79 プレゼントを悩んで
「希朝さんは、何か欲しいものがあったりするの?」
その日の夜、連は希朝と一緒の時間になったのを良いことに、単刀直入に尋ねた。
前置きもなく言葉を口にしたせいか、希朝は固まったように首をかしげている。
欲しいものを聞かれるとは、思っていなかったのだろう。
悩んでいる希朝がダイニングテーブルの椅子に座るのを確認してから、連はコップを用意した。
コップに氷を数個ほど入れ、水出しで作ったお茶を注ぎ込む。
迷いが宙に舞うように、少量の茶葉が水の中で踊っている。
コップは透明だが、今の迷いは緑茶の色に近いのかもしれない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
希朝の前に置けば、笑みを浮かべて受け取っていた。
連が希朝の淹れてくれる飲み物が好きなように、希朝もまた連が淹れる飲み物が好きらしい。
お互いに悩みを口にすることは多くなったが、あくまでも解決できるものだ。
瓦礫にならない、本当に背伸びをすれば届く些細な悩み。
とはいえ今の連の悩みが希朝の誕生日プレゼントを用意する目的なのもあり、簡単に聞いて解決になればいいものだが……。
希朝は少しコップに口をつけてから、そっと息を吐いていた。
「欲しいものですか……それはまた唐突ですね」
「あー……ほら、ゴールデンウィークの時に瑛人さんと柊凪さん、お互いに欲しいものの話しをしていたから、そういう家族の形を覚えていた方が未来の為なのかな、って」
「未来の、ため……連さん、やっぱり、最近えっちなんじゃないですか……」
「なんで!?」
未来の話をしたが、希朝の考えが斜め上すぎた。
連自身、希朝をそんな目では誘われない限りは見たことはない……が、未来であれば見るよりも近しくなっている可能性もあるだろう。
不安があったとしても、希朝なら、と理由を口に身を委ねてしまう気持ちで。
と連は浮いた考えになりかねたが、首を横に振った。
実際、希朝がまだ寝間着姿じゃなかっただけ、心の救いというものだろう。
「ふふ、冗談ですよ」
「心臓に悪い……」
「連さんは楽しい人ですから。そうですね……今欲しいもので強いて言うなら、古代ラテン語の書かれた辞書ですかね」
「……古代ラテン語の書かれた辞書??」
一瞬聞き間違いかと連は耳を疑ったが「はい」と希朝が即答したのもあり間違いはないようだ。
希朝は女子高生なので、ぬいぐるみや、可愛いものなど流行系のものを欲しがる、と連は思っていた。
ぬいぐるみ以外に関しては優矢の入れ知恵ありきだったのもあり、個性ある他人の考えは聞かないと分からないものだろう。
希朝が古代ラテン語の辞書を持っている姿は、想像しにくいものだ。
「連さんには見せたことありませんが、私の部屋には書棚があるのですよ」
「本を置いておけるスペースを持っていると」
「そうですよ。小説や図鑑、辞典など多くの本を持っているのですが……古代ラテン語……いわゆる、古典ラテン語や古ラテン語、俗ラテン語やら、ラテン語に関する辞書が少ないので」
「念のため聞くけど、ラテン語以外の海外辞書はあるの?」
「数冊ほどですが持っていますよ」
希朝の趣味は不明だが、探求心の塊、好奇心旺盛とは、まさに彼女を表すのに相応しい言葉だろう。
自信満々で辞書の話をされたのもあり、連としては困惑でしかない。
誕生日プレゼントに辞書を渡されて喜ぶ人もいると思うが……瞳が輝くような、別の品物を渡したいものだろう。
ふと気づけば、希朝は微笑むようにこちらを見ていた。
「半分冗談ですよ。いずれは欲しいですが、今は無くても困りませんから」
一息置いた希朝は、ゆっくりと話を続けた。
「本当に欲しいものはあっても、物では敵わないですから」
そういってお茶を嗜む希朝は凛としていた。
凛としているのに不思議なところがあるのは、希朝の良いところであり、見抜けないところでもある。
悟られないようにしているわけでもなさそうなので、希朝の本質をまだまだ理解できていない証になってしまうのだろう。
(……今まで希朝さんと買ってきた中、見てきた中で欲しそうなものを決めるしかないか)
作戦が意味をなさなかった以上、自分の足で町中を探すしかないだろう。
辞書は最終手段だが、最終手段はできる限り使いたくないものだ。希朝の気持ちを無下にしかねないが、心に残るものを送りたい連自身のエゴがあるからだろう。
連が頭を悩ませていた、その時だった。
「……希朝さん?」
「連さんもどうぞ」
希朝はそう言って、先ほど飲んでいたコップをわざとらしく持ち、連の方に近づけてきていた。
完全に間接キスになりかねないが、希朝は理解しているのだろうか。
連自身、流石に何度もうっかりを重ねているので意識をしない理由がない。
それでも希朝が飲ませようとしてくるので、拒否をすることもできないのだが。
「……いただくよ」
希朝は自分の手で飲ませたいようで、コップから手を離すつもりはないらしい。
ゆっくりと近づいてくるコップの距離に、連は息を呑み込んだ。
「どうぞ」
喉を通る冷たさは熱を帯びているようで、もどかしさすら覚えてしまいそうだ。
希朝の手で飲まされた、という感覚を刺激する付与が悪さしているのは言うまでもないだろう。
口を離し、頬が沸騰しそうなほどに熱くなっている時だった。
「希朝ねぇと連にぃ、二人、夜の部屋でイチャイチャしてるやんねぇ……」
「き、希夜ちゃん!?」
まるで現場を捉えるかのように見ていたニヤついた希夜に、希朝は連の背で隠れるように顔を赤くするのだった。
見られて減るものではないが、幼子に夜の営みを見られる感覚なのだろう。




