75 いつかの未来を口にして
その夜、柊凪からお風呂の番であることを、希朝は伝えられていた。
「お母さん、わかった」
「……希朝?」
希朝は確かに返事したのだが、柊凪はなぜか首を傾げ、連の方を見ては希朝を見ている。
リビングには連と希朝、希夜、柊凪を含めて四人でいるのだが、明らかに雰囲気は変わった。
柊凪が何を考えているのか、この二日間で理解できるわけもなく、希朝と希夜に任せるしかないのだろう。だが、柊凪がこちらを見てくるので任せきりは不可能と崩れ去っている。
「そうね。希朝と連くんが一緒に入れば解決ね」
「……は、い? 何も解決してないから!」
言葉に詰まった連とは違い、希朝はすぐさま反応していた。
返事こそしたが、流石におかしいと思ったのだろう。
柊凪が笑う中、胡坐をかいている連の間に座っていた希夜がぎゅっと腕を掴んでくるので、希朝に手渡す気はない意思表示と受け取るべきだろうか。
「タオルを巻けば問題ないでしょう?」
柊凪は声がやんわりとしているのもあるが、明らかに発言と雰囲気があっていない。
「連くんには、希朝の事をもっと知ってほしいの」
「お母さん! それなら、別にお風呂に一緒にはいっ……る必要は、ないでしょう……」
希朝の言っていることはごもっともだが、本人抜きで話が進んでいるので恐怖も付与されてくる。
ため息をつきそうになった時、薄い生地の寝間着姿で連の間に座っていた希夜が手を挙げた。
手を挙げると同時に、ミルクのような甘い香りが鼻をつつくので、少々困ったものがある。
「じゃあじゃあ、うちが連にぃと一緒に入るやんねぇ」
「希夜ちゃん!?」
「きぃちゃんはさっき入ったでしょう? それに、入る前に連さんを蹴りますよね?」
「殿方が服を脱いだら防衛しろ、ってうちは教わってるやんねぇ」
「……なら、私が連さんと入るので、希夜ちゃんはその、部屋でおとなしく待っていてください」
「希朝ったら、よっぽど妹には取られたくないのね」
希朝は頑なに引く様子を見せないので、後戻りはできないのだろう。
こちらの発言は力なく流されそうなのもあり、気持ちにとどめておくだけにした。
柊凪に茶化されている希朝を見て、ただただ心配が募るしかない。
その時、瑛人は俯瞰していたらしく、こちらに近づいてきていた。
希夜が瑛人を見て笑みを浮かべるので、本当に家族仲は良いのだろう。
「すまないな。希朝は一度決めたら、あとには引かないんだ」
「そうなんですね」
「ナニ、連も男だ。ラッキーだと思って楽しんでくればいいさ」
「何をですか!?」
「えぇちち、うちが蹴った方がいいやんねぇ!」
希夜の蹴りによって瑛人が宙を飛んだところで、連は結局、希朝と一緒にお風呂に入ることになるのだった。
お風呂から上がり、部屋でいつもの日課を終えてから、連はベッドに腰をかけていた。
希朝とお風呂に入ったものの、顔を見合わせづらくなっているのは言うまでもないだろう。
無論、手は出していないが、男心を惑わす煌めきが存在していた。
云うならアルカディア……理想郷だ。発見できた、拝められた、運が良かっただけの理想郷。
つくづく自分の周りに振り回されている気はするものの、嫌ではなかった。
心を許せる相手、家族の形を知り始めているからこそ、これもまた家族でしか味わえない経験だと思っているからだろう。
自身の太ももの上で横になっている希夜の頭を連は優しくなでながら、軽く想いに更けていた。
ちゃっかり甘えてくる希夜にも困ったものだが、こうして妹と近しい距離も、好きだと言えるようになっているのかもしれない。
頭を撫でていた時、ドアが静かに開いた。
「連さん、隣、いいですか?」
入ってきたのは希朝だ。
希朝は部屋に入り、ドアを閉めてからそう尋ねてきた。
太ももで横になっている希夜を気にしないのは、希朝が成長した証なのだろう。もしくは、詰まっていた言葉を吐き出して、スッキリしたからなのかもしれない。
溜め込んだ言葉ほど、胸を強く締め付けてくるのだから。
望んでいるだけでは、誰にも気づいてもらえないし、自分勝手な妄想は見てもらえない。
隣に希朝が腰を掛けると、優しい花の香りが鼻をつつく。
希朝の匂いを好きだと思える、そんな自分に連は自然と首を振っていた。
二人が微笑むように笑ってくるので、気恥ずかしいものだろう。
調子を取り戻すために希朝と軽く話していた時、少し想像した未来でお互いに沸騰してしまった。
そんな子どもがいたら、なんて何度もした会話を誤魔化すように、希朝は本題と思える話題を切り込んできた。
「その、連さんは、女の子の水着姿とかに、興味あったりしますか?」
「……水着?」
連自身、水着姿とは縁がなく、疑問しか浮かんでこないのだ。
疑問ではあるが、希朝の水着姿は気になってしまう。
実際、服に着られている印象は希朝に湧くはずはなく、どの服も似合うと言い切れるほどに美を持っているのだから。
少しの間がノックされるように、静かに聞いていた希夜が声を上げた。
「うち、連にぃを連れて希朝ねぇと一緒に水着を買いに行きたいやんねぇ」
「夏ですし、良い機会ですね。連さんはどうですか?」
「……まあ、戸惑いそうになるけど、それでもいいなら」
「じゃあ、決まりやんねぇ」
希夜が嬉しそうに上目遣いで見てくるのもあり、断らなかった以上、付き合うのは確定と言える。
また希朝に関しては、一人考えるように悩んだ様子をみせていた。
深く触れようかと思ったが、希朝の考えを邪魔するわけにもいかないので、連はただ希夜の頭を静かに撫でた。
付き添いの選択は、吉と出るか、凶とでるのか。
希朝や希夜の寝る時間になる前、ピンクの瞳に連の姿が揺らぎなく反射している。
「連さん、家族との時間はどうですか?」
希朝が誰よりも心配しているのは理解している。
だからこそ連は、ただこの言葉を口にした。
「希夜ちゃんも含めて、希朝さんの両親……柊凪さんや瑛人さんとの家族関係は悪くないよ」
「希朝ねぇは心配性やんねぇ」
「きぃちゃん、後でお話ししましょうか」
「えー、うち今日は連にぃの部屋にお泊りしていきたいやんねぇ」
希夜がマイペースなおかげで、険悪になっていないのもあるだろう。
「希朝さんはどうする?」
「ふふ、私もご厚意に甘えましょうかね」
「の、希朝ねぇが素直……!?」
そんな希夜の驚きは夜のとばりの下に、静かに幕を閉じるのだった。




