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09 料理が繋ぐ、食卓の中にある幸せを知って

(……何を作った方が喜んでくれるのかな)


 掃除と洗濯物の片付けを終えてから、連は夜ご飯を作るためにキッチンで料理器具と向かいあっていた。

 連自身、希朝と希夜の好きなものを分かっていないのもあり、何を作ったら好んでくれそうなのか悩んでしまうのだ。

 好きに作ったらいいですよ、と希朝から食材や調理器具を自由に使える許可は出ているが、食べてもらうのなら美味しく食べてもらいたいものだろう。


 気づけば二人の事を考えている連は、まるで今までの自分ではない気がし始めた。


「……僕にとって、希朝さんや希夜ちゃんとの関係が……」


 思わず呟いてしまうほどだ。

 数日の間とはいえ、連の中では彼女たちの存在が大きいものになっているのかもしれない。


「こうしてうじうじして決められないままが、それがいけないよね」


 自身の頬を叩き、希朝の言葉を軽く思い返した。

 自分に言い聞かせているつもりなのに、心はどこか軽さを感じている。

 縛られない今が、星宮家という環境が連に合っているのだろうか。


 とはいえ、希朝が連を婿として迎え入れているのかは今も不明だ。それでも、彼女の言葉をどこか自分のものに、というよりも変えたい自分を重ねているのだろう。

 自分の形は不明のままだが、自分の想いで今を動いている、それ以上の言葉で着飾る必要が無いのだろう。


(和食料理が多かったし、麺をメインにしつつ、味噌汁に合うように作ってみるか)


 考えごとも程々にして、連は手を動かすことにした。

 コンロが三つあるのもあり、三人分を用意するのには十分だ。

 まず手始めに、連は水の入った鍋を二つ用意して、一つを火にかけた。


 それから野菜とベーコンなどを切り、端に寄せておく。


 温めておいたフライパンにバターを少量溶かし、ほうれん草とベーコン、玉ねぎとツナを入れて炒める。


 パスタのベースとなるソースには、この後の味噌汁と合うように醤油を追加し、味を整えれば完成だ。

 作り方にもよるが、最初に味を濃い目にしておくことで、パスタのゆで汁をソースに混ぜて使う際に味がいい感じになる。


 ソースが完成する頃には、鍋が良い感じに沸騰していた。


 味噌汁の方が時間はかかるので、味噌汁ができあがる前にもう一つの鍋も火にかけてパスタを用意するといいだろう。


 連は手際よく、用意しておいた食べやすいサイズに切った大根を鍋に入れた。

 豆腐は固くなって形が崩れやすいので、味噌を入れてから、味を整える最後の方に入れるのがオススメだ。わかめも同等の理由で、戻しすぎない程度に入れると触感と風味を味わえるだろう。


 味覚や食感の感じ方は人によるので、個人個人の作りたいように作るのが、結局はその家にあった味になるのでオススメと言える。

 これが美味しい、と誰かが言っても、人によっては合わないのだと、連は一番よく知っている。

 だからこそ今回は二人に振舞う試しも含めて、できるだけ美味しく食べてもらえる方法を優先しているだけに過ぎない。


 味噌を入れて、味が飛ばないようにして混ぜている時だった。


「とてもいい匂いですね」

「あっ……希朝さん」


 作るのに集中していたのもあって、希朝が覗きに来たことに連は遅れて気が付いた。


 希夜が邪魔しないように、と希朝は引き離してくれていたようで、やんわりとした笑みを浮かべて近づいてきた。

 その際、連は時間を軽く見て、小皿に作り途中の味噌汁を掬った。


「希朝さん、嫌じゃなければ……味見をしてもらってもいい?」

「味見、ですか」


 希朝の言葉の区切りが悪いのは、期待をそぐわないようにする配慮があるからだろう。

 希朝が優しいのを理解しているからこそ、連は希朝の正直な感想が欲しいのだ。

 今の状態であれば、ちょっと味がふさわしくない程度であれば、すぐにでも味を整えて好みに近づけることはできるだろう。


「……駄目かな?」

「わかりました。味見させていただきます」


 希朝が小皿を受け取ってくれたのもあり、連はホッとした。

 断られたら割り切るつもりだったが、味見をして感想をもらえるのが嬉しいのだから。

 希朝は少し冷ましてから、小皿に口をつけ、そっと口に含んだ。


 静かに閉じられた瞼は、ゆっくりと味わっているのだと理解出来る。

 瞼のカーテンが上がると、ピンクの瞳は照明の明かりを帯びて柔らかく輝いた。表情には小さな命が宿るように、静かにも見惚れてしまいそうな可憐な花が咲いている。


「美味しいです」

「よかった」

「見たところ大根だけ先に入れて作っているようなので、豆腐とわかめを入れた際に味が今よりも落ちるので、先に味噌を入れて味を整えておくと沸騰を込みしても、出来上がりは今と変わらない味わいになりますよ」


