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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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74 水に浮かぶ、甘えたい気持ちと本音を重ねて

 濡れた体を拭き終えてから、連は希朝と一緒の部屋に居た。

 見慣れた和室なのだが、どこか気まずさがある。


 希朝はキャミソールを着ているが、露出した肌が静かに心を刺激してくるのだ。

 先ほど起きた事件で希朝が服を乾かしているとはいえ、替えの服を着ないとは思いもしないだろう。服は着ているが、視覚的な優しい意味は無いと言えるのだから。


 少し前に、希夜が瑛人と柊凪と一緒にお買い物に行ったので、家に希朝と二人きりの状況になっている。

 希夜が居ればある程度は茶化しで緩くなっていたが、今は注意を引くことすらもできないのだ。


 気まずいとはいえ、希朝と二人きりの時間が貴重なのには変わりない。

 少し距離があるとはいえ、連は希朝と隣同士で座っていたのもあり、様子が気になって横目でちらりと見た。


(……いつ見ても、希朝さんは魅力的なんだよね)


 キャミソールにショートパンツ……ルームウェアとも見て取れるそれは、連にとっては心臓に悪いものだ。

 心臓に悪いが、目を逸らしたいわけではない。


 キャミソールの肩紐から見える白い肩。

 気を抜けば目線が集中してしまう、希朝のふくらみある上胸。


 ふくよかな白い肌をここまで直視するのは、罪深いものであると自覚する反面、彼女しか見ていられる勇気がない証明とも言えるだろう。


 希朝以外の誰かであったのなら、ここまで興味は惹かれなかったと言い切れるのだから。


 言い訳にしか過ぎないと連は自覚している。それでも、横目で希朝の表情を窺いつつも、そっと全てを見てしまうのだ。


 上だけではなく、太ももから素足、希朝を形作る全てを。


 思わず息を呑み込みそうになった時、ピンクの瞳はこちらを見た。

 希朝は目が合ったと知ってか、軽く微笑んだ。

 胸元にそっと手を当てて、妖艶とも言える笑みを宿している。


「ご、ごめん。黙って見てた……」


 連は言葉が上手く出なかった。

 希朝には真実をありのままに伝え、これ以上見ない方がいい、と連が思った時だった。


 間に置いていた手の上に、連の手よりも一回り小さな手がそっと重なっている。

 水で冷えた体温は今もあるが、その手は確かに温かくて、ずっと重なっていたいと願ってしまう愛しさがあるものだ。


「べ、別に気にしていませんよ。その、れ……連さんは、女の子の体に興味があるのですか?」


 唐突な質問に連はむせかけたが、持っている答えがあったので助かった。


「……女の子っていうよりも、希朝さんだから、かな」


 かな、なんて都合の良い言葉を付け足したが、連は希朝にしか興味はない。

 勿論、希夜に興味が無いわけではなく、見たい側面でという意味だ。


 希朝にしかない、その魅力を知り始めてから。


 ふと気づけば、希朝はじわじわと白い頬を赤くしていた。


「よければ……その……触って、みますか?」


 希朝はそう言いながら、連を上目遣いで見てくる。

 そして姿勢を前のめりにしてきたのもあり、少し緩んだキャミソールの隙間に意識は割かれそうになるのだ。


 視界へ仰々しく映り込んでくる、暗闇すらも直視できる谷間に、連は息を呑まずにいられなかった。


 肩から落ちる艶やかな黒い髪が更なる欲情を煽るようで、希朝に見入っているのだと伝えてきているようだ。


 ふと見たピンクの瞳に反射する連の姿は、どこか照れている。

 連自身、確かにこのまま希朝の言葉に身を委ねれば楽になれるという自覚はあった。だが、自分を抑止できるのは自分だけだと早まる気持ちに言い聞かせる。


「……やめておくよ」


 自分の手で希朝を襲いたくない、傷つけない選択のはずだった。

 しかし希朝がなぜかムスッと頬を膨らませたのもあって、連は思わず手を横に振った。


「その、違うんだ。希朝さんに魅力が無いわけじゃなくて……大事にしたいから」

