72 思い出の香りに誘われて
朝ご飯を作り終え、ダイニングテーブルを五人で囲っていた。
夜ご飯の時も囲ったが、連と希朝に希夜、そして瑛人と柊凪の五人で食べる朝ご飯も新鮮なものだ。
新鮮ではあるが、対面に座る瑛人と柊凪から、微笑ましいような視線を飛ばされていた。
(……これ、絶対にバレてるよね)
聞かれていないので答えていないだけだが、希朝と一緒に眠ったことは二人に見抜かれているのだろう。
希夜は知っているからなのか、気にした様子を見せずにご飯をおいしそうに食べている。
とはいえ、希夜もある意味では当事者なので黙秘しているだけありがたいものだろう。
「希朝、また腕を上げたのね。おいしい」
「……連さんと一緒に作ったから、当然だから」
「おやおや、朝から焼けに固いようだな」
瑛人がこちらを見てくるので、やはり見抜いているのだろう。
希朝は変わらない様子で食べてこそいるが、少し顔が赤いので隠しきれていない。
ふと希朝と顔があったのもあって、お互いに変に意識をしてしまうからか、箸を動かす手が止まってしまう。
前では柊凪と瑛人が嬉しそうに笑みを浮かべるので、ちょっとした気恥ずかしさが込み上げてきそうだ。
そんな四人をよそに、希夜がコップに麦茶を注いで色を染めた時、氷の音が崩れて鳴った。
「わあ、懐かしいやんねぇ」
「これはまだ希夜ちゃんが家に来てすぐの写真ね」
「この頃の希朝さんも、可愛い……」
「も、なんて本人が居る前で言っちゃってぇ。ねぇ、希朝」
朝ご飯を食べ終えてから、柊凪を含めた四人でリビングの差布団に座り、古びたアルバムを開いていた。
アルバムには様々な写真……主に希朝と希夜が一緒だったり、希朝が自然と触れ合っていたり、希夜の走る姿があったり、と姉妹の成長が収められている。
今見ているページは、まだ姉妹としてはぎこちない面がありつつも、希朝がしっかりとお姉ちゃんをしているシーンが多く収められているようだ。
少し離れて見ているのもあり、細かな風景はぼやけてしまっているが。
「お母さん、勝手に……」
「どうしたの、希朝がまだ小さかった頃の写真よ?」
「それが問題なの!」
「懐かしいからいいやんねぇ」
「……きぃちゃん」
どうやら希朝は、柊凪が勝手にアルバムを開いて見せていることに不満を覚えているようだ。
それでもめくる手を止めないので、希朝の扱いを分かっているのだろう。
希夜はただ懐かしがっているように見えるが……希夜もこの家に来た者として、何か思うことがあるのだろうか。時間と共に刻んできた、軌跡があるように。
とはいえ連自身、家族の写真に陰りを覚えている。
(……あの家に、こうやって記憶は保管されているのかな……)
保管されていたとしても家系図のように、伝統に沿ったことをした際の更新記録だけだろう。
元居た家での家族は、形だけにすぎないのだから。
ふと気づけば、柊凪がこちらを見てきていた。
「連くん、こっちに寄りなさい。そこからじゃよく見えないでしょう?」
「えっと、その……」
「遠慮しなくていいの」
柊凪はまったりとした声色であるのに、どこか芯を感じる言葉遣いなのもあって、体は空けていた距離を自然と縮めていた。
連を迎え入れるように、希朝と希夜は隣を囲ってくる。
野暮だと理解していても、血の繋がっていない自分を家族のように、家族として迎え入れてくれる今が好きだ。
親の愛情を知らない獣だと自負する一面はあるが、こうしてたどり着いた温かな答えが好きだと。
――胸を張れる気がした。
近寄ったテーブルの上には、先ほどまでは軽くぼやける程度だった写真が鮮明に視界へと入り込んでくる。
写真をしっかりと見ると同時に、ある疑問もうっすらと脳裏をよぎった。
「ねえねえ、連くんの目にはどの写真が綺麗に見える?」
「お、お母さん……連さんに変なこと聞かないで……」
「希朝ねぇ、恥ずかしいって思うやんねぇ」
「きぃちゃん?」
希夜は思い当たる節があるようで、希朝の圧ある声色に苦笑して誤魔化している。
恥ずかしい、が何を意味するのかは朝のことを思えば答えになるのだろう。
柊凪の言葉に対する答えを探すために写真を見ようとすれば、希朝が恥ずかしそうにもじもじするので気まずいものだ。
気まずさはあるが、視線を向ければ希朝は笑顔を浮かべている。
懐かしむ気持ちと、他人に見られることへの羞恥心、その二つが混ざり合っているのだろうか。
(記録、か)
連としては、気になっている人の意外な一面や、過去の断片は少なからず気になるのでアルバムは興味深いものなのだが。
希夜がページを進ませた瞬間、ある光景が目に飛び込んできた。
「あの、これは?」
気になった個所を指させば、柊凪が微笑みながら口にした。
「あら、懐かしいわ」
進んだページの左上に、希朝と希夜が庭で水を撒いて遊んでいる光景が収められていたのだ。
濡れてもいい服装をしているのは、ある意味安心してしまう。
「縁側付近の庭で、人目に触れずに遊ばせていたの」
「人目に触れず?」
「そうね。この頃はまだ希夜ちゃんが来て間もなかったし、暑さしのぎもあったかしらね」
「なんでお母さんが疑問そうなの?」
「思い出は振り返るだけじゃなくて、懐かしんで思い返すためにあるものよ?」
「……思い返す」
懐かしむ思い出は無いに等しい。
無いに等しいが、星宮家に来てからの日記は全て楽しくて、懐かしい思い出として蘇ってくるほどだ
その時、希朝が服の袖を引っ張ってきた。
伸びた手をたどれば、ピンクの瞳に連の姿が反射して輝いて見える。
「連さん、水撒きをやってみたいですか?」
「うん。やってみたい」
「その我儘、叶えましょうか。私も久しぶりに、庭で遊びたいですから」
「うちもやるやんねぇ!」
我儘と言われたのもあり、気恥ずかしさがあった。それでも嫌だと思わないのは、こうして気遣ってくれる、本音を口にできる空間があるからだろう。
早速準備するやんねぇ、と希夜が立ち上がった時だった。
「思い出してカメラを見つけたんだけど、丁度よかったみたいだな」
「どうせなら、そうね」
瑛人の姿が写真になかった違和感は、主に瑛人が写真を撮っていたからだったのだろう。
手入れされていたのか、未だに現役とも言えそうなカメラを携えてきた瑛人は、自然と寄り添う三人に――連と希朝と希夜に、レンズを向けていた。




