60 近づく距離は不穏な空気?
俯瞰した日々、希夜の頑張る一面を見た日が過ぎ、連の腕は完治していた。
普段通りの終わりない生活が送れるのなら、確かな幸せと唄ってもいいのだろう。
そんな平凡に願いを込めて、学校の教室で連は優矢と話していた。
「にしてもさ、やっぱりあの件以降」
「あの件?」
「ほら、お前の腕が負傷した原因だよ」
ああ、と少し半笑い気味に返せば、優矢も苦笑した表情を隠せないようだ。
優矢は世間知らずのチャレンジャーだが、相手のことになれば慎重にはなってくれる。だからこそ、気兼ねなく警戒を解いてしまう所以でもあるのだ。
とはいえ「あの件以降」と優矢が含みを込めて言ったのもあり、首をかしげるしかないのだが。
「連にもわかりやすく言えばさ、裏方業者がいるってことだよ」
「つまり、関係を探ろうとしている人が?」
優矢は唯一、連と希朝の関係を知っているのもあって学校で深入りをしてこない。
だが周囲の知らない人たちからすれば、希朝が連を気にする素振りをしていたり、連が希朝を庇ったりしているのだから、変な噂の一つや二つ蔓延るものだろう。
あらぬ方向に噂が流れなければいいが、正月の件や揉み消された事件を踏まえても、以前行った噂返しは逆効果になりかねない。
「まあ、連からすれば一人だろうけど、括りは星の子と、だな」
「……僕はたまたま、星の子と呼ばれる星宮さんたちと縁があっただけだけどね」
「縁、な」
「何か?」
「何でもないぜ」
優矢は凍り付いたように背筋を伸ばしたが、連はただ、笑みを向けただけにすぎない。
星の子の噂が一人歩きしているにしても、話題がピンポイントなのは困りものだろう。
どこからともなく取り出したメロンパンをかじる優矢を見て苦笑している、その時だった。
「天夜さん」
突然名字を呼ばれたのもあり、連は反射的に声のした方を見た。
そこにはクラスメイトの女子が一人立っていた。
どこか気が強そうで、それでいて気が滅入るような圧のある声色を持った彼女とは、絡む要素はなかったはずだ。
連が困惑していると、次に口を開いたのは優矢だった。
「おっ、茶髪のポニーテールで、星宮さんより背が低い、乏しい、あんたは」
「……世間知らずか」
「クラスメイトの紡木結。星宮さんの話し相手でよく見るやつだな」
「優矢、よく見てるね」
「クラスメイトは全員覚えてるからな」
優矢のことを世間知らず、と認識しているあたり、紡木結と呼ばれた彼女は少なからず優矢のことを理解しているのだろう。
連自身、優矢に言われるまで知らなかったが、結が希朝の話し相手の一人であるのは意外だった。
結の声色は明るさに芯があり、まるで度胸と書いて女と読むタイプの感覚であり、出会いだけなら苦手なタイプと言える。
ふと気づけば、結のポニーテールが横に揺れていた。
そして近づく距離に、座っていてもどこか落ちつかなさを感じてしまう。
「天夜さん、あの時、どうして希朝を守ったの? 希朝と近しいのはなんで?」
明らかに、結は希朝を一番に置いていると断言できる。
連自身、希朝との関係を口外していないのもあり、結に答えるべきか悩ましいものだ。
誤魔化すのは簡単だが、結が希朝の関係を知っている可能性もあるので、朝の日課になっている希朝と希夜と一緒に登校している話を持ち出されれば逃げ道は無いに等しいだろう。
教室に希朝が居てくれれば話は変わった。だが今、希朝は席を外しているようで見当たらない。
連が困惑していると、優矢が割り込むように腕を横に伸ばした。
「おいおい、親友の連にこれ以上の問答はやめてくれないか?」
「高橋さんに用はないの。わたしは天夜さんに用があるの」
「あくまで俺が部外者か。度胸だけなら、男よりも心構え出来すぎだろ」
優矢が仲裁に入ろうとしてくれたが一蹴りされているのを見るに、結の観察力は鋭いのかもしれない。
優矢の相手は場合に応じてするだけ無駄なので、無視をするのが一番の時もある。
優矢の茶化しにすら同時無いのもあり、吐く息は重たさを感じさせるようだ。
周囲の視線が集まっている中、小さな鐘が鳴った。
「これは何の騒ぎですか? ……どうやら、中心には連さんたちがいるみたいですが?」
希朝が教室に戻ってきたようで、周囲の視線が分かりやすく散っていた。
「……話はまた今度」
結は希朝を見るなり、希朝に近づいて行った。
希朝は結が何をしたのか理解できていないようで、こちらを見ては首を傾げ、尋ねるように結を見ている。
圧迫された息を吐けば、ポン、と肩に手を置かれた。
「大変だな、お前は」
「これで終わればいいんだけど」
「あの様子、無理だろうな。まあ、頑張れよ」
「ありがとう、なのかな?」
連は優矢と顔を見合わせ、呑気に会話をしている希朝と結の方を見ては苦笑するのだった。




