73 水を撒いても、人目は撒くな
和室前にある縁側から庭に出ていた。
周囲はブロックに囲まれており、周りからの視線を気にする必要が無い理想郷。
連の手には柄杓。そして、地面には水を張った木製のバケツが置かれている。
「水が綺麗やんねぇ」
「きぃちゃん、見てないで撒き水をしてくださいね?」
「子どもの時以来だけど、楽しむ二人は良いものね」
「そうだな。このカメラも楽しそうだ」
日差しに照らされた庭の上で、希朝と希夜は楽しそうにしている。
水を撒くのもあってか、希朝は白いシャツにショートパンツという爽やかな服装となっている。
普段はふわりとしつつもがっちり目な印象があり、見える白い肌に太ももの光沢さは新鮮だ。
希朝を変な目で見るつもりはないが、今日という日は仕方ないだろう。
濡れても大丈夫な服装という観点で安心できるし、心臓にも優しいというものだ。
希夜は相変わらず露出の多い薄着なので、風邪を引かないか心配になる。とはいえ、住んでいた世界の話を聞いたのもあり、どこか安心感があるのだが。
こうして二人をまじまじと見ても大丈夫になるとは、ここに来た頃の連は想像もできなかっただろう。
否、家族自体を信じていなかったのだから想像できるわけがなかったのだ。
連が俯瞰して二人を見ていた時、後ろから優しく背を押された。
「連くんも混ざってきなさい」
「楽しめる時に楽しめなきゃ、生きてるうちは損になるぞ」
「……はい」
「連さん、こっちですよ」
「連にぃも混ざるやんねぇ」
小石が少なからず敷かれているのもあって、水によって泥濘になることはなさそうだ。
連は柊凪に背を押されるままに、待っていた二人のもとに駆け寄った。
待っていました、と言わんばかりに手を差し出してくる希朝には気恥ずかしが込み上げてくるものだ。
瑛人の構えたカメラからシャッターを切る音が聞こえたので、この一面は記憶に焼かれるのだろう。
それでも嬉しさが、楽しみたい気持ちが込み上げてくるのは、希朝と希夜が居るからだ。
「こうすれば、いいんだよね」
連は柄杓でバケツの水を掬った。
そして宙に半円を描くようにして、柄杓を振る。
柄杓の中から水が放物線を描きながら勢いよく飛び出し、太陽の日差しに照らされた。
地面に当たって跳ねるように弾けた水は、照らす光も相まって宝石のような美しさで魅了してくる。
どこか理想としていた、懐かしさが込み上げてくるようだ。
連自身、こうして遊ぶ経験が少ないのもあるが、外が見えている窓に手を触れてでも伸ばしたい気持ちがあったからだろうか。
「楽しい」
「連にぃ、まだまだ水撒いて遊ぶやんねぇ」
希夜がグイグイと距離を詰めてくるのもあり、連も自然と柄杓で水を掬う手が止まらなくなっていた。
掬った水は何度も宙を駆け、たまには交差して、何度も何度もビー玉のように弾けていく。
太陽に照らされているのに涼しさを感じ、楽しさから込み上げる熱が冷めることを知らないので、自然と零れ落ちていく笑みが増えていく。
見守られながらも夢中になっていた、その時だった。
「はわぁぁああ!?」
「ふふ、油断大敵ですよ」
「希朝ねぇ、ついに本性を現したやんねぇ」
背中に冷たさを感じた連が声を震わせれば、笑い声が庭にこだました。
後ろを振り向くと、希朝は笑みを浮かべてこちらに向けた柄杓を持っており、油断大敵も含めた確信犯だ。
確かに油断していたが、希朝が悪戯するとは思いもしないだろう。
希夜もやる気なのか、希朝に柄杓を向けて宣戦布告をしているようだ。
と思ったが、希夜はバケツを懸命に連の方に寄せて、微笑ましい笑顔を宿していた。
「一回は一回やんねぇ」
「そうだね」
連はせっかくなので、希夜が寄せてくれたバケツから水を掬った。
やり返してくれてもいいですよ、と言わんばかりに構えている希朝に、真正面から水をかけた。
水が弾けた瞬間、連は後悔した。
「……あっ……」
「あちゃぁ、やんねぇ」
連が後悔している横で、拭くものを持ってこよう、と柊凪と瑛人は手を止めて去った。
水をかけたのは正解だが、心臓的な意味では間違いだったのだ。
希朝に真正面から水をかけたのもあり、その白いシャツは水に濡れて肌にしっとりと張り付くように形を露わにしたのだから。
ましてや白いシャツは生地が薄かったようで、単刀直入に言えば水で透けている。
体のラインを強調するだけでは物足りないのか、希朝のふくらみある胸を包むピンクのブラを浮かせて鮮明に見せてくるのだ。
白いシャツは濡れたのもあって灰色にこそなっているが、それを加味してもピンクの色を記憶へと焼き付けてくる。
忘れることは、衝撃を考慮しても不可能に近しい。
そしてピンクのブラは上品にレースがあしらわれているのもあり、胸元の白い肌色がよく見えてしまう。
ピンクこそ透けていないだけ救いだが、意識を割きたくても割けないほどの刺激は心臓に悪いものだろう。
また滴る水はお腹付近までたどり着き、更に体型を強く主張し、希朝のおへそをご立派にも見せてくるのだ。
連は水をかけただけだが、ここまで事態が発展したことに悩むしかなかった。
悩む以前に、興奮し始めた血の流れに動揺を隠せないのだが。
ふと気づけば、希夜は希朝を見てクスクスと笑みを浮かべている。
希朝は現状を理解していないようで、希夜を共犯として認識しているようだ。
その時、希朝が近寄ってきたのもあり、連は自ずと目を横に逸らすしかなかった。
「やっておいて水を被ったのは私ですよ。連さん、笑いたいなら素直に笑ってくださいよ」
頬を膨らませながら言う希朝は、自身の首より下を見ていないのだろう。
希朝の方を見なかったせいか、小さな手は連の頬を抑え、力づくにもグイッと視線を向けさせてくる。
希夜は「やれやれやんねぇ」と言うだけで救い舟を出す気はないので、今を楽しんでいるようだ。
人が困っているのに楽しめるのは、異性としてなのか、育ちがいいからなのかは不明である。
「連さん」
圧をかけるように希朝が口にするので、白状するしかないのだろう。
変に勘違いされると、たちまち希朝との距離が複雑化するのだから。
「そ、その……希朝さんの、下着が、水で透け、て……」
「えっ、下着が透けて……? ――んんっうっ!?」
ようやっと自分の現状を理解したのか、自身の体を見てはハッとしたように顔を赤くしていた。
そして声に鳴らない声を出しているので、ここまで恥ずかしいことになっているとは思いもしなかったのだろう。
即座に胸元を両手で隠す希朝は、うるうるした瞳でこちらを見てくる。
隠した際の仕草で、黒い髪の毛先から水は弾け肌に当たった。
「うぅぅ……きぃちゃん?」
「うちは知らないやんねぇ」
希夜はとばっちりを受ける前に、そそくさと片付けるように距離を取るのでずる賢い子だろう。
希夜が移動したのもあって、その視線は近くの獲物を捉えている。
「連さん、見ましたか?」
「……見てない、って言ったら嘘になるかな……」
「知っているとは思うのですが、色まで、ですか?」
知っている、の意味を理解している連が静かに頷けば、希朝は瞬く間にさらに顔を赤くしていた。
柊凪と瑛人が戻ってくる頃には、希朝が赤くなったまま言葉を失っていたのは言うまでもないだろう。




