87 過去は変わらないが、未来は希望で溢れている
お昼ご飯を食べ終えれば勉強会の再開……というわけでもなかった。
食後なのもあり、今は休憩として各々が気を休めている。
希夜と優矢はテレビゲームを一緒にやっており、結は二人のプレイを珍しそうに見ているようだ。
希朝と食器の片づけをしていると、同時進行で火にかけていた麦茶が香ばしい匂いを漂わせている。
出来上がったのを確認してから五人分のコップに注いで入れれば、希朝が顔を覗かせてきた。
「連さん、優矢さんには何かと甘いですよね?」
「そうかも。でも、優矢にはこの後しっかりと勉強してもらうから」
「ふふ、仲がよろしいことで」
微笑む希朝に、連はついつい目を逸らした。
他の人の前でその笑みを浮かべないでくれると嬉しいのだが、希朝をそこまで束縛するのは良くないだろう。
どちらかと言えば、無作為に振りまく優しさよりも、利用されない優しさを振りまいてほしいが正しいのかもしれない。
肩から流れ落ちる滑らかな黒い髪は、連の心を知る由もないのだろう。
お盆にコップを置いてから、連は希朝と一緒に三人のいる方に歩んだ。
希夜と優矢がゲームをやっている後ろ、ローテーブルの上に麦茶の入ったコップを置いていた時、結がこちらを見てきていた。
「紡木さん、どうかした? 僕の顔に何かついてる?」
「連さんの顔には何もついていませんよ?」
希朝がじっと顔を見てきたのは不明だが、結が何か言いたそうなのは目に見てわかる。
「うーんとね。二人は……希朝と天夜さんは、テスト後のご褒美とか考えてるのかな、って」
結の言葉に、連はハッとした。
言われてみれば、希朝にご褒美をあげるのを考えていなかったのだ。
以前、ご褒美ではなく、労いとして希朝に食べ物を渡したくらいで終わっている。
今思えば、間接キスによって連へのご褒美にもなってしまったわけだが。
「何も考えていませんでしたね。……ご褒美はあくまで呪いのようなものですし、やる気を出すためのキッカケが無ければ出来ないのは控えたいですから」
「僕も希朝さんの意見に賛同かな。やる気は自然とついてくるし」
「……ストイックなのね」
「きぃちゃんを甘やかす事になるので、私は考える必要がありませんから」
「希朝!? 未来の旦那さんを蔑ろにしすぎ!」
結の正確なツッコミに、連は苦笑するしかなかった。
希朝とは、というよりも希夜を含めて話はついているが、家族としての形で繋がれるのが未来構図的には好ましいものなのだ。
たとえ、連が希朝と結婚して夫婦になったとしても、希夜がこの星宮家から、連と希朝の間から外れることが無いように。
希朝が結に軽く助言を授けられている中、背中越しに声を出した人物が一人。
「へー。だったらさ、連の誕生日が七月末にあるし、その日に持ち越しでご褒美を上げればいいんじゃないか? 連にとっちゃ、俺らの当たり前が何よりもご褒美だったりするんだからよ」
「連にぃの、誕生日やんねぇ?」
「ありゃりゃ、妹ちゃんが疑問みたいだが?」
「……優矢。僕は希朝さんと希夜ちゃんに一言も、生まれた日について話してないよ」
やべぇ、と言いたげに顔を後ろに向けて見てくる優矢は、おどおどしたように苦笑している。
笑ってごまかされるのは好かないが、言葉にされてしまったのはどうしようもないだろう。
連自身、自分の誕生日が好きではないのだ。
好きでもないのを構ってほしい風に言う必要もないので、二人には言わないでいた。
誕生日が来たとしても、ロウソクが灯る経験も、祝われた経験は過去にないのだから。
実際、優矢は連の誕生日こそ知っているが、家柄の関係もあってその日に出会うことはなかった。
母親から、天夜家の呪いが生まれた日など、目が合えば蔑まれる日だったから。
(……生まれた日なんて、良いことなんてな――)
軽く思い出してしまった過去に、ぎゅっと拳を握りしめた時だった。
握りしめた拳を包み込む、ほっそりとした手の感触が温かさを運んできたのだ。
うつむいていた視線を上げると、希朝が微笑んでいた。
過去には触れない、ただ近くに居ると伝えるように。
「そういえば、連さんの誕生日を知りませんでしたね。私の両親も、連さんの月日までは情報提示をしてもらえなかったようなので」
「希朝、それは言っても大丈夫なの……?」
「おいおい、連? お前な、妻にまで黙っていたのかよ」
暗い雰囲気を覆すように笑いながら言ってくる優矢は、呆れこそあるが伝えているとばかり思っていたのだろう。
希朝の言葉を聞くに、両親は、どちらかと言えば亜桜はそこまでして存在を否定したいようだ。
亜桜という確信を持てるのは、確かな証拠があるからだろう。
ゲームを止めて見てくる希夜と優矢から目を逸らすように、連は窓の方に視線を向けた。
その時、白い光の柱が粒を誘い、世界を煌めかせるように見せてきた。
「ご褒美、ですか……」
希朝が考えるように言葉を口にしたのもあり、連は自然と希朝に視線を向けていた。
希夜と結、優矢が見ている中なのもあって、少し気恥ずかしさはあるのだが。
「希朝さんは、ご褒美は何がいいかあったりする?」
「そうですね……でしたら、連さんの誕生日を祝うのをご褒美にしたいですね」
「うちもやんねぇ!」
ふと気づけば優矢と結から、諦めるしかない、といった視線を向けられているので逃げ道は無いのだろう。
希夜からは期待の目を、希朝からは幼げな瞳を向けられているのだから。
粋な輝きを持つピンクの瞳に、連は思わず息を呑み込んでいた。
「分かった。誕生日は教えるよ」
「ふふ、楽しみにしてくれてもいいのですよ。変わった誕生日の祝い方にしましょうかね」
「うちも連にぃを祝うやんねぇ」
「あはは! 連の誕生日は今年だとギリギリ夏休みに入っちまうし、家族に任せるかな」
「あら、世間知らずなのに物分かりが良いじゃない」
誕生日の日は後ほど教えるとして、そろそろ休憩を終わりにしてもいいだろう。
みんなで話している時間も楽しいが、目的を忘れてしまっては意味がないのだから。
どちらかと言えば、優矢と結から二ヤつかれているので逃げたいだけだが。
連が立ち上がると、仕方ない、と言いたげに希夜はゲームの電源を切っていた。
「食後の休憩は終わりにして、テスト勉強をしようか」
「あら、連さんやる気ですね。これは、別でご褒美でもあげましょうか」
「連、男としては辛いもんだな」
「あんたは気まますぎるの」
何気に耳を結に引っ張られている優矢は、楽しそうに笑っている。
そんな光景を見て、連は希朝と希夜と顔を見合わせ、静かに微笑んだ。
賑やかな中、ローテーブルに置いていたコップの氷がガラスに当たり音色を響かせていた。