 希朝の視野角は驚くほどに広いようで、キッチンに広がっていた材料を見て、この後の動きから全てを読んだ感想をくれたようだ。

 おそらく希朝は、置いてあるパスタを見た観点でも考えているのだろう。


「うん。ありがとう、希朝さん」

「いえ、思ったことを言っただけですから。……にしても、パスタですか……完成を楽しみにしていますね」

「期待を裏切らないように作らせてもらうよ」


 夜ご飯の時間になるまで、連は希朝が教えてくれたことも含めて、ゆっくりと作るのだった。

 その際、希朝が近くの椅子に腰をかけて見てくるのもあり、おぼつかない夫として見られているようで連は気恥ずかしかった。

 実際、連は未だにおぼつかない覚悟が残ったままなので、希朝の温かな見守りは正しいのだが。



 夜ご飯の時間になり、三人でテーブルを囲っていた。

 テーブルには、ほうれん草とベーコンのパスタに、豆腐とわかめと大根の入ったお味噌汁が並んでいる。

 希朝と希夜が目を輝かせているのもあり、連は初めて作り甲斐を感じていた。

 自分が作ったとしても、ただただ蔑んだような視線を向けられていたあの食卓に比べれば、この空間だけでも幸せに満たされている。


 変わらずに止まっていた日常が、息を吹き返して花咲くように。


「いただきます」

「いただきます」

「いただきますやんね」


 食に感謝の言葉を告げ、各々箸を手に持った。

 連は箸を持ったのはいいのだが、二人の口に合うのか心配なのもあって、箸を動かす手はままならない。


 女の子の食べる姿をまじまじと見るのは良くない、と思いつつも、希朝や希夜に目をやってしまう。


 ふと気づけば、希朝はパスタを口に、希夜はお味噌汁を口にしていた。

 静寂の間が通り過ぎた時、二人の顔には眩い花が宿っている。

 希朝はパスタが口に合ったのか、美味しそうに頬を落とし、もう片方の手で頬を軽く押さえていた。

 そして希夜は、お味噌汁の入った容器を持ったまま、とろけた笑みをこぼして温まった様子だ。


 目の前に咲き誇る光景に、連は思わず息を呑み込んでいた。

 食卓で見ることがないと思っていた……笑顔が、笑みが溢れる瞬間を、この目で、この空間で実感できたからだろう。

 暗い部屋の中で一人で食べたり、両親と食べたりしても弾まない会話に沈黙の間……その世界が、連にとっての食卓そのものだったから。


(……僕は、諦めきれていなかったんだ。想い描いた明日を、見たいって……)


 心の砂時計は未だに止まったままだ。

 それでも連は、今目の前にある光景を受け止めきれていた。


「連さん、すごく美味しいです」

「連にぃ、心が温まって幸せやんねぇ。うち、連にぃの作ってくれたお味噌汁飲めて幸せやんねぇ」


 二人の笑みは、体に良い毒と言える。

 二人の言葉を聞いて安心したせいか、連はついつい笑みをこぼしていた。


「二人とも、ありがとう」


 変なことを言ってしまったのだろうか。

 笑い気味に感謝をすれば、二人は固まった様子でまじまじとこちらを見てきていた。

 連が首を傾げると、希朝は口角をやんわりと上げた。


「連さん、やっと笑ってくれましたね」

「希朝ねぇは、連にぃが家に慣れずに笑ってくれなかったら、楽しく過ごせなかったらどうしよう、って来る前からずっと心配してたやんねぇ」

「き、希夜ちゃん!」

(……そっか、僕、笑えてなかったんだ……)


 希朝は暴露されると思っていなかったようで、頬を赤くしながら希夜にムスッとしていた。

 かんにんやんね、と言って笑って流す希夜は、幼くとも他の同級生と比べてしまえば強いのだろう。


 微笑ましい姉妹の姿を見て、連が静かに微笑むと、二人は優しく笑みを返してくれた。



 笑みと会話が咲き誇った食卓に終わりを告げてから、連はキッチンで食器を洗っていた。

 希朝と希夜に関しては、キッチンの方にあるダイニングテーブルの椅子に座り、ゆったりと食後のお茶を飲んでいる。


 水の流れる音を心地よく聞いていると、ある会話が耳に入った。


「希朝ねぇ。うちが知りたいんやけどね、どうして連にぃに当番をさせたの?」


 希朝はこちらを見てから、希夜の方を再度見ていた。

 おそらく、連が聞いてもいい、という意味で連の方を見てくれたのだろう。

 希朝はお茶を口にして、一つ間を置いてから口を開いた。


「……連さんには過去の迷いもありますが……連さんが婿としての話を受け入れるのであれば、お互いの得意不得意を知って、おぎなう必要があるからですよ」


 希朝の返答は意外だったようで、希夜はポカンとした様子で希朝を見つめてから、天使のような笑みを浮かべた。


「連にぃの婿入りを否定しないのは好きな証拠やんねぇ。ね、連にぃ」

「え……あっ……」


 急に振られたのもあり、連は希朝が頬を赤くして見てくるので、恥ずかしくなって誤魔化すように食器を洗った。

 結果的に、希朝の中にあるのであろう恥ずかしさの矛先は希夜に返っている。

 希朝は希夜に立ち上がって近づき、そのもっちりとした白い頬を指先でつまんで引っ張っている。


「もう。きぃちゃん、私がそこら辺の異性を好きになるわけないじゃない……連さんの婿入りは、特別なんですから……」

「……特別?」

「はっ、い、今のは、わ、忘れてください!!」

「の、のあねぇえ!? 痛いやんねぇえ!?」


 希朝の中での特別が何を意味しているのかは不明だが、その期待に応えたいと連は静かに思うのだった。

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