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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第一章

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51 もうひとつの夜明け

 連は落ち着いてから、希朝と顔を合わせるのも恥ずかしかった。

 先ほどまでは自身のことで精一杯だったのもあって気にしていなかったが、希朝のふくらみあるその部分……胸の中に顔を埋める形にされていたのもあり、連としては気が気では無いのだ。


 希朝に手を出していなくても、男としての名誉があるだろう。


「連さん、落ちつきましたか? ……どうして、目を合わせてくれないのですか……?」

「……し、仕方無いよね。だって、その……希朝さんを抱きしめてる時、恥ずかしい姿を見せたわけだし……それに、柔らかいのが顔に……あ、ああ、ああ……」


 思い出すだけでも、連は壊れたような声を出さざるを得なかった。

 希朝の方を見ても本人は理解していないのか、目を合わせない事が気にくわないようで、ぷくりと頬を膨らませている。


 彼女の前で泣かなかったとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしく、家族とはいえど連は男だ。

 どれだけ希朝に主張しようと、勘違いも甚だしく散ってしまうのだろう。


「家族ですし、弱い一面の一つやふた……柔らか、い……!?」


 希朝は希夜顔負けのマイペースを披露してくれたようだ。そして、今更理解したように自身の体を見ている。

 胸元を隠す仕草をしては、頬を赤くして、小動物のようなつぶらな瞳で見てきた。


 おそらく希朝はその時その時は気にしないが、後から思い出して恥ずかしくなるタイプなのだろう。

 とはいえ、何気に希朝に傷を抉られたことには変わらないので、時に言葉は刃物と言える。


 二人で顔を見合わせ、顔を赤くしていた時だった。


「すっかりと雨が止んだやんねぇ。希朝ねぇ、連にぃ、虹がかかってるんやんねぇ」

「……本当だ。ここからだと薄っすらだけど、綺麗な虹だね」

「……虹、ですか……」


 連は希朝と立ち上がり、リビングに入ってきた希夜の方を見るように、窓の外を見た。

 外を見れば、視界を彩るように綺麗な虹の橋が架かっていた。

 笑い合えれば、虹色の毎日になるという意味だろうか。


 灰色の雲が多少残っているとはいえ、数刻で金色の光が差し込む時間。考えれば、虹の見える今は季節に恵まれているのかもしれない。


 ふと気づくと、希朝が手を引いてきた。


「希朝さん?」

「少しお出かけしましょうか。家族で」

「……希朝ねぇがうちよりマイペースなこともあるんやんねぇ」

「うん。……えっと、準備をしてから、家族で行こうか」

「家族でお出かけやんねぇ」


 家族という言葉を自ら口にしても笑顔でいられるのは、希朝と希夜……二人の姉妹と過ごすようになったおかげだろう。

 ウキウキしている希夜に、虹に興味を示している希朝、今を繋いでくれたものがあるようだ。

 三人は各々準備をするため、リビングを後にするのだった。




「雨上がりの外は、空気が澄んでて美味しいやんねぇ」

「希夜ちゃん、一人や狭いところが苦手だもんね」


 準備を終えてから、三人で外に出ていた。


 お出かけと言っても、虹を見るためのお散歩なのだが、希朝と希夜は出かけるために服を着替えたり、髪を整えたりしたようだ。


 希朝は柔らかなピンク色に白を基調としたワンピースを着用している。

 肌の露出を基本的に無くしつつも、本人の持つ体型を尊重している、妖精が傍に舞い降りたような優しい雰囲気を持っているようだ。


 髪型は変わらずのストレートヘアー。だが、前髪を揃えておでこを広く見せ、太陽の髪飾りが特徴をもってより輝いている。


 希夜に関しては、半袖の白いシャツにジーンズと、明らかに季節を間違えたようなコーデをしていた。

 それでも希朝に注意されてなのか、パーカーを羽織っているので、見栄え的には明るい雰囲気を持った希夜らしいと言えるものになっている。


 白髪のショートヘアーは希朝の策略なのか、ワンサイドだけ三つ編みにされており、前髪に付いている月の髪飾りがまったりと輝いていた。


「連にぃ、その服似合ってるやんねぇ」

「ええ。うじうじしていない、連さんらしいおとなしさがありつつも、大人びていますよね」

「希朝ねぇが髪型を軽くいじいじしたから、連にぃはまるで付き人やんねぇ」

「きぃちゃん。連さんは付き人ではありませんし、私のお婿さんですからね」


 明らかに注意するところが違うが、希朝らしいだろう。

 連も出来る限り、他の生徒とすれ違ってもパッと見では分からない程度の服装をしてきたのだ。


 白いシャツを隠すように灰色のジャケットを着崩し、フォーマルなズボンを適当に選んで着ている。

 胸には星のブローチを付け、家族としての統一感は忘れていない。


 髪型に関しては希朝に櫛で調整されており、雰囲気を崩さない程度に揃えられた。

