57 分かち合える存在であるからこそ
学校にいつも通り登校すれば、教室でクラスメイトが話している会話が耳に届いた。
「最近、星宮さんが近づいてきた感じがするよね」
「わかる! それと中学生の星の子も同じく近くなった感じがするよね」
星の子の変化は輝いているのか、クラスメイトの注目を帯びているようだ。
実際、希朝と希夜の二人と一緒に登校し始めてから、クラスメイトが話しかけてくるようになった事実もある。
話しかけてくるというよりも、星の子との関係が気になるようだが。
希朝と一緒に教室に入った瞬間に聞こえてきたので、自分の事ではないのに心はもやもやとするようだ。
希朝と別れてから自分の席に着けば、ニヤニヤと笑みをたずさえた親友が近づいてきた。
「いやー、星の子は人気ですな」
「優矢、おはよう」
優矢も星の子の噂は耳にしているようで、わざとらしく机に寄りかかってきた。
連からすれば迷惑なのもあり、苦笑するしかないのだが。
何を思ったのか、優矢は連の前髪を手で軽く持ち上げてきた。
「お前は変わらないよな?」
「……変わったよ」
「知ってる」
変わらない良さを持つ優矢は、親友思いなのだろう。
とはいえ連自身、変わったという自覚はあるものの、具体性を実感できていない。
「で、関係はどうなんだ?」
優矢がちゃっかりと指さした方向を見れば、希朝が他のクラスメイトと話している姿が見えた。
「いきなりどうしたの?」
優矢の問いに、連は思わず首を傾げた。
優矢が唐突なのは今に始まったことでは無いが、関係は、と聞かれて悩まない理由は無いだろう。
連自身、出来る限り希朝との関係は学校で話さないようにしている。
だからこそ悪戯を帯びた声色であれば、口を開く気はないのだ。
優矢にいくら答えを待つ目を向けられたところで、答える気は無い。
希朝の方に目線を戻した時、開いていた窓の外から何やら盛り上がるような声が聞こえてきた。
(……この音……っ!!)
その盛り上がる声に、連は自然と不安を察知した。
立ち上がって踏み込んだ床は走り抜けるために、力強さを全身に伝えさせてくる。
瞬間的に体は考えるよりも速く、希朝の方に駆け出す。
「きゃあああ!?」
「なんだあ!?」
クラスメイトの騒ぎ声が響いた時、窓の破片が飛び散り、ボールが一つ飛んできたのだ。
割れる窓の音は、まるで時が止まるようだ。
割れた窓ガラスが光を帯びる中、連は咄嗟の判断で、希朝を目がけるように飛んできたボールを素手で受け止めていた。
「れ、連さん!」
「希朝さん、怪我は……な、い……」
「連さん、連さん!!」
ボールを受け止めたのも束の間、希朝に怪我が無いのを理解したのと同時に、連の視界は暗くなった。
(……ここ、は?)
ぼんやりとした視界に、天井が映る。
先ほどまで、騒ぎに見舞われた教室に居たはずだ。
だが今は、背中に柔らかな感触があり、体にかけられた布団が意識をぼんやりとさせてくる。
少しずつ形を取り戻してくる視界。パーテーションがあるのを見るに、保健室にいるのだろう。
周りを見渡そうとした時、聞きなれた優しい声が耳を撫でた。
「あっ……連さん。起きましたか?」
「連にぃ……」
天井を見ていた視界を覗き込むように、艶めく黒い長髪と、白髪ショートの毛先が下りてきた。
見えるピンクの瞳はうるうるしており、今にでも泣き出しそうだ。
「希朝さん、希夜ちゃん」
「よかったやんねぇ。連にぃ、意識はあるやんねぇ」
希夜は心配するように、首筋に小さな手を当ててきた。
ひんやりとした手の感触が、自然と意識を集中させてくる。
「連さん、起きたばかりで混乱しているでしょうが、痛みはありませんか?」
「……痛み」
連はふと、布団の中に入れていた右手を外に出した。
右手を見れば、包帯が丁寧に巻かれている。
場所が保健室なのを見るに、ボールを受け止めた後に気絶してしまい、運ばれて看病されていたのだろう。
連自身、希朝に情けない姿を見せたことの方が大きいのもあり、気が気ではなかった。
気が気ではないにしろ、希朝を見れば制服に傷一つないので、安堵の息がこぼれそうになる。
「傷ついたのが自分でよかったよ」
こぼした息は宙を舞った。
上半身を起き上がらせると同時に、甘い香りが鼻を撫でている。
少し前まではなかった、確かな温かさが包み込んできていた。
右手は動かない。それでも、微かに震えた左手が、彼女の感触を捉えている。
「そんなこと、言わないでください」
囁くように口にしながら、希朝は腕を回して距離を詰め、連の胸元に頭を当てている。
希夜の方を見ると、ただ頷いてくるのもあり、今は希朝を見てほしい、と妹の些細なお願いを仕草に出しているようだ。
熱をそのままに、ピンクの瞳はゆっくりと連の姿を反射させている。
学校だと今まで以上に近い、真剣な距離で。
「……連さん、私たちは嬉しさも幸せも、悲しみも分かち合える家族です。それを、忘れないでください」
「ごめん、希朝さん。……自分が迂闊だった」
家族、という言葉は今までの連なら苦手だっただろう。それでも今は、希朝や希夜のおかげで受け入れられて、一歩を進めている。
自分を蔑ろにしたのは他の誰でもない、連自身だ。
希朝から強く言われた言葉を、連は心に強く刻んだ。
ふと気づけば、にやにや混じりの声が聞こえてきた。
「連にぃ、希朝ねぇを助けてくれてありがとうやんねぇ」
満面の笑みで希夜が言うものだから、自然と恥ずかしさが熱を帯びそうだ
とっさの判断だったとはいえ、人前で希朝を助けたのもあるが、妹の希夜から感謝をされるのはむず痒いものである。
回されていた腕が離れた時、希朝は耳元に口を近づけてきた。
「連さん、しばらくは安静にしていてくださいね。それと」
「それと?」
希朝は少し間を開けてから……囁いてきた。
「庇っていただきありがとうございます。――かっこよかったですよ」




