52 人は夜明けを望む
大変お待たせいたしました……今話から第二章、開幕です!
「……♪」
名もなき曲を鼻歌で口ずさみ、朝ご飯を作っていた。
リビングに明かりは無く、キッチンだけに明かりは灯っている。日は昇っていないが、どこか温かな日の明かりは視界に光の羽を見せてくるようだ。
食器棚で照らされているお弁当箱。
今日に関しては始業式で作ることのないお昼ご飯のお弁当だが、一つの繋がりでもある大切なものだ。
湧き上がる気持ちを誤魔化すように、連は作った朝ご飯のおかずを白いお皿に周りから盛り付け、真ん中に残った空白を最後に埋めた。
「連さん、おはようございます。朝ご飯を早くから作っていただきありがとうございます」
「希朝さん、おはよう。……髪、綺麗だね」
「と、突然どうしたのですか!? ……褒めても何も出ませんよ……?」
「希朝さんの照れた顔が見えるよ」
もう、と言いたそうにしてリビングに入ってきたのは希朝だ。
希朝は朝なのもあってか、肩からカーディガンを掛け、ネグリジェ姿のままだ。
希朝の寝間着姿には慣れたものの、変に意識をして揺れる鼓動には慣れたものではなかった。
慣れない言葉を言うものではないなと連が思っていた時、照れた様子で希朝がじっと見つめてきていた。
「……希朝さん、どうしたの?」
「いえ。連さんの口ずさんでいるその歌に、いずれは歌詞をつけてみたいですね」
「……そうだね」
「言葉は時に人を傷つける刃物ですが、詩に宿る言霊は人を良いようにも悪いようにも一歩を踏み出させる不思議な力がありますから」
「詩と書いて詩と読む感じかな?」
「そういうことです」
時折口ずさむ鼻歌を聞かれていたのは恥ずかしさがあるものの、悪い気はしないだろう。
希朝に独白をして以降、連は少なからず言葉で距離を詰めるようになっている。なっているが、あるものは宝箱にしまったまま歌えないでいるのだが。
「むにゃぁ……おはようやんねぇ」
「希夜ちゃん、おはよう」
「きいちゃん、おはようございます」
小さな足音は近づき、リビングのドアを開けていた。
下りてきた希夜は寝ぼけているのか、白のショートヘアーが軽く乱れている。
そんな希夜を見て希朝は近づき、どこからともなく取り出した櫛で柔く希夜の髪を梳いていた。
希夜は普段なら走りに行っているが、今日は始業式なのもあって休んでいたのだろう。
「朝ご飯もうすぐできるから、みんなで食べようか」
「うぅぅん……」
「きぃちゃん、立ったまま寝ちゃダメですよ?」
ふらふらしている希夜を椅子まで面倒見ている希朝は、やはり妹思いなのだろう。
連はそんな微笑ましい姉妹を見つつ、着ていたエプロンを外して椅子にかけたのだった。
「こんな感じで大丈夫かな」
「連にぃ、ありがとうやんねぇ」
朝ご飯を食べ終えてから、連は希夜の制服の学生証のピンを取り換えていた。
希夜が何気に不器用なのは知っていたが、女の子の制服のピンを付け替えるのは些か不本意である。
嫌だというわけではなく、ただ単に女の子の体をまじまじと見るようなことをしたくない、というエゴだ。
希夜が気にしているのかは不明だが、希夜は何かと希朝の体型を羨ましがるのも含めて可哀そうなものだろう。
「……連にぃ、今不埒な考えと目をしたやんねぇ」
「してないから!?」
「こら。きぃちゃん、あまり連さんをからかわないのですよ」
リビングで希夜のピンを付け替えていたのもあって、希朝はちょうど良さそうに希夜の髪を手入れしていたのだ。
時計の針の音が小さく響き渡った時、希朝はこちらを見てきた。
「連さん、よろしければですが……これからはお互いに用事がない限り、一緒に登下校しませんか?」
「……希朝さんと希夜ちゃんと一緒に、僕が?」
ゆっくりと頷く希朝を見るに、聞き間違いではないようだ。
また希夜がちゃっかりと希朝の隣に立って見てくるので、迷う鳥を籠に誘おうとしているのだろう。
世界が震えていないのに、その視界に映るそれは視界を水の色に染めていく。
「希夜ちゃんは既に了承済みで、後は連さんの答えを聞きたいのですよ」
と希朝は言ってくるが、気持ちは心配で淀んでしまう。
連としては、周りから見られる視線は幼い頃から嫌な意味でも慣れているので問題はない方だ。ただ、希朝との関係、ましてや希朝と希夜の関係が周知される不安が鎖のように巻きついてくるのだから。
希朝と希夜は星の子と呼ばれているが、それはあくまで単体であり、姉妹としての周知は無い。
だからこそ秘密を打ち明けるその覚悟に、足踏みをしてしまうのだ。
連の悩みを希夜は見ただけで読み取ったのか、ニヤニヤとした笑みを向けてきている。
思わずため息をつきそうになった熱を飲み込み、連は今一度希朝をしっかりと見た。
「……うん。こんな僕でもよければ」
本来なら断りたかった。だが、ここで断ればきっと何も変わらない、希朝に向けた気持ちは何回も形になり損ねて地に落ちてしまうかもしれないと、気持ちは気付いているからだろう。
曖昧な発言を無くした結果、それは深く聞かない納得と、否定気味の自分を口にしてしまったのだが。
その時、細い指先は連の頬に伸びていた。
「そうやって自分を卑下しないのですよ」
「ご、ごふぇんなさい」
むにむにと希朝が柔く頬を引っ張ってくるので、地味にひりひりとした痛みが頬を撫でてくる。
希夜にニヤニヤして見ないでと言いたいが、頬を引っ張られているのもあって、連は目を細めるしかなかった。
頬に触れていた指先が離れてから、連はあらためて希朝をしっかりと見た。
希朝は凛とした雰囲気を持ちながらも、柔く包み込むように仮初の華を咲かせている。
「……連さんが私たちの事を心配しているのはわかりますよ」
「……うん」
「ですが、連さんが過去から動き出したように、私たち姉妹も家族として、前を向いて変わっていく気なのですよ」
人が絶望や不安に染まる時――それは、恐怖が伝染して、人ならざる感情が負で染め上げる時。
また逆も然り、人が希望や幸福を見出せる時――それは、確かな光が見え、人の力で今を変えようと歩み始める時。
希朝や希夜は連が過去から出るのを見ていたように、彼女たちも一つの夜明けを迎えようとしているのだろう。
朝が来れば夜は来ても、夜しかない世界に太陽は昇らないのだから。
次に喉から湧き上がる言葉は、連自身の決断だ。
「僕は、希朝さんや希夜ちゃんと一緒に登校したい」
「ふふ、決まりですね」
「やったやんねぇ! じゃあ、うちが連にぃとは手を繋ぐやんねぇ」
まだ家の中だというのに手を繋いでくる希夜は微笑ましいものだろう。
希夜を見て頬を膨らませている希朝は、希夜を羨ましがっているようだ。
この日の始まりは、星宮家の新たな一ページを書き綴る日と言えるのだろう。
星宮家の恋軌跡、ようやっと第二章を開幕することが出来ました。
第二章は最後まで毎日更新で走り切る予定ですので、星宮家の今後が気になった方、連と希朝の恋模様の行く末が気になった方は、ブックマークや評価などで応援していただけると幸いです。




