48 近づくもの
優矢との勉強会から時は過ぎ、春休みは何もなく時だけを置いていく。
このまま、時間だけが過ぎてほしい、そう思ってしまうほどに平和な時間だけが過ぎていた。
夜ご飯を終えた後、連は食後のお茶を用意してから、希朝と希夜と一緒にリビングの方でくつろいでいた。
「あの、連さん……以前、高橋さんと話していた、中学が別になった……いえ、仲が良かったのに、何があったのでしょうか?」
希朝はお茶を啜ってから、息を吐くように聞いてきた。
何事かと思ったが、優矢が話したことを気にしていたのだろう。
希朝が聞いてこなかったのでそっとしておいてくれている、と連は思ってしまっていたほどだ。
姿勢を凛と正している希朝に、希夜は自然と首を傾げていた。
「希朝ねぇが連にぃの事を自分から聞くなんて、珍しいやんねぇ」
希夜の言葉に動揺したのか、希朝はスマホをテーブルに置いていた。
(……まあ、時効、だよね……)
時効なんて、都合の良い言葉は存在しない。
存在はするが、時効になったところで過去が消えるわけでも無く、傷跡は心に残り続けるのだ。
加害者が忘れていたとしても、被害者は見るたびに思い出してしまうトラウマのように。
心の中で捕らわれかけた暗闇から抜けるように、一つ息を吐き出しておく。
聞かれた以上は話すが、大きな出来事は隠しながら伝えるつもりだ。
あくまで、連にとっての大きな出来事になるが。
「……優矢とは、小学生の頃までは仲が良かったんだ。いつもひとりぼっちだった、距離を置いていた僕にとって、心を支えてくれる、たまには笑い合える親友だった……」
「連さんにとって、心から許せるひとだったのですね」
「小さな拠り所、大事やんねぇ」
共感してくれる希朝と希夜に、目は重くなりそうだ。
視界がぼやけるには早い筈なのに、吐き出した答えが曖昧なのに、二人は責めてこようとしないのだから。
それでも連は、膝の上に置いていた手をぎゅっと握り締め、拳をつくる。
「でも……それを壊したのは、僕だから……」
希朝と希夜に今は言う事が出来ない、壊れてしまった過去の歯車。
優矢が転校……引っ越すことになったのは偶然ではない、自分と関わってしまったからだと、連は知ってしまったのだから。
陰りを見せる連の表情は、月明かりすら照らさない揺れない水面そのものだった。
少し顔を上げると、静かに聞いていた希夜と目が合った。
希夜は聞き込むように、ただ頷いて受け止め、何も言う様子を見せていない。
聞いてくれた希朝に謝ろうとした、その時だった。
「……え?」
不確かにも静かに、希朝の手が優しく連の手の甲に触れていた。
伸ばされた手の先を見ると、柔らかく微笑む希朝の姿が視界に映りこんでくる。
そしてまた、希朝よりも細い手が連の拳に触れる。
触れられた手の先を見ると、希夜が温かくピンクの瞳を揺らしていた。
二人はただ微笑んでいるのに、見守ってくれているようだ。
連が今まで否定してきた、支えられることは無いという希望を、彼女たちが知っているかのように。望みを捨てたはずなのに、求めてしまっていたその手を。
「連さんの気持ちがもろく崩れてしまいそうでも、私達は傍にいて支えていますから」
「そうやんね。家族なんだから、不安も、迷いも、吐き出したい時はいつだって吐き出していいやんね。お互いを深く知って、歩んでいくのが家族やんねぇ」
本当は声を出して泣きたかった。
それでも泣かないで居られるのは、こうして支えてくれる希朝と希夜が居るからなのだ。
連はあらためて手に力を入れた。確かな温もりを胸にして、しっかりと歩けるように。
「ありがとう……僕の話を聞いてくれて、ありがとう」
自然とこぼれた感謝は震えていないのに、どこか震えているようだった。
希夜がにやにやしながら手の甲をなぞってくるので、ちょっとしたむず痒さを感じてしまう。
「連にぃ、楽になったそうやんねぇ」
「うん。おかげさまで」
「話を聞いてみて良かったです。……スマホが……失礼しますね」
連の感情にじんわりと火が灯った時、テーブルに置かれていた希朝のスマホが鳴った。
希朝が画面を見るなり、一瞬だけ表情を曇らせた気がした。
「……連さん、急で申し訳ないのですが……明日、私が指定する時間に一人で、買い出しに出ていただいてもよろしいですか?」
「構わないけど……なにかあったの?」
きっとスマホに届いた通知が原因かと思って聞いてみたのだが、希朝は自然を装った様子で首を横に振っている。
指定する時間……まるで連を家から遠ざけたい、そう言わんばかりの言いぐさに、連は不安が募りそうだった。
希朝を信じ切れないわけではない。ただ、隠しごとを連もよくするが、隠し事をされて行動されるのは怖いのだ。
「……聞いてもいい?」
「はい。困らない程度であれば」
「僕にとって、悪い事になる?」
「……そうさせないため、としか言えないです」
「連にぃ、希朝ねぇはうちが見てるやんねぇ。だから、たまには一人になる時間があると思えばいいやんねぇ」
分かった、と連は返したが心残りはあるままだ。
その後、いつもの光景が流れる時を過ごしたが、連の不安は止まらないままだった。




