08 洗濯は鈍感、掃除はちょっと近い距離に
当番制を出来るほどの実力があるかどうか、約束通り、次の日の朝から実行に移っていた。
希朝が作ってくれた朝ご飯を食べ終えた後、連は洗濯物を乾かすために、縁側近くにある物干し竿で干していた。
星宮家の庭が和に近いのもあり、学校前のそっと一息つく時間には過ごしやすいだろう。
ふと気づけば、制服に着替えた希朝と希夜が後ろに立っていた。
二人の方を振り向くと、何故か白い頬を赤くしており、恥ずかしそうにこちらを見ている。
「……えっと、どうしたの?」
連は先に制服に着替えを終えているので、特に問題はない筈だ。
とはいえ、連を恥ずかしそうに見てくる希朝と希夜の視線を見るに、別の件で羞恥心でも湧いているのだろうか。
「れ、連さんは、どうして女の子の下着を見ても平然としていられるのですか……?」
「干し方的にも、手慣れているやんねぇ……」
連はふと干していた洗濯物を見て「ああ」と今更気がついた。
洗濯に関しては、数回に分けて洗うと大変だから、と希朝からの指示で混ぜはしたものの、異性である事を視野に入れていなかったのだ。
干す箇所は一応分けてあるが、それを全て干したのは紛れもなく連である。
リボンの付いた透明感のあるレースの白い下着に、動きやすそうなスポーツ系の灰色の下着が干されているのを再度見て、連は二人を見た。
実際の所、二人が何を身に着けていても自由ではあるが、二人が気にしているのはそこではないのだろう。
「手慣れている……って言うよりも……前の家だと、全て僕がやらなきゃいけなかったから。で、でも、今は希朝さんと希夜ちゃんと同じ家だし、気にしてないよ?」
連自身、どうして自分に対するフォローを入れたのかは理解できなかった。それでも、二人を心配させたくない、という今まで無かった思いが口を動かしたのは理解できる。
希朝と希夜は顔を見合わせており、くすくすと笑みを浮かべていた。
ふと気づけば、希夜が近づいてきては、わざとらしくべしべしと背を叩いてきた。
痛いとまではいかないが、むず痒さのある小さな手には動揺を隠さずにはいられない。
小さな笑みを携えた希夜は、微笑ましそうに顔を覗き込んでくる。
「学校で星の子と呼ばれる美少女二人と一緒……ましてや一つ屋根の下なのに欲情しないのは、不思議やんねぇ」
「希夜ちゃん。連さんはそういう人じゃないですから、悪いように言わないの」
「まだ信用ならないかもだけど、二人に手を出す気はないよ」
苦笑しながら言えば、希朝が頬を軽く膨らませて見てくるので、どこか期待していたのだろうか。
そんな無いことを思いながらも、学校に行くまでの時間を適当に過ごすのだった。
学校が終われば、今度は掃除をするために、掃除機や雑巾、箒を連は手に取っていた。
希朝と希夜が今回ばかりは手を出さずに見ているだけのようで、希朝以外の部屋を全て一人でやってもらうのだとか。
連からすれば、以前の掃除と比べれば数倍楽なので、苦労をする未来は見えていない。
リビングから和室と掃除をしていけば、案の定、二人からは尊敬と呆れた視線を送られている。
「本当にピカピカやんねぇ」
「連さんの掃除の仕方、お金を取ってもいい程ですよ」
希朝から高い評価をもらえたのは、嬉しいものだろう。
希夜から聞いたところ、家の掃除はほとんど希朝がやっていたようで、希朝の目による評価に間違いは無いのだと安心できるのだから。
少しハプニングはあったものの、一階の掃除を無事に終えた連は、二人の案内の元、連の部屋の隣に来ていた。
連と希朝の間にある部屋は、どうやら希夜の部屋だったらしい。
希朝が入らないようにと杭を刺してきたのは、希夜と最初に合わせる予定が無かったからだろう。
「ここが希夜ちゃんの部屋」
「あまりまじまじと見ないでほしいやんねぇ……恥ずかしいやんね……」
「はぁ。恥ずかしがるなら、日頃からこつこつ自分で掃除すればいいのですよ」
「の、希朝ねぇ!」
「……そういうこと」
どうやら、カレンダーの空白が多かった理由は、希夜がまともに掃除を出来ないのが原因だったようだ。
希夜の部屋は、床に絨毯とクッションが綺麗に置かれている。
