70 暗闇、寂しさを埋める温かさ
椅子の背もたれにかけられた、薄い生地のカーディガン。
人工的な明かりが照らす下、希朝はベッドに腰を掛けて待っている。
待っているのは他でもない、一緒に寝ることになった連を待っているのだ。
連自身、希朝が心の準備が出来ていたとしても、自分が出来ていないのでどうしようもないものだろう。
それでも今、希朝と一緒にいるのは、眠る願いを重ねているからだ。
「……連さんも、隣に」
「希朝さん」
彼女の名前を呼んだ。
確かにうっすらと、とろけるような笑顔が浮かんでいた。
希朝は眠いのか、少しうとうと気味だ。
それでも先に眠りに落ちないのは、少なくとも連を警戒している……と受け取っていいだろう。
先ほどまで希朝をまじまじと見なかったのもあってか、連の心拍数は張り裂けそうな程に早まっている。
手を出す気はないとはいえ、視線は見てしまうのだ。
希朝のネグリジェはその体形を強調しており、双丘のふくらみある部位に、整った腹部や肩を刺激とすら思えてしまうのだ。
ふくらみは仕方ないにしろ、人間の欲深さを久しぶりに実感してしまう。
隣に、なんて言葉を口にされた直後なのもあって、より希朝を視界に入れてしまっているのも原因だろう。
連は自分のベッドなのにも関わらず、希朝のペースに誘われるまま、隣に腰を掛けた。
「一緒に寝ようか」
「は、はい」
少し戸惑った声色なのに、受け入れる安心感がある。
希朝の度胸と覚悟は紙一重なのか、こちらが焦ってしまいそうだ。
先に横になって空白を作れば、希朝はぎこちない動きでこそあったが、温かさを求めるように空白を埋めてくれた。
一人だと埋まるはずがない、その空白を。
掛布団をかけてから、連は近くにあったリモコンを手に取った。
縮まった、顔と瞳の距離から気持ちを逸らすように、
「電気、消すね」
希朝が頷いたのを確認してから、電気を消した。
希朝はピクリと震えこそしたが、胸元に触れる手のひらは確かな温かさを伝えてくる。
また体の距離が近いのもあってか、布越しに希朝の柔らかさを実感してしまう。
筋肉質な男の体とは違う、女の子らしい柔らかでもっちりとした温かさを。
電気を消したことで、より感覚が研ぎ澄まされているのだろう。
その感覚は本来目に宿る筈はないのに、目を見開きそうになってしまう。
同じ枕に頭を預け、向き合うピンクの瞳が暗闇の中でも宝石のように輝いて見えたからだろうか。
暗闇でもわかるほどに、うっすらと赤みを帯びた白い頬に触れたいと手が動きそうになってしまう。欲のままに手を動かしてもいいが、布団の中から顔に触れようとした際を考えると恐ろしいので戸惑ってしまう。
そんな連の思惑を知らずとしてか、希朝は動きを見せた。
お互いの間に空いた少しの距離、視線を下にずらして。
「の、希朝さん!?」
「その、連さんはやはり、すぐにでも子どもを作りたいですか?」
突拍子もない質問に目が覚めそうだった。
連自身、家族を望むことはあったが、未来の家族を本気で臨むまでは歩めていない。それは、希朝に対して言葉を口にできていないから。
欲を抑えなければきっと、今すぐにでも希朝を抱きしめていただろう。
勿論、性的な意味はない。
(……故意的、だよ、ね?)
質問を返答する以前に、視線誘導された今がある。
間の距離には、確かなふくらみがあり、希朝はわざとらしく胸元に手を添えていたのだから。
まるで誘っているようにすら思える仕草で、血は興奮冷めやらぬ鼓動を刻んでいる。
希朝は気づいていないのか、下半身が地味に密着しているのもあり、神経を変に割かないようにしていた連の心を射止めようとしているも同然だろう
「そういうのは、大人になってからじゃないと」
「ふふ、冗談ですよ。でも、否定をしないのは連さんらしいですね」
「そ、それはどういう意味で……?」
「連さん、お母さんに言われてから、ずっと見ていますよね」
「その、否定はできない」
希朝はやはりというか、見られている自覚はあったらしい。
見ていた方にも原因はあるが、距離の詰め方が大胆なのは心臓に悪いだろう。
ふと気づけば、ほっそりとした手が頬を撫でてきていた。
「そんな連さんも、可愛いですよ」
「……僕に、可愛さを求めないでほしいかな」
「連さんの可愛さも、格好いいところも、私は知っていますから」
クスクスと笑う希朝は、無邪気なものだろう。
「も、もうそろそろ寝ようか」
「そうですね。連さん、明日は二人で朝ご飯を作りましょう」
「うん。作ろうか」
この時、なぜか希朝が頬を赤くしていたが、暗闇の見間違えだと連は思うことにした。
希朝が視線を逸らしていたのもあり、目を閉じようとした時だった。
希朝は少しの距離を縮めて、ぎゅっと体を寄せてきたのだ。
真正面から全て当たるそれは、心臓の鼓動を早めるには十二分すぎた。
「希朝さん?」
「今日は連さんの温もりが欲しいです」
「僕は、希朝さんに手を出すかもしれないよ」
「出す度胸もないくせに。でも、私は連さんを受け入れますし……待っていますよ」
「……降参、僕の負けだよ。眠くなってきたし、今度こそ寝ようか」
「そうですね。連さん」
希朝は最後に、名前を呼んできた。
苗字で呼ぶことがない、希朝だから分かる温かな名前で。
「連さんも、抱きしめてください」
「気にしない?」
「気にしていたら、言っていませんよ」
寄せるようにして、腕を希朝の体の上から回した。
密着して分かち合う体温を感じながら、連は瞼を下げるのだった。




