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05 その夜は想いを馳せて

 この日は、星宮家……希朝さんと希夜ちゃん、二人との出会いと関わりの始まりだった。

 迷子になって、公園で雨に濡れていた僕に傘を差してくれたのは、希朝さん。

 傍から見れば美少女の彼女と釣り合っていないのに、僕はその人のお婿さん、つまりは結婚相手になるらしい。

 希朝さんはうじうじしている僕を見ては複雑そうな視線を送ってくるが、その視線が無くなる日は来るのかな。


 星宮家に住むことになって、初めて僕は誰にも見られていない、部屋を貸してもらえた。

 そしてその後に出会ったのが希朝さんの妹である、希夜ちゃん。

 ちょっとしたハプニングはあったけど、希夜ちゃんはやんわりとした明るめの口調をしたマイペースな子で、可愛い一面を満面なく見せてくれる珍しい子。


 距離を詰めるのが苦手な僕からすれば、希朝さんや希夜ちゃんとの関係は気楽なのかもしれない。


(……えっと、あとは何があったかな)


 連はその夜、日課である日記を書いていた。


 日記は強制されたものではなく、連個人の偽りない気持ちを綴ったものだ。

 日記なんて人によっては三日坊主、ましてや半日と持たないかもしれないが、連は物心ついた時から今でも書き続けている……大事な日課の一部となっている。


 両親に内容を見られないからこそ、気持ちの整理のために一時期は書いていた。だが、今はただ気持ちのある文章を書くのが好きだから、そんな理由で連は書き続けているのだ。


 大好きな砂時計と同じように、些細な思い出を刻みたいというエゴだろう。


 ペンをしっかりと握り、今日の夜ご飯の出来事や、星宮姉妹のことを書いていく。

 少しくたびれた日記帳の、最後の一ページに。

 静かな空間でかつかつと心地よい音楽を奏でていた、その時だった。


「連にぃは熱心やんねぇ」

「え……き、希夜ちゃん!?」


 連は驚きのあまり声を上げた。

 後ろを振り向けば、そこにはニマニマと笑みを浮かべている希夜が居たのだから。


 希夜は寝間着姿のようで、もこもこパーカーで萌え袖をしている。


 希夜はもこもこのパーカーを着ているのだが、それ以外は肌の面積が多めなやや薄着で、十月の冷えた季節にしては不釣り合いの格好だ。

 普通に男の前で不埒な格好をするな、と言いたいが連にそんな度胸はあるわけがなく。


 希夜が連を信頼しているのかは不明だが、距離感的にも襲われない、といった様子を謙虚にも見せている。


「そんなオバケを見たみたいに、驚かなくてもいいやんねぇ」

「あ、いや、ごめん」

「素直に謝られたら、まるでうちが悪いみたいやんね……」


 実際のところ希夜が勝手に部屋に入って来ているから驚いたので、希夜が悪いと言えば希夜が悪いのだが。

 連は希夜を傷つけないように、その言葉は静かに飲み込んでおいた。


 むやみやたらに切れる言葉で傷つけあったところで、悪意以外は最後に何も残らないのだから。


「えっとね、希夜ちゃんが居るとは思わなかったんだ」

「最初の頃は……希朝ねぇも同じように驚いてたから、二人は似た者同士やんねぇ」

「似てないと思うんだけど?」


 希夜はニマニマしながら椅子の背もたれを掴んでいたが、ゆっくりと離して静かに距離を取っている。


「ねえねえ、連にぃは希朝ねぇをどう思ってるの?」


 希夜がピンクの瞳に連の姿を反射させているのを見るに、明らかに期待しているのだろう。

 連自身、希朝とはまだ知り合ったばかりで、同じ空間に居たのは最初の説明と、希夜を含めた和室、夜ご飯のリビングくらいだ。

 その少ない時間の中で、連は希朝に弱い自分を見せてしまっているので、むしろ希朝にどう思っているのか聞くべきだと思ってしまう。

 とはいえ日記にまとめていたのもあって、ある程度は希朝をどう思っているのか連は言語化できる。


 適当に誤魔化すのも部屋に来てくれた希夜には申し訳ないので、連は話しておくことにした。


「……希朝さんは、優しい人だと思っているよ。なんというか、見ず知らずの僕に、戸惑いもなく傘を差してくれたし、道案内も他人のフリをしてまでしてくれたから……見返りを求めないけど、あってほしい人柄を求めている、そんな優しい人だと」

「……連にぃは、希朝ねぇに聞いていた通り、人をちゃんと見てるんやんねぇ」

「聞いていた通り?」

「こっちのことやんね、気にしなくてもいいやんねぇ」


 希夜は首を横に振り、満足した様子の笑みを浮かべている。

 相槌感覚で自然と笑みを浮かべられるのも、人からすれば一種の才能のようなものだろう。


 希夜と少し話したのもあり、連は会話した今を日記に書き加えた。

 些細な会話も、連にとっては大切な今だから。


 ふと気づけば、希夜はちゃっかりと連のベッドに腰をかけていた。


「妹と、ふたりっきりの密室……お兄ちゃんは悪い子かな……?」


 希夜は口許に人差し指を当てて、小悪魔の囁きとも見て取れる笑みを浮かべている。

 中学生の筈なのだが、少しおいたが過ぎるのでは無いのだろうか。


 わざとらしく首元に触れてみせる希夜を見ても、残念ながら連は発情するほど甘くはない。


 静かに日記を閉じて、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「希夜ちゃんは中学生だし、早く寝た方がいいよ」

「じゃあ、うちが一緒に寝てあげようか、おにいちゃん」


 ベッドに寝そべりながら、まるで語尾にハートが付くような柔らかな言い方をする希夜は、多少は警戒心を持った方が良いのではないだろうか。


 連が困っていると、コンコン、とドアがノックされた。

 ノックされて間もなく、ガチャリとドアが開く。


「連さん、入りますね。連さんの制服が届いていたのを忘れていて、渡しにきた……のですが……?」


 希朝は部屋に入るなり、首を傾げた。

 持ってきた袋は落とさないでいるが、明らかに人を見る目では無いのは確かだ。


 希夜が変に前かがみ気味で襟部分に触れていたのもあり、希朝は連に向ける視線が辛辣になっている。


「はあ。連さん、ご就寝前にお話があります」

「……はい」

「星宮希夜、あなたにもお説教をした方がいいようですね」

「……うぅ」


 希朝が視線で正座を促してくるのもあり、連は希夜と隣同士で床に正座した。


「連さん、妹に手を出すロリコンだとは――」

「いや、それは誤解で!」

「私の希夜ちゃんです。言い訳は聞きたくありません」

「……ええ?」

「連にぃ、後で希朝ねぇの誤解は晴らしておくから……今は付き合ってやんね? 堪忍やんねぇ」


 この後、連は希夜と共に、希朝に小一時間説教されるのだった。

 説教と言っても、家族としての距離感なので、連はどこか星宮姉妹と近づけたようで嬉しかったのだが。

 無論、説教をされているのに笑みをこぼしたのもあり、希朝から連にエムっ気があると暫定されたのは言うまでもなかった。

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