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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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58 小さなお手伝いさんは頑張りたい

 右手を怪我した次の日は休日だった。

 怪我の回復に専念できると思っていたのだが、目の前の光景を見て連は動揺を隠せないでいた。

 光景というよりも、普段とは違う姿でいる彼女を見てなのが正しい。


「えっと、お手伝いさんみたいで似合ってるね」

「お手伝いさんみたい、じゃなくて正真正銘お手伝いやんね」


 希夜は世間で言うならメイド服を着ており、全身を見せるように目の前で回ってみせた。


 似合っていて可愛いのは事実だが、どうして希夜がその姿をしている、というのが疑問となる。

 希夜が胸を張って『お手伝い』と言っても、首をかしげるしかないだろう。


「物事には順序というものがありますよ。……希夜ちゃん、連さんが困っていますよ」


 その時、壁際で聞いていた希朝がため息を一つこぼした。

 希朝の様子を見るに、希夜がどうしてこの姿をしているのか理解しているのだろう。


 実際、希朝と希夜はよく二人で……主に希夜が寄り付いているのもあり、知らない理由の方が難しいのかもしれない。


 ふと気づけば、希朝は軽い足取りで近づいてきた。


「本来は私がするはずだったのですが……希夜ちゃんが連さんのお手伝いをしたいと申し出たので、致し方なくその服を用意したのですよ」

「星宮家伝統のお手伝いさんの服みたいやんねぇ」


 希夜はやる気なのか、すごく嬉しそうに笑みを浮かべている。

 そんな希夜の姿を見て、希朝は何とも言えない表情をしているが。


「……もしかして、僕の怪我が原因?」


 連は包帯の巻かれている右手を持ち上げた。


 希朝は少し困った様子を見せつつも、首を横に振っていた。


「連さん、自身を否定から入るのは駄目です。大事にしないといけないですから」

「ご、ごめん」

「あ、謝る必要はないですからね」


 希朝は慌てたように手を横に振り、そっと息を吐いていた。

 希朝が動揺した様子を見せる時、ピンクの瞳がゆるりと軽く揺れるのもあり、意識を間違えると瞳の中に広がる夢の世界に案内されてしまいそうだ。


 希夜の前なのもあり、余計な詮索はしない方がいいだろう。それに、早く自分のことを聞いて欲しい、と言わんばかりに希夜がうずうずしているのだから。


「先ほども言いましたが……本来は私が庇われた訳ですし、私が連さんのお世話をするはずでした」

「するはず?」

「ええ。でも希夜ちゃんの方がやる気に満ちていたので、譲っただけですよ」


 希朝はどうしても、右手を怪我したことについて触れてほしくないのだろう。

 遠回しに自分たちが、という言い方をしているが、実際は連を中心に考慮されているのだから。


 ふと気づけば、希夜が元気よく手を挙げていた。


「頑張るやんね!」


 止めることが出来ないほど、希夜はやる気に満ちているようだ。

 余計なお世話かも知れないが、希朝に小声であることを尋ねておいた。


「希朝さん、希夜ちゃんはお手伝いできるの?」


 実際、希朝に聞くまでもないのは事実である。

 だとしても連が見ていないところで努力をしている可能性もあるので、姉である希朝に確認を取って損はないだろう。


 希朝は少し悩んだ様子を見せてから、苦笑した。


「まあまあですね」

「全然できない、って言わないのは希朝さんの優しいところだよね」

「希夜ちゃんは頑張りすぎて空回りしなければ、良いところまではできますから」

「おもりしないと駄目な感じかな?」


 希朝がうなずくのを見るに、希夜の危なっかしいところを補えば問題ないのだろう。

 補うのは良いとしても、希夜が勘づかない程度が理想になるのかもしれない。


(……希夜ちゃん、どこか過去の僕を彷彿とさせるな……)


