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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第二章

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56 待ち人は夕焼けに照らされて

「……思った以上に遅くなっちゃった」


 廊下に出れば、すでに日は傾き始めていた。


 この日、連は細かい手続き含め、一学年の時には出来なかった確認テストを放課後に行われたのだ。


 連自身、テストに関しては日々の積み重ねで問題は無かったものの、希朝と希夜と共に下校出来なかったことを悔やんでいる。

 今までなら芽生えなかった感情ではあるが、二人と過ごす日々で変わった証拠だろう。


 金色の光差し込む廊下を歩き、教室のドアを開けた時だった。


(……希朝さん?)


 ドアを開けた瞬間、暖かくなり始めた四月終盤の風が肌を撫でた。

 窓際のカーテンは揺れ、金色の光を帯びながら彼女は静かに輝いていた。


 夕日の差し込む教室。

 開いた窓から風が入り込めば、ストレートの黒い長髪を柔くなびかせ、視界に映る光の粒と共に美しく見せてくる。

 耳元の髪を抑える小さな手に、視線は釘付けにされてしまいそうだ。


 前髪に付けられた太陽モチーフの髪飾り。

 光を帯びて輝きながらも、確かな存在を感じさせてくる。


 ドアの方を見てくるピンクの瞳は確かに彼女――星宮希朝、連が一緒に下校したかったと想いを寄せた存在だと、直感に認識させてくる。


 放課後の誰も居ない教室。ましてや、ただ一人夕方まで待っていた希朝に、連は驚きを隠せなかった。


「お疲れ様です」


 連を見るなり手を小さく振ってくる希朝は、見間違いではないのだろう。

 途中まで勉強していたのか、希朝の机の上に開かれたノートがパラパラと音を立てた。


 希夜に負けず劣らずと言える希朝のマイペースさも相まって、心拍数は自然と上がってしまう。


 もしもの事も踏まえて、連は廊下を含めて周りを確認にした。


 二人とは一緒に登校をしているものの、変に関係性を見られるのは未だに受け付けないのだから。


「……ひとりでどうしたの?」

「待ち人を待っていました」


 希朝に対してもどこか他人行儀。ましてや本当の気持ちを隠してしまうのは、自信が無いからなのだろう。


 そんな連に対して、待ち人、というヒントを伝える希朝は小悪魔なのかもしれない。

 ゆったりと差し込む金色の光を帯びる希朝の輪郭に、連は息を飲み込んでいた。


「……良ければ、僕と一緒に帰らない? 夕方だし、ひとりで帰るのも危ないだろうから」


 希朝が何を求め、何故待ち人という発言をしたのか連は理解しきれなかった。

 それでも、確かな答えになるかは不明だが、後悔しないように口にしていた。


 希朝は防犯用のグッズを持っているらしいが、隣で守ることが出来るのならそれに越したことはないだろう。


 ふと気づけば、希朝は柔らかな笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、お願いしましょうかね」


 そう言って希朝は、自身の鞄に開いていたノートを閉じて入れていた。

 希朝の様子を見つつ連は自分の鞄を持ち、帰宅の準備が丁度終わった希朝の方に音を立て近づく。


「あの、それくらい自分で持てますよ」


 もう、と言いたげな様子で見てくる希朝に、連は苦笑しつつも彼女の鞄を手に取った。


「たまには甘えてくれてもいいんだよ」

「……感謝はしています……」


 夕焼け、それ以上に染まる希朝の頬。

 ゆっくりと息を飲み込んだ時、希朝はその空いた手でちゃっかりと連の手を握ってきていた。


「……あのさ、どうして待っててくれたの」


 校門から出て帰路を辿る際、連は疑問に思っていたことを口にしていた。

 連は幼い頃からひとりで帰るのが普通で、こうやって自分の手を握ってくれる親の姿を見たことがない。


 ずっと無意識に伸ばしていた手はため息と共に消した。それなのに、繋がれる手は手繰り寄せたかった気持ちが滞り、蕾は静かに咲いている。


 ふと気づけば、繋ぐ腕の距離が少しだけ離れ、まるで近づくように希朝が距離を詰めてきた。

 そして柔らかに耳元へと囁かれる。


「家族だから。……っていう曖昧な言葉以外のそれを確かめてみたかったのですよ」


 温かな吐息が耳を撫で、連は静かに震えた。

 家族が曖昧であれば、その近づく距離がきっと答えなのだろう。


「……遠慮しとくよ」


 きっと希朝を好きだと言えただろう。

 それを有り余る幸福が否定をし、今ある希朝との距離感を好んでしまったのだ。

 案の定、希朝はむすっと頬を膨らませていた。


 とはいえ、連が遠慮してしまったのは、希朝の吐息が耳を撫でて恥ずかしくなったのもある。


 そんな言葉を口にして誤魔化すつもりは無いので、連は今一度しっかりと希朝との手を繋ぎなおした。


「今日の夜ご飯の当番を代わるから、希朝さんの好きなスパゲッティを作ることで手打ちはどうかな?」


 そんな子ども騙しのような言い訳ではあったが、希朝は目を輝かせていた。

 空に浮かぶ夕焼けよりも眩しいそのピンクの瞳は、飲み込まれる程に愛おしいものだろう。


 希夜もそうだが、好きなものには素直な表情を見せる希朝は微笑ましいものだ。


「ふふ、連さんの作るスパゲッティ、楽しみにしていますよ」

「大船に乗った気持ちでいてくれてもいいんだよ?」

「どれほど大きいですか?」

「タイタニックくらい?」

「それは一緒に落ちてしまいそうですね」


 気づけば顔を見合せ、笑いあっていた。


 誰かと……家族、星宮家の家族であれるから笑える今が、連は好きなのかもしれない。

 喜ぶ希朝を見て「希夜ちゃんを一人で待たせている訳だし、デザートも用意しよう」と言えば「きぃちゃんも愛されていますね」と希朝が言うものだから込み上げてくる熱を覚えそうだ。


 気恥しさを誤魔化すようにゆっくりと、それでいて一歩ずつ足を進めた。


「――本当は、近づきたいから待っていたのですよ」


 ――希朝が小さく囁いた言葉に、連はついぞ気づかなかった。

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