45 限られた時間の中でのキセキ
電車から降りて辿る帰り道。歩んだ時とは違って、金色に焼ける光が空をオレンジ色に染めている。
歩く道は石音を響かせ、二人だけの音を空間に、空へと響かせていく。
連の歩く隣には希朝が居る。
一人だったあの頃とは違い、繋ごうとすれば届くほどの距離に、自分を手繰り寄せてくれるその手はあった。
手を繋いでいなくとも、明らかに希朝との距離は近くなっている。
人一人分空けて手を繋いでいた最初とは違い、少し手を振れば希朝の手にかすってしまう、それほどまでに近しく届く距離にいるのだから。
(……あの写真……どうしてこうも、胸が締め付けられるの……)
とはいえ連は落ちつかなかった。
落ち着かないのは希朝との距離感ではなく、ぬいぐるみを選んでいる際に見てしまった、希朝のスマホの待ち受け画面に映っていた写真を未だに覚えているからだ。
帰り道くらい、弾む会話で帰りたかった。だが、今の連にその気力は無いに等しい。
ため息をこぼしかけた時、柔らかな声が耳を撫でてくる。
「連さん。今日のデートは楽しかったですか? 私は、凄く楽しかったですよ」
沈みかけていた心を救ってくれたのは、希朝だ。
彼女が隣に居てくれるから一歩ずつ、今もこうして足を止めずに帰路を辿れるのだ。
近くに居るのに、遠く感じる。それでも、希朝は希朝だ。
にっこりと笑みを浮かべる希朝は、心の底から溢れる想いの出し方を伝えているのだろうか。
「……僕も、楽しかった。デート、初めての体験で、希朝さんと二人きりの時間で、色々な希朝さんを見れたから」
「連さん、まるで私ばかりを見ているような言い方ですね」
「……強ち間違いじゃないと思う。だって……気づけば希朝さんを見てるから」
「……気づけば……見て、る……」
ただ気の赴くままの言霊は、希朝には刺激が強かったのだろうか。
壊れたおもちゃのように片言になる希朝に、連はついつい笑みをこぼしていた。
連はふと、自分の手を見ていた。
そしてぎゅっと握り、ゆっくりと、横から降り注ぐ光を浴びせるように伸ばす。
思い返すように、その手にあった温もりを。
「……あの日、希朝さんが手を握ってくれなかったら、きっと今の僕はいなかった」
確かに希朝を見ている。
いつの日か、約束を守ってくれる人だと実感したから。
一人が当たり前だと、そう思っていた幼き日に一つの星が心に降り注いだのだ。
この想いを、どう受け取るかは彼女次第である。だけど、連は嘘をついていない、確かにこの手は彼女が握ってくれたから空白は残っていないのだから。
ふと気づけば、希朝は立ち止まっていた。
連も合わせるように歩幅に合わせて少し下がり、希朝の隣に立った。
立ち止まった希朝を見るように横を向いた時、思わず息を呑み込んだ。
(……綺麗だ)
希朝の方を見れば、夕焼けを背景にして横顔が輝いていた。
差し込む金色の光は希朝の輪郭を誇張し、ピンクの瞳を宝石と錯覚させるほどに煌めかせ、その瞳孔の形すらも直感に訴えかけてくるほどに視線を釘付けにしてくる。
確かに希朝は学校だと誰もが求める『星の子』と呼ばれる美少女だ。
だが今隣に居るのは、自分とデートをしてくれているただ一人の女の子。白いブラウスや水色のフレアスカート、お出かけの為に力を入れてくれた……自分だけが知る、希朝。
これはきっとそんな彼女の顔をしっかりと見なかった、連自身への戒めなのかもしれない。
思い出として残せる……その一ページを自然が用意してくれているようだ。
こんな時に、可愛い、とか小さな言葉一つでも鳴らせたらどれほど良かったのだろうか。
息を呑み込んで言葉が出ないでいると、小さな手のひらがそっと連の手を包み込むように握ってきていた。
ふと意識を戻すと、希朝はこちらを振り向いていた。
柔く吹いた風が、希朝のストレートヘアーを横に揺らしながら光の粒を交わせて輝かせていく。
なびきながらも一本一本が艶やかな黒い髪に、連の方を見る光を帯びた宝石のようなピンクの瞳、優しく包み込む小さな手。その全てに惹かれない理由は、無いに等しいものだ。
「どんなに迷っていても、私が見つけてあげる」
不意に、希朝のその言葉を聞いたのは、初めてではなかった。
過去に聞いた、迷っていた時に聞いた言葉と瓜二つ……過去と今が重なっていく瞬間に、不安だった連の心は密かに揺れている。
心が揺れていた時、連は目を見開いた。
「……えっ?」
暗くなりつつある夕焼けに紛れ、確かに、希朝との顔の距離が縮まっていた。
頬に柔な感触が一つ付けられている。
数秒という感覚が、状況の把握を拒むほどに。
そっと顔が離れると、希朝は自身の耳にかかっていた横髪を片手で軽く避けつつ、夕焼けに負けない程の柔らかな笑みを浮かべている。
「これは私からの――デートに付き合ってくれたお返しです」
辺り一面は夕焼けで染まっているのに、希朝の頬が薄っすらと赤くなっていると理解できてしまう。
連は思わず、残る感触の頬に手を当てていた。
「……急にどうして」
「そういうタイミングだと思ったのですよ……おませさん」
「……子どもじゃない」
「私からすれば、連さんはまだまだ子どもです。でも、決意はきっと大人になってしまった……知っていますよ」
柔く告げられる言葉に、連は恥ずかしくなって目を逸らしていた。
目を逸らしても「ありがとう」となぜか感謝をしていたことに連は気が付いていないのだが。
「あ、あの……」
「どうしました?」
「こうやって聞くのも変だと思うけど……僕は過去に、星宮家と出会ったことがあるの?」
どうして希朝に聞いてしまったのかは連すら分かっていない。
答えを求めているわけではなく、手繰り寄せたかったのかもしれない。
塞ぎこんでしまった記憶が戻ることがなくても、忘れないようにしている記憶だと思ったから。
希朝は微笑みを一つこぼし、自身の唇に指を添えていた。
「どうでしょうね?」
「……変わらないね」
変わらない、が何を意味しているのかは不明だ。
それでも連は可憐な希朝を見て、自身の手を伸ばしていた。
希朝の手を求めるように、一人の寂しさを、止まってしまっていた時間を進ませるように。
希朝の手を握ると、希朝は嬉しいのか微笑むように笑みを宿していた。
「……希朝さん、もしも僕が僕で居られなくなった時……希朝さんはこの手を、握ってくれる?」
「ふふ、そうですね。連さんがお返しをしてくれるのであれば……いえ、私は連さんの手を離しませんよ――もう、二度と」
「……帰ろうか。寒くなる前に……温かいけど」
「その温かさは、陽の光に照らされているからですか? 私は、人肌でとても温かいですよ」
「……僕も」
きっと今日のデートは、希朝と距離を縮める一歩、ほんの一部の人生の断片に過ぎなかっただろう。
それでも連にとって、希朝を知れたのが何によりも嬉しい、心地よい軌跡だ。
辿る帰路、後ろでぼんやりと輝く夕焼けは微笑むように帰り道を照らしてくれるのだった。
手を繋ぐ、そんな二人の幸せな背を。




