59 よく眠れましたか
ぼんやりとした視界に、うっすらと光が差し込んでくる。
寝起きなのもあってか、体は普段よりも重力を実感しているようだ。
油断していれば、すぅ、すぅ、と小鈴のような息が耳を撫でてくる。
(……もう、あさ? ……えっ!?)
連は驚きのあまり声が出なかった。
すやすやと寝息を立てて、連の胸元に頭を預けて眠っている白髪の少女の姿があったのだから。
カーテンの隙間から差し込む光が、記憶を蘇らせてくるようだ。
(……確か、昨日寝る前に)
思い出したのは、お風呂を終え、希夜にホットミルクを用意した後の話だ。
あの後、希夜は慣れないことで疲れていたのか、連の部屋でうたた寝しながら眠ってしまった。
そのため希朝が一緒に眠る、という約束で……希朝と希夜にベッドを譲り、連は男だから床に布団を敷いて寝たのだ。
寝たのだが、なぜ希夜が自分の上で眠っているのか想像がつかない。
希夜の寝相は不明でも、単純にベッドから落ちてきたのではないだろうか。
心配して、連がベッドの方を見た時だった。
目が合ったのは、上から覗き込むようにして見てきている希朝だ。
「……希朝さ――」
「しーっ、ですよ」
希朝が声を抑え、口元に指を立てているので、連は希夜のことを考えて息を止めた。
希朝は上から覗き込みながらも、希夜の頭を手の平で優しく撫でている。
連からすれば、視線的に辛いものがあった。
意識しているのもあるが、現在の希朝がネグリジェ姿なのもあり、うつ伏せで頭をあげられていたら男の心情的には視線に困るというものだ。
「何度も言うようですが、本来は私の役目でしたからね」
「希夜ちゃんは頑張り屋さんだね」
「まったく、大変な妹をもったものですよ」
そう言い切る希朝は不安そうなのに、裏返した幸せのような笑みを浮かべていた。
微笑みが光のようで、小さな奇跡を見ているようだ。
実際、希夜は本当に頑張り屋さんだろう。
希夜の努力は隠れがちだが、家族でありたい願いからくるものだと連は知っている。
連には家族がいた、最低でも両親と会える可能性はあった。だが希夜は、本当の両親に会えないのだ。
だから無邪気な幼さ故に、傍にいることで背中に隠しているのかもしれない。
連が何度も経験した、見てもらえない寂しさや、一人という悲しさを。
ふと気づけば、希朝は希夜の頭を撫でる手を止めて、こちらを見てきていた。
「連さん、よく眠れましたか? その……希夜ちゃんが上ですやすやしていて言うことじゃないですが……」
羨ましそうな声色混じりだが、触れない方がいいのだと連の感覚は悟っていた。
「うん。起きるまで気づかなかったから、よく眠れたよ」
「ならよかったです」
希朝は布団を軽くどかして、ベッドのふちに腰を掛けた。
気品を感じさせる振る舞いなのに、彼女がどこか偽っているように感じてしまう。
連は思い込みすぎだと、ネグリジェの裾が揺れる希朝を見て思うことにした。
「嬉しさも、悲しみも、苦労さえも分かち合えるのは、家族だからだと私は思います」
「希朝さん?」
「ご、ごめんなさい。いきなり言われても困りますよね」
「……いや、希朝さんの想う家族像を聞けて、僕に足りないものが分かった気がするよ」
連が軽く微笑んだ時だった。
「うぅ……ぅん」
白い髪は静かに揺れ、潤いに満ちたピンクの宝石は光を灯した。
微笑んだ際に体を振動させたのが原因か、上で眠っていた希夜は目を覚ましたようだ。
希夜は手で目元をこすり、眠気眼の様子で連の方を見ている。
視界がぼんやりとしているようで、寝起きの希夜は口元をふやけさせて幼さを露わにしていた。
しかしそれは、焦点のあった瞬間、すぐさま仕草へと変わったのだが。
「はうぅ。連にぃに食べられちゃう」
「食べないよ!?」
「こらっ、きぃちゃん」
希夜の反応に言葉を返したのは、希朝だ。
さすが姉というべきか、希朝は希夜の頭に手刀に似せた手を柔く置いていた。
連からすれば、希夜が体を隠す仕草をした方が精神的にくるものはあったが。
希夜は希朝の手に微笑んでいたが、連を見てはっとしていた。
「連にぃ、うちが上で寝ちゃったけど……腕は大丈夫やんねぇ?」
「腕」
連は言われるままに、右手を動かした。
右手や腕に痛みはなく、すでに怪我をする前と同じくらいに動かせるようだ。
「希夜ちゃんが頑張ってくれたおかげで、もう治ったみたいだよ」
ほっとしたように笑顔になる希夜は、自分の自重で痛みに変わっていないか心配だったのだろうか。
連からすれば、希夜は重みを感じないほどに軽い方なので……むしろちゃんと食べているのか、と心配になる。
とはいえ希朝も似たり寄ったりなので、姉妹揃って似た体質なのだろう。
「治ったからと言って、無理はしちゃ駄目ですよ」
「希朝ねぇ、お母さんみたいやんねぇ」
「気を付けるよ」
連は希朝の発言に素直に従うことにした。
希夜が起きてくれたのもあり、連は身支度をしようとした。
しようとしたのだが、行動へと移す前に気付くべきだったのだろう。
希朝が顔を隠すと同時、小さな蹴りが顔面に飛んできていたことに。
「きぃやあぁあああやんねぇええ!!」
「ごべばぁあい!?」
「はあ、希夜ちゃんは殿方に見られるのも、見るのも耐性がないのに。私も……希夜ちゃんほどではないですが、ないですけど……」
姉妹から呆れた視線を向けられている中、連は天井に星を見た気がした。