「でも連さん、一緒に寝た時……その、腕はしっかりと触れていましたよね。その時は、手のひらじゃありませんでしたけど」

「それはそうなんだけど。でも、僕は希朝さんを大事にしたい気持ちがあるし、その若さでしか味わえないものもあるのは知ってるから……その、えっと……」


 どうしても言葉に詰まってしまう。

 現状、希朝を傷つけないのは考えを照らし合わせない限り不可能だろう。


 連が困っていると、希朝はクスクスと微笑んでわざとらしく口元を隠した。


「ごめんなさい。連さんを試すような真似をするにしても、行きすぎた行為でしたね。これはその分の、お返しです」

「……えっ、希朝さん?」


 瞬く間もなく、希朝は距離を詰めて、ぎゅっと抱きしめてきた。

 全身を駆け巡る希朝の体温、後ろに回された腕。

 真正面から受け止めた弾力のある双丘はふくよかに形を変え、鼓動を血へと変換し伝えてくるようだ。


 (たちま)ち思考は熱を帯びて、今にでもキャパオーバーを迎えそうになっている。それでも、希朝に抱きしめられている事実は、何物にも代えることが出来ない真実だろう。


 腕に当たる滑らかな髪がくすぐったいのに、ずっとこうして希朝の体温を感じていたいと願ってしまう。


 ――寂しかったんだ、と自分の愚かさを理解してしまう程に。


 連は寂しさを誤魔化すように自然と、希朝を同じく抱きしめていた。

 ただ腕を回して、希朝を自分の元に寄せて。

 体温を感じていられる今が、生きている意味を実感できている証拠だ。


 希朝の背に手が触れた時、希朝はぴくりと震えたが、嬉しそうに肩に頭を預けてくる。


「私、こうして連さんに甘えてみたかったのですよ」

「気づけなくて、ごめん」

「気づけていたら、恐ろしいですよ」


 と言って口を緩ませる希朝の振動が直接伝わってくる。


「お母さんやお父さんの前では律した自分を見せて。きぃちゃんの前ではしっかり者のお姉ちゃんを見せていたのに……本当は、連さんに甘えている希夜ちゃんが羨ましくて……」

「知らなかった。その、今は、今までの分も僕に甘えてくれていいから。嫌なら、目を瞑るし、何も見てない、って僕は言う」


 希朝のことを知らなかったのは認める。

 それでも希朝に謝らないのは、彼女の今までの努力を、否定してしまうわけにはいかないからだ。


 謝ることはできるが、心の雲を払うのは今後の行動を代償とするだろう。

 寄り添うように重心を預けてくる希朝は、軽いのに、重かった。


 背負うという――大切な重さだろうか。


 いつの間にか希朝の手は、頬へと昇ってきていた。

 もっちりとした希朝の頬とは違う……硬さのある頬を、ほっそりとした指が触れている。


「連さん、見ていてほしいです」

「うん。希朝さんを見てるよ。ずっと」


 顔を覗けば、希朝は口元を緩め、ピンクの瞳を煌めかせていた。

 彼女を見ないようにするのは、あの日を境にやめている。だから、連はただごく自然に、希朝を見る決意ができるのだ。


 言葉にできていなくても、伝えたい気持ちは確かにあるから。


「あの……」

「どうしたの?」

「連さんは、家族に……なりたいですか? 私と結婚してもいいと、本気で思ってくれていますか?」


 希朝はやはり心配だったのだろう。


 ずっと待たせているのは事実だが、言葉にしようとしても戸惑いを覚えてしまうのだ。

 連自身、希朝と家族になりたくない、なんて思うわけがない。そんな思いは無くても、吐き出せない言葉の塊が詰まったままだ。


 希朝の気持ちを考慮すれば、これ以上待たせるのは忍びない。

 だとしても焦った選択、言葉を決めるのは、連の気持ちが許さないのだ。


 対等でありたいと叫ぶ――過ちを繰り返さない、しっかりと家族を知りたい、そんなエゴが絡んでしまっているから。


「……僕は間違いなく、希朝さんの婿だよ。それでも……それでも、本当の気持ちと向きあうのは待ってほしい。ごめ――」

「謝らなくていいのですよ。私はいつまでも待っていますから」


 笑みを浮かべる希朝が、今はただ眩しかった。


「――いつの日か、そのゴミを捨てられるようになるまで」

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