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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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81 星粒のような我儘を叶えて

 希朝からの我儘。

 一緒に寝たい、そんな可愛らしいお願い事のはずだったのに、波打つ鼓動の脈が時の流れを実感させてくる。


 ただ希朝がお風呂から上がるのを待っている、それだけの筈なのに。


 今日は希朝の誕生日だから、と自分に言い聞かせているものの、二人きりで眠るというのを意識してしまえば落ちつく道理などなかった。


 ドアが静かに開いたのは、連が重い息を吐き出した時だった。


「……連さん、お待たせしました」

「待ってないよ。……似合ってる」


 部屋に入ってきた希朝の寝間着は、変わることのないネグリジェだ。

 ネグリジェではあるが、いつもより露出が目に見て分かるほどに少なく、クリーム色の生地にその白い肌は包まれている。


 太ももの先まで伸びた裾を目で辿ると、湯上りで血色の良い白い足が目に映る。

 裾がひらりと揺れるものだから、呑み込む息は当然のように熱を覚えさせてくる。


 希朝の形をまじまじと見るのは初めてではないが、初めて見るクリーム色のネグリジェ……ましてや薄っすらとした生地をしているのだから、自然と男心をくすぐってくるものだ。


 さり気なく誘惑されている、というよりも希朝を本当に意識している証拠だろう。


 肩から落ちる艶やかな長い黒髪。

 ほんのりとした湯気を帯びるピンクの瞳。

 潤いを含んだ唇の色合い。


 希朝を形づける全てが、自然と輝いて見える。


 連がついつい見惚れていると、希朝はぎこちなさそうにベッドに座っていた連の隣に腰を掛けた。


「……連さん」

「は、はいっ……」

「な、なんで緊張しているのですか!?」

「ご、ごめん。希朝さんと二人きりで眠るのはゴールデンウィークぶりだったから、つい」


 希朝に見惚れていて、声をかけられて震えたなど言えるわけがないのだ。

 希朝から名前を呼ばれる。その何気ない日常が、実際は何よりも心に響いてくるから。


 希朝は呆れたように息を吐き出したが、切り替えるようにピンクの瞳に連の姿を反射させている。


「どうして、お願いを聞く券をくれたのですか?」


 希朝は疑問だったようで、首をかしげながら聞いてくる。

 希夜にも内緒にしていたのもあり、希朝は渡された理由を知りたかったのだろう。


 連からすれば、考える必要もないほどの答えではある。

 希朝に視線を合わせ、連は静かに微笑んだ。


 微笑んだのが悪かったのか、希朝が恥ずかしそうに視線を逸らすので困ったものである。


「希朝さんがくれた優しさを……何度も繰り返し大人になっていく味を知っている希朝さんを見て、少しだけお節介を焼きたかったんだ」


 最初の頃こそ、希朝はこれでもかとお節介を焼いてきた。それは恐らく、見つけてもらいたい、そんな希朝の幼き願いがあったからだろう。


 今思えば希朝を見ることが出来ずに、連は自分だけを見ていた。

 だけど今は、希朝をしっかりと見ているからこそ、お節介を焼こうと思えたのだ。


 少し息を吐いて、間を置いてから連は続けた。


「頭や体が大人になっていっても、気持ちが子どものままだと辛い時もあるかと思ってね」


 希朝は実際、周りと見比べても大人びている。

 辛いことを我慢して、一人で無理やり消化して、気づけば消えてしまうのではないかと思ってしまう程に。


 言い切ったのも束の間、希朝はぷるぷると震えながら顔を段々と赤くしていた。


「……体が、おと、な……」

「え、希朝さん?」

「連さん、私をやはりそんな目で見ていたのですか!?」


 希朝が慌てたように体を隠す仕草を取るものだから、連は焦って手を横に振った。

 たまに希朝の妄想には困ったものだが、勘違いさせるような言葉遣いをした方にも落ち度はあるだろう。


「どこまでが狙いなんですか……っ」

「希朝さん、例えだからね、例え?」

「例え!? ……うぅ、連さんの馬鹿」

「なんでぇ?」


 希朝が唐突に罵ってきたのもあり、連は素っとん狂な声が漏れだした。

 クスクスと笑いを溢れだす希朝は愉快にも程がある。


 希朝は口元を緩ませて少し笑ってから、目尻を指で撫でていた。

 面白がってくれたのならよかったが、絶対に希朝以外には聞かせたくない声と言えただろう。