勉強机にベッド、タンスや押し入れが備えられており、押し入れを除けばほとんどが連の部屋と同じ生活用品を中心としているようだ。
とは言ったものの、希夜の部屋には一番特徴的とも言えるものが置いてある。
勉強机にモニターが備えられつつ、壁に付けられたウォールシェルフや勉強机の棚に、様々なゲーム機やソフトが置かれているのだ。
「う、うちはゲームをするのが好きやんねぇ……連にぃ、幻滅した……?」
服の袖を掴みながら聞いてくる希夜に、連はそっと首を振った。
「希夜ちゃんの一面が知れたんだから、幻滅する理由は無いよ」
「……連にぃ」
「……お喋りは程々にして、掃除をしてもらってもいいですか? 私はどさくさに紛れて、希夜ちゃんに手を出さないかここで見張っていますので」
「希朝ねぇ、機嫌悪い?」
「そうですね。少しだけですよ」
希朝は時折、連が希夜と楽しく話していると機嫌が悪い時があるので、自分も構ってほしいのだろうか。
もしくは連の言葉選びが下手なのもあり、希朝が焼きもちを焼いている可能性もある。
希朝に見張られつつも、連は希夜の部屋の掃除を始めた。
掃除を始めたのはいいが、元が綺麗なのもあり、埃が軽く付いている物を掃除する程度で済んでいる。
希朝の努力のたまもの、と言ったところだろう。
連はふと、希夜が遊んできたであろうゲームソフトや本体に目を向けた。
「……この子たち、大事に扱われていて、凄く楽しそう」
思わず口に出してしまう程、希夜の持っているゲームソフトや本体は輝いて見えたのだ。
皆が遊んでいるから、を理由で遊ばれている物に小さな輝きが見えることは無い。だが、ただ純粋にゲームを楽しんでいる、希夜の持ち物にはそう思わせる程の色が見えるのだから。
他人の記憶に触れるつもりがなかった連を惹きつける……それほどまでに希夜の持ち物は輝いていると言える。
「きぃちゃん、頬を赤くしないの」
「持っている物を褒められるのは、自分事のようで嬉しいやんねぇ」
どうやら後ろでは希夜が頬を赤くしていたようで、希朝は呆れているようだ。
ふと後ろを振り向けば、希夜が近づいてきていた。
近づいてきていたその時、希夜の踏んだ絨毯が軽く滑り、時間が止まってほしいと思うほどの感覚に見舞われる。
「きぃちゃん!」
咄嗟に動いたのは希朝だ。
希夜が絨毯を踏んで滑り、宙に体が浮きかけた瞬間、希朝が希夜を助けるために手を取って引っ張っていたのだ。
とはいえ、急な出来事だったのもあり、入れ替わりで希朝が前屈みで倒れる形に代わっている。
「の、希朝ねぇ!」
希夜の心配する声が、希朝が傷つく姿を見たくないと、そんな思いが連を心の底から奮い立たせた。
連は掃除用具を手放し、希夜の代わりに転びそうになった希朝を受け止めるために、滑り込むように床と希朝の間に体を入れ込んだ。
体全体に、ずっしりと柔らかくも確かな感覚がのしかかる。
ふと気づけば、連は希朝の体に腕を回し、下敷きになりながらも希朝を受け止めていた。
ぴっとりとくっつく距離は、希朝のふくらみある部分がしっかりと、連の胸板へと押し付けられている。
そんな状況であるのに、下手をすれば唇がくっついてしまうような顔の距離感に、自然と考えは遮られていた。
飲み込む息は、確かな熱を帯びている。
「えっと……希朝さん、大丈夫?」
「え、ええ……あの、ありがとう、ございます」
ピンクの瞳がゆるりと揺れ、安心しているのだと理解出来る。
お互いに手を取り合いつつ、ゆっくりと起き上がった。
見たところ、希朝に怪我はないようで、連はホッとした。
「二人共、大胆やんねぇ」
「き、きぃちゃん!」
希夜がくすくすと笑みを浮かべているのが見えて、連と希朝はそっぽを向くしかなかった。
連は迸る鼓動を誤魔化すように、手放した掃除道具を手に持った。
(……希朝さん、触れられても平然としていられるの、すごいな)
「希朝ねぇ、動揺してるやんねぇ」
「し、仕方ないじゃないですか……初めて殿方に触れられたのですから……そ、それに……」
「それに?」
「……身体的な面でも重さを……ううぅ……」
「持たないうちへの皮肉やんねぇ」
そんな会話を希朝と希夜が連を横目にしていたが、自分を誤魔化していた連はついぞ気づかなかった。
先の鼓動の速さに驚きを隠せないまま、連は掃除を進めるのだった。