55 想像を形ある未来に重ねて
その日の夜、連の部屋に希朝と希夜が来ていた。
「鬼の子と呼ばれた少女は出会った少年を、人の世にはない奇妙なお店で溢れた世界に案内しました」
希夜が珍しくゲームをしないのもあり、今は希朝が持ってきた本を希夜に読み聞かせているのだ。
純粋に読んだことのない本への好奇心もあるが、連としては別の意味でも心が震えていた。
それは読み聞かせ相手である希夜が嬉しそうに聞いてくれているのもあって、どこか知らない、新鮮な感覚があるからだろう。
ベッドの上に座り、希夜に希朝と交互に読み聞かせをするのは、恥ずかしさがあるものの微笑ましさすら覚えるものだ。
「霧が出たらこの世界から出て、鬼の子の警告はそれだけです」
希朝のおっとりとした声色に、連の方が眠くなってしまいそうだ。
希朝の持ってきた本は、和風恋愛で、鬼の子と人間の子が恋をする物語らしい。
不思議なお店が出たりする、というのはよくある設定にも思えるが、どこかふんわりとしつつも奥深さのある物語なのもあって、連は自然と読み進めてしまう。
「おむすびをあげたのは、その子が困って――寝ちゃったみたいだね」
「ふふ、きぃちゃん、とても幸せそうに眠っていますね」
連は本を閉じて、倒れ込むようにベッドに体を預けて眠ってしまった希夜を見た。
希夜は相変わらず薄着とも言える寝間着だが、世界の事も含めると希夜の体には丁度良かったのだろう。
そんな眠っている希夜の髪を、希朝は優しく撫でていた。
ほっそりとした白い腕を目で辿ると、希朝の白いネグリジェ姿が映って心拍数を速めてくるので幸せな毒と言える。
希夜には慣れたものの、希朝の露出が少し多めな寝間着姿は未だに見慣れたものではない。
本をベッドの上に置いた、その時だった。
「……未来、連さんと繋がることになれば、授かる命をこうしてあやしているのでしょうかね」
希朝がどれだけの意味を含めたのかは不明だ。それでも、連はついつい想像して頬を熱くしていた。
遠回しに聞いてきたとはいえ、希朝の望みは不明だ。
遠回しであっても、未来に向ける愛情は嘘偽りのないものだろう。
隣に座って、柔く揺れるピンクの瞳はただ、心地よさそうに眠っている希夜を見ている。
少し肌が薄っすらと見えるネグリジェを着られているのもあって、連はあらぬ想像を膨らませぬうちに息を飲み干した。
希朝に手を出すつもりがないとはいえ、この先未来を誓えば……希朝が望むならを言い訳にしないように、迷わないように希朝とその命を望めるのだろうか。
家族。その迷いからは、完全に抜け切れているわけではないのだから。
連が言葉を口に出さなかったせいか、ふと気が付いたように希朝が視線を向けてきた。
その顔には確かに、赤みを帯びた頬が浮かんでいる。
「あ、あれですよ!? 別に無理強いをするつもりではなく、ただ妄想していただけというか……連さんの生い立ちもあるわけですし……」
連の一番の懸念点は親の愛情を知らない事だ。
だからこそ連自身、むやみに子を授かる真似をする気も、欲に手を伸ばすつもりもないのだ。
たとえそれが若さゆえの過ちだとしても、犯してしまえば取り戻せない時間になる。
中途半端な覚悟ほど、もろく崩れやすい積み上げた瓦礫なのだから。
希朝の瞳を隠すように落ちる前髪は、どれだけ動揺しているのかを物語っているようだ。
「……うぅぅん、希朝ねぇと、連にぃがえっちなことしてるぅ……じゅりゅぃ」
「……起きてる?」
「ね、寝ていると思います。もう、きぃちゃんたら一体どんな夢を見ているのですかね」
「そ、そうだね」
明らかに会話の内容を夢で受けていそうだが、その言葉は飲み込んでおいた。
にこやかな笑みを浮かべている希夜は、きっと心地よい夢に包まれているのだろう。
連自身、夢は嫌いだが、他人の夢は好きである。
他人の夢は手を伸ばす必要がなく、知らない世界を知れる、本の世界のような物語が詰まっているからだろう。
希朝と顔を見合わせた時、柔い照明が希朝の顔を撫でた気がした。
「……今言うのはあれですが、私が一番、連さんが婿入りとして来るのを賛成していたのですよ」
小声で言ってくる希朝に、連はつい耳を疑った。
迷いのないピンクの瞳は連の姿を反射しており、寂しさすらも分かち合い、息の仕方を伝えてくるようだ。
「ふふ。嫌じゃないのなら、今の連さんの目標として、その口から、しっかりと告白をすることにしましょうか」
「……自分が待っていてほしいと思っていた気持ち、理解できた気がする」
待っていてほしい、と希朝にいつの日か思っていたこと、話したことがあった。
それはきっと決められた運命の道筋ではなく、この生きる言霊を希朝に、愛を伝えたいと心から願った時があったからだろう。
心にぽっかりと空いていた想いは埋まるように、青白く静かに燃えるようだ。
告白はすぐには出来ないが、この口で希朝にしっかりと伝えられる。覚悟を決められるようになりたいと、明日の前で連は静かに願った。
「……希朝さんの方から選んでくれてもいいんだよ」
「私は既に手を差し伸べています。だから後は、連さんの口で聞かせて、寄り添ってくれるだけでいいのですよ」
「足りないもの、理解できた気がする」
「何回、理解できた気がする、と云うおつもりですか」
「僕が理解できた数だけ」
理解できた数――そんな言葉を口にするのは、星宮姉妹にだけだ。
連はふと時計を見た。
「もう、夜も更け始めてるね。……希朝さんさえ良ければ、ここで眠っていく?」
「連さんのその言葉を待っていましたよ。きぃちゃんも心配ですし、一緒に眠りますね」
「うん。希朝さん、家族を教えてくれてありがとう」
「お礼を言うのは私の方ですよ」
希朝と顔を見合わせて、気づけば微笑み合っていた。
笑う事すらできなかった連の表情をここまで変えたのは他の誰でもない、星宮姉妹……星宮家の形だ。




