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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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84 仮染めの夫婦

 お昼休みが終わりそうになっていた時、学校内はひとつの噂で持ちきりだった。


 ひとつの噂……その中心は星の子、希朝と希夜だ。

 星の子が実は姉妹だったこと、距離感が変わったことなど、憶測や真実の域にある噂が迷いをみせずに広がっていた。


 世界は小さいのに、まるで広いと思えるほど、様々な人の言霊が飛んでいる。


 無論、その噂が本人である希朝にも届いているのだが、ずっと気にした様子を見せていない。


 お昼ご飯を一緒に食べた希夜に関しては、学生が別なのでクラスがある校舎に戻っていったのもあり、今現在の思惑は不明だ。


 騒がしいお昼休みの鐘が鳴るのを待っている中、連の机の周りには希朝と結、優矢が集まっていた。


「大丈夫ですか、連さん?」

「……うん、なんとか……」


 机に体重を預けていると、希朝が心配した様子で覗き込んできた。

 苦笑気味に返したが、精神的には疲弊している方だろう。


 希朝や希夜の変化……その噂は矛先というよりも、中心にいた連に対しても向いていたのだ。


 転校生なのもあってか、星の子を繋げるためにやってきた、と信憑性の無い言葉が宙を舞い始めている。また、ポッと出が気に食わないと言っている、星の子に好意を抱いている人の悪意も耳に届いているのだ。


 複雑な感情を向けられるのは昔から慣れているが、疲弊しないわけではない。

 感情に出さないだけであって、処理しきれない気持ちは自然と体力を奪っていくのだから。


 希朝や希夜、優矢や結が居なければ、一人で暗い気持ちに押しつぶされていただろう。

 今は友人、信頼できる人が居るからこそ、この場にいることが出来るのだ


 ふと気づけば、おでこにほっそりとした温かさが触れていた。

 視線を上げると、軽く前髪を上げるようにしておでこに触れている小さな白い手のひら、希朝の姿が見えた。


 クスクスと笑い声が二人から聞こえてくるが、学校なのに大胆な希朝に連の鼓動は静かに呼応している。


「熱はないようですね。でも、少し熱くなっているような……」

「ね、熱はないから。ちょっと、疲れているだけ……だよ?」

「連さん、無理は禁物ですよ」


 おせっかいをさり気なく焼いてくる希朝は、熱発電させている自覚はないのだろう。


 揺らめく瞳の光で希朝が心配しているのは理解できるが、教室内でおでこに手を置かれるのは心臓に悪いものだ。


 手に触れてそっと離すと、連だけに見える角度で、普段見る希朝らしい柔らかな笑みを浮かべてくれた。


 目の前に映る小悪魔には、本当に困ったものだろう。

 困ったものなのに、心の器はどこか満たされたように幸せにもなってしまうのだが。


「もし何かあれば私に言ってくださいね。その、何で悩んでいるのかは知っていますので……」

「うん。希朝さんにはちゃんと言うよ」

「夫婦漫才」

「夫婦団欒の光景を目の前で見ているみたいだよなー」


 優矢と結は顔を見合わせ、納得したように頷いていた。

 優矢と結が見ている、というのを忘れていたので文句は言えないが、希朝に刺激が強い言葉はやめてほしいものだろう。


 希朝は動揺こそしていないが、白い頬をうっすらと赤くしているのだから。


「優矢、まだそういう関係じゃないから」

「なんで俺だけ!? でもよ?」


 優矢は周囲を見てから、もう一度連の方を見た。


「連が星宮さんの婿だってことを流せば、他の人への牽制、嫌みもあまり無くなるんじゃないか?」

「その時だけ、ちゃんと周囲を見るのね」


 優矢の言っていることは一理あるだろう。

 一理あるが、婿であることを噂で流したところで効果は薄いと思われる。

 実際、人の欲望は……言霊は自然と形を変えて、距離感や会話の内容に盗み聞きを立て、自身への都合が良いように解釈してしまうのだから。


 折れるか折れないかの話にもなりかねないが、自意識過剰な人間に対しては何をしても無意味なのだ。

 ましてや人の欲望、好意を抱いていたとなれば、形を変えて狂気へと歪む可能性もあるだろう。


 静かに首を横に振ってから、しっかりと優矢の顔を見た。


「牽制にはなるかもしれない。でも、なったとしてもなっただけで……解決にはならないと思うんだ」

「……なんか、久しぶりにうじ連を見たな」

「うじ連って、あなたね」

「連さん……」


 優矢と結からは複雑な、呆れたような視線を向けられてしまったが仕方ないだろう。


 うじうじした決められない思考になっているのは、間違いなく連自身なのだから。


 連としては、希朝に言葉にできていれば、というのは痛いほど理解している。

 ただその一歩があまりに大きすぎて、歩めていない自分がそこにあるのだ。


 失敗を恐れているわけではないのに、変わってしまう怖さ、希朝を知っていくうえで家族の形を自分に成し得ることが出来るのかという、不安。

 家族を知ったとしても、過去が変わったわけではないのだ。


 それでも諦めたくないからこそ、希朝に言葉を、想いを伝えられるように気持ちをずっと前向きにしているのだ。


 ふと気づけば、希朝が伸ばそうとした手を引っ込めていたが、決意した様子で伸ばすのが見えた。


 その手は確かに、連の肩に触れている。


「無理に変える必要はないですよ。解決するのは、時間を要しますから」

「希朝さん、ありがとう。ちょっと、元気が出たよ」

「ふふ、良かったです」

「……仲睦まじいっていうよりも、星宮さんがもはや新妻なんだよな」

「に、にい、づ、ま……!?」


 連も驚いたが、言葉の暴力を一番受けたのは希朝だったようだ。


 新妻という言葉は希朝にとっては刺激が強すぎたようで、沸騰する勢いで顔を赤くし、両手を頬に当てて首を振りながら困惑していた。


 学校なのもあってか、壊れた玩具のようになっていないのは良かったが、その爆弾発言をした優矢を睨む彼女が一人。


「やっぱり、あなたは世間知らずなのよ! 希朝、こんな奴の言葉を真に受けなくていいの」

「な、俺は思ったことをだなあ!」

「……どっちが夫婦だよ」

「れ、連!?」


 呆れたのも束の間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


 優矢が結に説教されながら戻っていく中、希朝はそっと連の傍にいる。


「……連さん、焦らなくてもいいですからね?」

「それは希朝さんにそのまま返しておこうかな」

「い、今だけは、受け取っておきます」


 ほんのりと口元を希朝が緩ませた時、窓から差し込んだ光が彼女をより美しく輝かせたのだった。

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