 ふと気づけば、希朝は天井を見上げるように上を向いていた。


「少し話は変わりますが……連さんの方が、我儘を言えない、そんなかて……環境だったのでは?」

「……無理して言い換えなくてもいいよ」


 心配してくる希朝の気持ちは理解できる。

 連自身、幼い時に我儘を口にしたところで無視をされ、ほとんど一人の時間を過ごしてきたのだから。

 一人以外の時間になったとしても、どこかに連れ出され、捨てられるのが日々ではあったが。


 連としては、あることを希朝に話す予定は正直なかった。それでも、今の話をするなら打ち明けてもいいかと思えたのだ。


「あのね。実はあの日、僕の父親とぶつかった時……ポケットに電話番号が書かれた紙を入れられていたんだ」

「電話番号の書かれた紙を?」


 少なからず文は書いてあったが、希朝に見せるわけにはいかないので、連はただ頷いた。


 あの日から暫くして、機械仕掛けの二重構造引き出しからようやっと取り出して、文に目を通した。

 涙こそ出なかったが、結んだはずの口の隙間から、息は溢れだしてしまった。


 今口にできたのは、捕らわれていた呪縛から解放されたからなのかもしれない。


「その、どうするつもりですか?」

「……想いが無い限りは、使う予定はないかな」


 希朝の様子を見るに、瑛人や柊凪から聞いていないのだろう。


 探りを入れるつもりはなかったが、暗い話をしてしまった、と連は後悔している。

 できるだけ希朝の前では後悔しない選択をしているつもりだったが、家族関係はやはり切れたものではないだろう。


 希朝なりに云うなら、捨てきれていない、が正しいだろうか。


「少し話過ぎたね。……そろそろ寝ようか」


 と誘導しようとした時、希朝は棚に置いてある砂時計と、うさぎのぬいぐるみを見ていた。


「ぬいぐるみ、大事にしてくれているのですね」

「うん。よかったら、抱いて寝る?」


 希朝は静かに首を横に振っていた。


 そしてゆったりと口元を緩ませ、天使が舞い降りたと錯覚させてくる。


「今日は連さんが居ますから」

「その言葉、希朝さんにそのままお返しするよ」

「どういう意味でしょうかね」


 静かに笑みを浮かべる希朝は、天使のようで小悪魔の一面を持った悪戯好きのようだ。


 それなのに暖かい、木漏れ日のような希朝の笑顔は心に染みるものがある。


 希朝に「寒くない?」と連が聞けば「温かいです」と少し含みのある返答をされた。


 手を取って、希朝と一緒にベッドへと入る。


「電気、消すね」

「……はい」


 常夜灯へと切り替えただけなのに、体はどこか感じ方を変えている。


 ぐっと縮まった距離が自然と希朝の熱を覚えさせてくるようで、心臓の鼓動がこれでもかと体全体に伝ってくるのだ。


 誤魔化すように、この手は希朝を抱き寄せている。

 手が希朝の背中に触れた瞬間、希朝はぴくりと震えてうるうるした瞳で見てきていた。


「その、連さん……背中は弱いので、あまり触れないでいただけると……。背中より、上の方がまだ、その、落ちつくので……」

「う、うん。気をつけるよ」


 希朝は以前から背中に触れると震えていたが、数少ない弱点の一つだったようだ。

 希朝が弱みを見せるのは珍しく、連はついつい微笑んでしまう。


 もう、と希朝が言いたげに頬を膨らませるが、その可愛らしさが好きな子に悪戯したい男心をくすぐるとは思いもしないのだろう。


 ふと気づけば、希朝は連の胸元に手を当ててきていた。

 まるで自分の場所を見つけたように、手を心地よさそうに置いて。


 近づいたのもあり、髪からふわりと香る甘い花の匂いは、希朝らしいと実感させてくる。


「連さん、我儘を聞いてくれてありがとうございます」

「希朝さんの誕生日を祝えて、僕は嬉しいよ。もっと、我儘を言ってもいいんだよ?」


 じゃあ、と希朝は間を置いてから、潤いのあるピンクの瞳を輝かせていた。

 口元を緩ませ、有限の時の中を泳ぐ魚のように、希朝だけを見せてくるようだ。


「連さんの声を聞いていたいです」

「それじゃあ、眠くなるまで話していようか」

「それだと私、すぐに眠くなっちゃいますよ」


 少しすると希朝が幸せそうに寝息を立てていたので、連は自然と希朝を抱き寄せて寝息を立てるのだった。

 いつの間にか消えていた常夜灯に代わって、カーテンの隙間から差し込む、青白い月明かりに見守られながら。

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