67 星宮両親との再会と、交わる家族の形
「希朝さん、落ちつかないね」
「仕方ないやんねぇ」
ゴールデンウィーク初日のリビング。
朝から希朝はそわそわしており、落ちつかない様子でずっとその場を行ったり来たりしている。
希朝が落ちつかないのは、希朝の両親が来るから、と理解してはいるがこちらまで緊張してしまいそうだ。
隣に立って希朝を見ている希夜はと言えば、相変わらずのマイペースだが、のほほんとした笑みは若干希朝のペースに呑み込まれているのだろう。
初夏とは言え、希夜はいつも通りの薄着をしているのに、ワクワクした熱さを内側に宿しているように見えるのだから。
ふと気づけば、希朝は連を見てから近づいてきた。
揺れる黒い長髪がなびき、近づいた優しい香りすらも忘れさせてくるようだ。
「希朝さん、ありがとう」
連の服装はいつも通り無難なものになっている。それでも、襟袖の些細な折れ具合や、服についていた小さなシワを、希朝はしっかりと綺麗に直してきた。
まるで正装、と勘違いしそうになるほど、今日の希朝は神経を研ぎ澄ましているようだ。
「初めてではないと言っても、今の歳になって久しぶりに会うのですから……最低限のマナーは大事です」
「……緊張してる?」
していません、と言いながら希夜の服も直す希朝は、気持ちを隠しているのだろう。
子どもらしい自分を隠すように、それでいて両親に久しぶりに会えるという楽しみで連を苦しめないように……ある意味で希朝らしい姿。
お節介を焼いてくるけれど、本当は自分を見てもらいたい。希朝を知ったからこそ、理解できる形なのかもしれない。
希夜は服を直してもらったからなのか、希朝を見てピンクの瞳をまったりとさせていた。
姉妹の微笑ましい光景を見ていた時、チャイムが鳴った。
チャイムが鳴ったと同時に忙しくもリビングを後にする希朝の後ろ姿。それを連は希夜と顔を見合わせてから、静かに見送った。
しばらくして、玄関の方から聞こえていた声と共に、リビングに希朝ともう二つの声の主が姿を見せた。
(……この人が、希朝さんのお母様)
「希夜ちゃん。久しぶりね、元気だった? 寂しくなかった? 見ないうちに成長したのね」
「ひぃはは、そ、そんなところ揉んじゃ駄目やんねぇ」
「何々? それそれぇ」
リビングに希夜が居るのを確認するなり、そそくさと近づいて希夜の胸に何気に触れているのは、希朝の母親で間違いないだろう。
雰囲気的におっとりとしているのに、希夜に対しては希朝に近しい甘さを感じさせてくる。
「連さん、お母さんが自己紹介してくれなさそうなので私の方から。きぃちゃんを襲っ……撫でているのは私のお母さん、星宮柊凪です」
「……星宮柊凪」
淑女のような落ちついた服装をしている彼女は希朝の母親――星宮柊凪らしい。
整った顔立ちに、お腹付近まで伸びた黒い髪からなる特徴的な前に下げた三つ編み。
パッと見ただけだと、二十代前半よりも美しいと言えるほどに肌の手入れが行き届いており、隠れているのであろう絶えぬ苦労が目に見えない。
そして――横目に映る、ブラウン色のまんまるとした瞳。
ピンクの瞳でないのもあり、少々疑問を覚えそうになった時だった。
(……あれ? 今、前髪を避けて差した光で瞳がピンク色に?)