 前髪に隠れ気味だった黒い瞳に光を帯びさせ、爽やかな印象を持ったショートヘアーに生まれ変わっている。


 道具を色々と使われたので、希朝好みに近いこの髪型を一人で作るのは困難だろう。だが、いずれ希朝の隣にいる事も考えて、自分で出来るようにしたいと連は思っている。


 お互いにお互いを尊重するコーデをしながら、いつもの散歩道を三人で歩いているのだ。


 雨上がりの風が肌に吸いつき、空気の流れを感じさせてきた。

 体を預けるように、木々の揺れる音を聞きながら自然の空気を体に取りこんだ時だった。


「連さんは、雨の日のことを覚えていますか?」

「……雨の日?」


 希朝の横で希夜がくすくすと笑っているので、なにか企んでいるのだろうか。


 連の近しい記憶だと、雨の日にあった出来事は、希朝と出会ったことくらいだ。

 傘もなく、雨に濡れて、道に迷っていた連を希朝が悟らせないように道案内してくれた……忘れることのない、大切な記憶。連にとって、家族としての始まりの。


「もしかして、傘を差された時のことを思い出していましたか?」

「まあ、それしか心当りは無いし」

「ふふ、それも、ありますね」


 それも、と含みを込めた跳ねるような声色をみせた希朝は、悪戯に口元へと指を添えている。


「実はですね……私は過去に、連さんに会っているのですよ」

「……過去に……あっ」


 今までどうして忘れていたのか……否、思い返せば辛くなるから、意識しないようにしていたのだろう。

 過去の日、幼き連が泣きながら公園のベンチに座っていた時、雨が降っていたにも関わらず手を差し伸べてくれた少女が居たことを。


 希朝のスマホの画面にどうしてあの写真があったのか、答えは元から知っていたのだ。


「そっか……あの日、捨てられていた僕を拾ってくれたのは、手を差し伸べてくれたのは希朝さんだったんだね」

「やっと思い出してくれたのですね。でも、それがキッカケで、連さんを星宮家に……私の両親が引き取るトリガーにもなってしまったのですけどね」

「……僕は、この家に来れて、よかった」


 過去の小さなめぐり逢いは、今の奇跡を起こすための、歩むための軌跡だったらしい。


 連は幼い頃、希朝と出会った公園に一度捨てられたことがあったのだ。

 その時にちょうど希朝と出会い、希朝の両親のおかげで帰還できた。

 希朝のスマホにあった写真は、その少しの間だけでも仲良くなった記憶として、希朝の両親が希朝と連を一緒に撮って写真に収めたのだ。


 とはいえ、連はその頃の希朝に言われたことを思い出せず、ちょっとしたモヤモヤがある。


 今思えば希朝に話している際、捨てられたことに反応を示さず『何度も』に意を示したのは、連の幼き日を希朝は覚えていたからだろう。


 ふと気づけば、希夜が口許を隠して笑みを浮かべている。


「希朝ねぇ、ずっと過去の話をしたがってたやんねぇ。ゴミを捨てる、って言ってるわりには~」

「き、きぃちゃん! そういうのは言わなくてもいいのですよ!」

(希朝さんと希夜ちゃん、仲がいいや)


 希朝は暴露されて恥ずかしかったようで、頬を赤くしながら希夜を軽く叱っていた。


 そんな二人を見つつ、連は空を見上げていた。

 夕色と、金色の光に染まりかけている、今日という日の終わりを迎え始めた空を。


 空を見てから、連はあらためて二人を見た。


「……僕は、希朝さんに出会えて……希夜ちゃんにも出会えて……星宮家に婿入りすることが出来てよかったよ」


 家柄の呪縛に染まったままの連では、きっと笑顔はなかっただろう。

 今はただ、二人のおかげで連は笑顔がある。


「連さん、まだ待ってほしい、って言われたこと……私は忘れていませんからね」

「うち、連にぃがお兄ちゃんになってくれて嬉しいやんねぇ」


 この家族は、どの空よりも温かい。


 ふと見た空は、横から差し込む金色の光に紛れて、虹がより鮮明な色鮮やかなものになっていた。


 結構歩いていたのか、聞こえてくるは川のせせらぎ。


 河川敷まで来ていたようで、見うる景色は咲き誇るピンクの花びらに包まれ、流れゆく川が金色の光を反射して輝いていた。


 道に敷かれた濡れた桜の花びらや、川の流れに乗って流れゆく無数のピンクの花びらに、連は思わず足を止めていた。


「連にぃ、桜は散っても綺麗やんねぇ」


 ふと横を見れば、希夜が手を繋いできていた。

 無邪気な笑みを宿して、連の手を離そうとしない小さな手。

 横に希朝の姿が見当たらない、と思ったその時だった。


「連さん、これからが本当の家族としての始まりの一歩ですよ」


 そう言いながら、希朝は連を希夜と挟むように手を繋いできた。

 改めて美少女の二人に挟まれているのは、少々恥ずかしさが込み上げてくるというものだ。


 温かい手の熱を感じながら、連はもう一度空を見上げた。今度は、しっかりと。


「……家族のある意味が、理解できた気がする」


 柔く肌を撫でるように吹いた風は、太陽の髪飾りと月の髪飾り、星のブローチを静かに揺らしていた。

 騒ぐ風に舞う花弁は、家族として歩く連と希朝、希夜を祝福してくれているのだろう。

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