 両親がどうの、と今でも云う気はない。

 ただ連は、希夜が頑張ろうとしている姿を見て……過去に自分が両親に少しでも見てもらいたいと、そう願いを込めた姿を重ねてしまっただけにすぎないのだから。


 そんな夢は叶わずして終わってしまい、こうして連は星宮家にいるのだが。

 後悔こそしていないが、そんな想像を重ねたのだから、希夜の頑張りを無下にしたくないのだ。


 そうして、星宮家の小さなお手伝いさん見守り作戦は開始となった。


 四六時中見守ることはできないので、連と希朝は交互に、希夜の頑張る姿を見ている。


 連が見ている時、希夜はリビングの掃除をしようとしていた。


「床は雑巾がけやんねぇ!」

「……いててっ」


 希夜はバケツに水を入れて雑巾を絞るまでは良かったが、飛び散った水に気付いていなかったらしい。

 希夜に気付かれないように、連は近くにあった布巾を飛び散った水の上にわざと落とした。


 余計なお世話だが、同じように怪我をしてほしくないのだから。


「連にぃ、右手を無理に使っちゃ駄目やんねぇ」

「ごめん。右手が上手く動くのかな、って思ってね」

「えっへん。そんな背伸びしたい、おっちょこちょいな連にぃは、うちが面倒をみてあげるやんねぇ」


 希夜は笑みを浮かべて、床に落ちた布巾を拾った。

 そしてそのままでは返さずに蛇口をひねって水を出し、軽く絞ってから連の目の前に持ってきてテーブルに置いた。


 さり気ない優しさをくれるから、些細なお返しはしたいと思えるのだ。

 勘づかれてしまうと大変かもしれないが、希夜が居てくれるから、希朝との時間が多くあると連は感じているのだから。


 ふと思えば、今の状況は少女にとっても心地がいいのかもしれない。

 普段なら何か理由をつけて一緒にいるが、お手伝いという名目なら一緒にいる時間は必ずあり、一人にならずに済むのだから。

 孤独という寂しい思いをさせたくない側としては、理に適っているのかもしれない。


 連が自然と見入っている時、希夜は飛び散っていた水に気付いたのか、持っていた雑巾で丁寧に拭いていた。


「連にぃ、うちがしっかりと掃除するから、見ていてほしいやんねぇ」

「大丈夫。僕は希夜ちゃんを見てるから」


 と口にした時、刺さるような視線を感じたが連は気のせいだと思うことにした。


 その後、希夜はやり方をしながら覚えたのか、雑巾がけの間隔から埃の取り方など、手際よくこなしてくれた。

 おそらく希夜はやらないだけで、本来はそつなくこなせるタイプだろう。

 ただ単に、希朝という高い壁が身近にいるだけで。



 それから夜ご飯前に、希夜は料理まで率先してくれたが、流石に希朝の手がしっかりと加わっている。

 あくまで希朝は希夜の足りない部分を補うだけにしたらしく、料理は主に希夜が担当していた。


「希夜ちゃん、今日はお疲れ様」

「ありがとうやんねぇ」

「きぃちゃん、今日は一段と頑張っていましたね」


 お風呂が済んでから、リビングのテーブルでへばっていた希夜に、連はホットミルクを用意した。時期的には早すぎるが、希夜の体質を考えれば丁度いいだろう。


 希夜はパサッと白髪を揺らし、嬉しそうにマグカップを手に取った。


 へばっているのを心配していたのか、希朝は安心した様子で労いの言葉を希夜にかけている。

 希朝が椅子に座ったのを見てから、連も椅子に腰を掛けた。


「希夜ちゃん、今日は本当に助かったよ」

「こ、これくらいは希朝ねぇに代わって……と、当然のことやんねぇ……っ」


 希夜はどこか照れているようで、白い頬をうっすらと赤くさせていた。

 希夜が照れているのを見てか、希朝はなぜか頬を膨らませている。


 姉妹の関係は複雑なようで、連は首をかしげるしかないのだが。


「希朝ねぇ、連にぃ、うちはしっかりとやり遂げるやんね!」

「ふふ、無邪気な元気は微笑ましいですね」


 喜びと活気に満ちている希夜は、連と希朝を繋ぐ架け橋なのかもしれない。

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