上に希夜の妹らしさをより引き立てているようだ。


 希夜はショートの白髪こそ変わらないが、月がモチーフの髪飾りがより鮮明に煌めいている。


「希夜ちゃんも似合ってる。可愛いよ」

「連にぃ、気持ちは籠っているけど……あれ、やんねぇ」


 希夜はもぞもぞとし、上目遣いでこちらを見てきている。

 そんな希夜を見てか、希朝は静かに息を吐き出し「きぃちゃん」と優しく声をかけていた。


 ふと気づけば、二人は横に並んで、連を見てきていた。


 二人のピンクに輝く瞳は吸い込まれそうなほどに、可愛らしい水着も相まって瞳の奥で宇宙を創りあげている。


「連さん」

「連にぃ」


 希朝と希夜は連の名前を呼んで、微笑みを浮かべる。


「お誕生日おめでとうございます」

「おめでとうやんねぇ」


 生まれた日を忌み嫌っていた連ですら、望んでしまった、幸せを覚えたいと願った誕生日。


 初めて祝いの言葉をかけられて、目の前は静かに水の膜で染まりそうになっている。


 連はウルウルした視界を拭い、改めて希朝と希夜を見た。

 先ほどまでは熱を湧き出していた体内であったが、今はただ熱を帯びている。

 その熱は気持ちから湧き出るもので、光景から受けた刺激ではないと、連自身が一番実感していた。


 希朝と希夜、星宮家での日々が歯車を進めてくれたように。


「連さん、もしかして泣いていますか?」

「……泣いてないよ。ただ、嬉しくて、目の前が溺れそうになっただけ」

「嬉し泣きっていうやんねぇ」

「きぃちゃん、そういうのは言わなくていいのですよ。……連さん、誕生日はお祝いこそしますが、その」


 希朝は前置きをしてから、一つ呼吸を置いた。


「誕生日プレゼントですが、私たちの時間をあげることにしました」

「連にぃの事は知ってても、欲がなさすぎて困るやんねぇ。でも、希朝ねぇが、ご馳走はしっかり作るやんねぇ!」

「きぃちゃんも手伝うのですよ?」

「形のないプレゼントであっても、僕は嬉しいよ。二人と居られる、その時間が好きだから」


 連はただ思ったことを口にしただけなのだが、希朝と希夜は顔を見合わせては、じわじわと顔を赤くしていた。


 連からすれば至極当然のことを言っただけなのもあり、二人の反応に首を傾げるしかないのだが。


(お家デート。希朝さんや希夜ちゃんを考えたら、最善の案だったよね)


 希朝の言っていたお家デートと、水着を事前に買っていたのは全て、誕生日を祝うためだったのだろう。


 水着でのお家デート。なんて大胆なことをしたとも取れるが、それでも連は嬉しかった。

 今まで祝われたことが無かったとかではなく、純粋に感謝して受け入れられる、二人からもらったもので心が温かくなったからだ。


 ふと気づけば、希朝は連の手をゆっくりと握ってきた。そして、もう片方の手を希夜が繋ぎ、誘うように引いてくる。


「雰囲気、少しは変わりましたか?」

「うん。部屋の明るさもだけど、水着のおかげで、随分と」

「よかったです。それ以外はいつも通りですが……その、何かしたいこととかありますか?」

「差支えないのなら、希朝さんと希夜ちゃんとお喋りしたいかな」


 少し目を逸らしながら言えば、いい案ですね、と希朝が言うので自然と熱を帯びそうだ。


 連は希朝と希夜と一緒に、リビングの座布団に座った。

 いつもと変わらないが、変わったことで言うのなら、遮光性のカーテンで外と分断されていることくらいだろう。


 障子の上からつけているようで、このデートが終わったら取り外せるようにしているようだ。


 二人の姿を独り占めしている、と考えれば背徳感こそあるが、罪悪感もついでに湧きだしそうになってしまう。


 お喋りをしたいと言ったのは連なのだが、どうしても言葉が口から出ないでいる。

 出ないでいるというよりも、いつもとは違う、水着姿でいるのが原因だろうか。


 連はラッシュガードを希夜が居るので着用しているが、希朝と希夜がそれぞれ水着姿なのだから。


 自然と視線は希朝の方に向かい、乳白色の肌をちらりと見てしまう。

 罪な男だ、なんて認識こそあるが、律動は止まることを知らないのだろう。


 性的欲求で見てこそいないので、希朝と希夜には警戒されていないのかもしれない。もしくは、今まで築いてきた関係があるからこそ、こうして水着姿を見せてくれているのだろう。


