71 朝焼けの天使と小悪魔
まだ日が差し込まない時間の中、まどろむ意識に目を開いた。
カーテンを閉めているが、隙間から差し込む色合いで朝焼けだと理解できる。
光を掴むように、ぼんやりとしていた視界が輪郭を取り戻していった時、ある光景を焼き付けさせてきた。
思わず目を見開かせるほどに。
隣には腕を回してぎゅっと寄せていた……一緒に眠りについた希朝が、心地よさそうにしている。
零距離ともいえるほどに、希朝と密着して眠ったのもあり、温かな体温が今でも血を通して体を駆け巡っているようだ。
安らかな希朝の寝顔に微笑ましさを覚えていた、その時だった。
「仲良さそうやんねぇ」
「……え、希夜ちゃん……」
おっとりとした声が聞こえた方を見ると、希夜が覗くように見てきていた。
ランニングウェアなので、朝の走りに今から行く予定なのだろう。
いつから居たの、と聞けば、シーッと人差し指を口元に添え、希朝を起こさないようにと暗示しているようだ。
気遣う気持ちがあるのなら、朝から人の部屋に忍び込むものではないだろう。
また忍び込む以前に、なぜ希夜が部屋にいるのかが疑問になる。
連としては、希夜が勝手に部屋に入ってくる分には構わないのだが、こうも朝から忍び込むようにいると疑問になるというものだ。
「うちの日課、やんねぇ」
と希夜は言って、心地よさそうに眠っている希朝に手を伸ばした。
希朝を起こさせないように止めようとしても、止めるための手は動かないでいる。動かないというよりも、むやみに手を動かして希朝を起こす方が気まずいからだ。
希朝の寝顔を覗き込みながら、小さな手はもっちりとした頬にたどり着いていた。
そしてソフトタッチで起こさないように、ゆっくりとぷにぷにしている。
緩やかに揺れる希朝の頬は、見ているこちらの方が熱くなりそうだ。
昨日の夜の意識が未だに続いているのも原因だが、連想してしまうのは良くないものだろう。
更には希夜が居るとはいえ、希朝と密着気味なのもあって意識を割くことがほぼ不可能なのだ。
ある意味で板挟みの状況に、連は思わず息を呑み込んでいた。
希夜の日課という名の悪戯に連はただ、頬を赤くするしかなかった。
目の前でふにふにと頬を触られている、希朝の顔を見ながら。
希夜は少し触って満足したのか、連の方を見てきている。
「連にぃ、黙っててくれてありがとうやんねぇ。じゃっ、うちは走ってくるやんねぇ」
「う、うん。ほの暗いし、気をつけてね」
「分かったやんねぇ」
希夜はそう言って、足音を立てずに部屋を後にした。
希夜が部屋を後にしてからというものの、抜けない熱は体中を駆け巡るようだった。
もう一度眠ろうにも眠れずにいる。
天井を見て暫くの時が過ぎれば、横から喉を鳴らす甘い声が聞こえてきた。
「うぅぅんん……」
「……希朝さん、起きた?」
「ふぇえへぇ、連しゃぁん……」
希朝は寝起きなのもあってか、少し寝ぼけているようだ。
寝ぼけていると思われるが、天使とも思えるほどのとろける笑みを浮かべ、潤いのある瞳で見てくるものだから、連は自然と息を呑み込むしかなかった。
凛としている希朝も魅力的といえ、こうして無防備……寝起きが無邪気さの塊ともなれば、心が揺らがない理由はないだろう。
そんな希朝の可愛さに、ついつい手を伸ばそうとした時だった。
「……れ、へっ!? 連さん!?」
「え、あ、うん。おはよう、希朝さん」
「お、おはよう、ございます……わ、私、連さんと一緒に眠ったのでしたね……」
無断で触れるという名の罪が増える前に、希朝は少し驚いたように目を見開いた。
朝焼けのほのかな明かりがカーテンの布越しに差し込んでいる中、ピンクの瞳は透き通るような潤いに満ちていた。
薄暗い中でも、ただ一つの宝石は鮮明に輝いて。
お互いに同じ掛布団の中で横になっていたのもあって、意識をすると戸惑いは込み上げてくる。
込み上げてくるのに、気持ちの器は幸せで満たされているようだ。
ふと気づけば、希朝が胸元に手を当ててきていた。
温もりのある、自分よりもほっそりとした小さな手を。
「久しぶりに、よく眠れました」
「よかった。僕も、希朝さんと同じ気持ちかも」
「かも、って……。そ、そういえば、希夜ちゃんが訪ねてきたりしましたか?」
「来たけど、どうかしたの?」
眠っていた希朝の頬に触れていたとは言いにくいので、来たとだけは明言しておく。
希朝は心当たりがあるのか、妹の変な日課じゃなきゃ、とどうやら頬以外の事を心配しているようだ。
むしろ眠っている希朝にどんな悪戯を希夜はしているのだろうか。
心配している希朝には悪いが、少しだけ気を逸らす言葉を口にした。
「希朝さん、約束通り……もう少ししたら、一緒に朝ご飯を作ろうか。瑛人さんと柊凪さんの分もね」
「そうでしたね。でも、もう少しだけ、連さんを感じていたいです」
「……ぼ、僕は、希朝さんの熱を独り占めしたいかな」
「ふふ、私の熱が冷めることはないですから。たんまりどうぞ」
ぎゅっと体を当ててくるのもあり、朝から心臓に悪いものだ。
その後、着替える話をした際、女の子の着替えを見てみたかったりするのですか、と希朝に聞かれて顔が熱くなったのはまた別のお話。