「連さん、気づきました?」
「間違いないの?」
「ええ。私のお母さんは、所謂オッドアイ。光の当たり方でブラウンに見えていますが、実際は私よりもまったりとしたピンクの瞳ですよ」
「でも、僕は希朝さんの瞳の方が好きだけど」
「な、お母さんとお父さんの前ですよ!?」
柊凪は希夜を撫でまわすのに精神を割いていたようだが「仲良さそうで何よりだ」とリビングに遅れて入ってきた、しなやかで芯のある声の持ち主に目を奪われた。
「連くん……いや、連に会うのは凄く久しぶりだ。私は星宮瑛人、希朝の父。とは言っても、柊凪さんみたいに距離感が近いわけじゃなくて、放任主義だけど」
「お父さん、連さんにその言い方」
「希朝、気分を悪くしなくてもいいじゃないか」
ふと気づけば、瑛人は連の目の前に立っていた。
見ただけでわかる、直前まで気づかぬほど繊細な動作に、洗練された仕草を持っている。
整ったガタイに似合った、ブイネックの白いティーシャツの上から羽織った前開きのトレーナーに、特徴のない黒いズボン。
サイドでしっかりと分けられた黒い髪。
前髪に入った白のインナーカラーが余計に印象を焼き付けさせ、白と黒で中立の立場を意味しているようだ。
立ち振る舞いこそ年齢を思わせないものだが、希朝の中にある、しなやかな振る舞いは瑛人あってのものだったのだろう。
(……放任主義)
放任主義を悪くとるか、良く受け取るかは人次第だろう。
連はどちらかと言えば、悪い方に受け取ることしかできない。
本当の父親が、ずっと見て見ぬふりをして、必要最低限の干渉しかしてこないタイプだったから。
そんな連の心配を察したのか、連の背丈の高さまで腰を下げ、瑛人がじっと瞳を見てくる。
黒い瞳なのに、どこか温かさを感じる、不思議な瞳だ。
「連を悪くする気や、無理強いをする気はない。ただ、家族が増えて私は嬉しいだけだ」
「……瑛人、さん」
瑛人は連の過去を知っている上で、言葉を投げかけてきたのだろう。
連が誰よりも、蔑ろにされる家族を好かないと知った上で。
終わりのこない家族に希望を求めるのをやめたが、この家族……星宮家には、自分の居場所があってもいいと連は感じていたいのだ。
「お父さん、連さんをなんだと」
「希朝は相変わらずだな。関係は肉体まで進んだのか?」
「家族でもそれはセクハラ! ……そんな関係、築けな……」
希朝は連を見て、顔を赤くしていた。
希朝が急な妄想をするのは今に始まったことではないが、瑛人の言葉はある意味で希朝キラーすぎではないだろうか。
「柊凪さん、希夜と戯れるのはいい。けど、連に自己紹介くらいしたらどうだ?」
瑛人がそう言うと、柊凪は両腕で希夜を捕まえながら連の方を振り向いた。
希夜は背後にある押しつぶされそうなものから逃げたそうだが、柊凪の力を振りほどくことはできないようだ、
「連くん。希朝の母、星宮柊凪です」
「……いきなり、連さんを君呼び……」
「あら、希朝、羨ましいの?」
「う、羨ましくないから!」
(……切り替えが凄まじいのは、希朝さんの両親共通なのかな?)
希朝は柊凪や瑛人の前だと、凛とした雰囲気を持つのは不可能なようだ。
どちらかと言えば、連自身が初対面みたいなもので……顔には出さないが緊張しているのもあり、そう見えているだけなのかもしれない。
「ふふ。連くん、私はね、連くんが希朝のお婿さんになってくれて嬉しいし……何よりも、家族が増えて嬉しいの」
柊凪の向けてくるまったりとした笑みは、どこか希朝らしさを感じて、マイペースな希夜を混ぜたような不思議な感じだ。
「話はほどほどにして、お母さんとお父さんの荷物を運びますよ」
「おっ、希朝、連の前だと優しいな」
「いつもと同じだから!」
「う、うちも手伝う!」
「だーめ。希夜ちゃんは私と一緒よ」
「代わりに僕が手伝うよ」
連にぃが見捨てたぁ、と柊凪に捕まりながら嘆く希夜を後ろに、二人の持ってきた荷物を運ぶために連は手伝うのだった。