 手を出さなかったのが功を奏している反面、連は何気に半殺しにされているのだが。


「その、希朝さんや希夜ちゃんは恥ずかしくないの?」

「うちはいつもよりは隠れているやんねぇ」

「私は……連さんが喜んでくれるなら」


 希朝はそう言って笑みを浮かべるので、少しくらいは危機感を覚えてほしいものだろう。


「うん。僕は希朝さんの可愛い姿を見られて、嬉しいよ」

「面と向かって言われるのは照れますが……連さんだから、その、ありがとうございます」


 希朝が頬を軽く赤に染めていると、横で見ていた希夜がニヤニヤしていた。


「まあ、希朝ねぇ、連にぃが喜びそうなもの、って言いながら水着を買う前から一人でぶつぶつ言ってたくらいやんねぇ」

「き、きぃちゃん、いつ聞いてたの……っ!!」

「希朝さん、それは本当なの?」

「……嘘、と言ったら、その、嘘になります」


 希朝は希夜に驚きこそしていたが、もじもじとした様子で連の方を見ている。


 小悪魔が彼女の背後へ接近していることに、気付かないほど。


「きゃっ!?」

「連にぃ、本当はー、お話ついでに希朝ねぇの水着、強いては出ているお肉を見る気だったやんねぇ」

「そんなわけないからね! ていうか希夜ちゃん、さり気なくやめて!!」


 連の静止も空しく、希夜は希朝の後ろから水着に触れていた。


 視線を集める、小さな手で揉まれるその弾力ある双丘。

 水着である分、幾分か目の保護にはなっているだろう。


 希夜の手は連よりも一回り小さく、その手では有り余るものに触れている。

 連想できてしまうのは、連の手で触れれば持て余さない大きさであるということだ。

 連は希朝のサイズを知ってこそいるが、ここまで明確に想像できてしまう異常事態に、開いた口は塞がることを知らない。


 希朝は驚きの声を我慢しているのか、口を開こうとしなかった。

 恥ずかしそうにしながらも連の方を見てくる希朝は、何かを伝えたいのだろう。


 さすがに不味いと思い、連が希夜を止めようとした時だった。


「希朝ねぇの、やっぱりうちより大きすぎるやんねぇ……うちはこっちにも手を伸ばしてもいいやんねぇ」


 にやりと口角を上げた希夜はそう言って、希朝の腹部から伝うように下へと手を伸ばそうとしていた。

 だがそんな希夜の野望は、空気が歪むほどの圧力に砕かれたのだが。


 ふと気づけば、希朝は希夜の勝手な真似に怒っているようで、周囲がぼやけるような笑みを浮かべている。


「きぃちゃん、勝手が過ぎますよね。私を辱め、ましてや連さんの前で一線を越えようと?」

「の、希朝ねぇ? うちは、うちは……っ!?」


 希夜が震えているのを見るに、完全に希朝を怒らせてしまったようだ。


 希夜がこちらに助け舟を求めるように見てきたが、連は首を振るしかなかった。


 ここで助けてもいいのだが、希朝の怒りは静まらず、どのみち希夜はお仕置きを受けるだろう。


「あの、希朝さん、希夜ちゃんに何をする気なの?」

「連さん、見ていたいのなら見ていてもいいですよ? 目には目を、歯には歯を……ふふ、良い言葉ですよね」

「連にぃ……」

「ごめん、希夜ちゃん。僕は希朝さんを見ることしかできないかな」


 希朝は笑顔だ。だからこそ、連は助けることが出来ない。


 ふと気づけば、希朝の手は希夜の肩、水着の肩紐をどかそうとしていた。


「……えぇ?」

「ふふ、きぃちゃん、さっきは良くもやってくれましたね。連さんの前であっても、しっかりと、お返ししてあげますから」

「いやぁあああああ!!」


 希夜の断末魔は空しく、連はただ希朝が希夜を制裁するのを眺めるしかなかった。


 抵抗している会話を聞く限り、姉妹の日常は変わらないようだ。

 純粋な連としては、ただただ居たたまれなかったのは言うまでもないだろう。

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