43 デートの始まり
ホワイトデー当日。
その日は恵まれていた。
休日――晴天の霹靂とも言えるほどに雲一つない青い空は透き通り、今にでも祝福のベルを鳴らしそうだ。
心地よい日差しが差し込む中、約束通り、連は希朝と共にお昼前から行動していた。
現在、駅を目指して並木道を希朝と横並びで歩いている。
風になびいて揺れる木々は、葉のかすれる音を立てて、付かず離れずの関係をくすくすと笑っているようだ。
「……希朝さん、その服似合ってる。その、希朝さんらしくて、僕は好きだよ」
「に、似合っているでしょうか……連さんが気にしてくれなかったので、てっきり似合っていないかと心配でしたよ」
「ご、ごめん。家だとどうしても、なんというか、話せなかったというか、触れられなくて」
外の空気を吸って、少し歩いたのもあって緊張が多少はほどけている。
希朝を見れば、白を基調としつつも水色のカラーが入っているワンピースが目いっぱいに入り込んできた。
ワンピースというよりかは、白い長袖ブラウスに、水色のフレアスカートを着用しているのもあり、清潔感がありつつも明るめの印象を与えてくる。
寒さも少し和らいだ三月の気候もあって、希朝はデートの為に気合いを入れていたのだろう。
褒められて嬉しいのか、薄っすらと頬を桜色に染める希朝は、服装も相まって愛らしさが溢れ出ているようだ。
並木道の木々の隙間から差し込む木漏れ日も相まって、森の奥にいる小さな妖精と言っても過言では無いだろう。
希朝の可愛らしい一面を横目で見ていてもいいのだが、連はそっと話を変えることにした。見惚れすぎていれば、デートだと言うのに一言も会話を交わさない可能性が出てくるのだから。
「そう言えば、希朝さんが映画を見たいって言いだすのは意外だったかな」
「そうですね。きぃちゃんが、連さんと見るならこの映画はどう、ってオススメされたので見に行ってもいいかと思ったのですよ」
「希夜ちゃんのオススメ映画。……希夜ちゃんは結構映画を見るの?」
「むむっ、せっかくのデートなのに、連さん、きぃちゃんの話になるとすぐ気になりますよね」
ぷくりと頬を膨らませる希朝は、希夜に奪われたくない、という意志表示でもしているのだろうか。
希夜が希朝と二人きりの時間をくれたと考えれば、話題として触れるのも希朝に対して野暮だったのかもしれない。
希夜のことに関しては、居る時間が合えばいつだって聞けるのだから。
連自身、そんな希夜の話をしたら頬を膨らませる希朝、という意外な一面を早々に見られたのは微笑ましいものである。
あまりに希朝がシスコンぶりを発揮することが多々あったので、希夜が居ない場所では独占欲が強いのかもしれない。
希朝のことは知らない面が多いので、今日のデートで希朝の事を多く知りたいのが、連の小さな願いだ。
軽く微笑み「そうだね」と返せば、分かればよろしいのです、と言わんばかりの笑みを希朝は携えていた。
「希朝さんは……デート、楽しみ?」
少し不安な、その言葉を聞いた時だった。
希朝は足を止めたかと思えば、ゆっくりと連の方を向いている。
そして連を全体的に見るように、細い指先は伸ばされていた。
一応デートなのも含めて、連も服装は出来るだけ明るめかつ、スタイリッシュに統一している。
伸びた指先は、連の首の襟を直し、星のブローチの位置を調整している。
希朝は調整を終えてか、少し距離を取って、静かにはにかんだ。
「私の本当の楽しみは、既に始まっているのですよ」
「……そうだったね」
デートは家を出る前、すでに出会った時から始まっていたのだ。
希朝は楽しそうに弾んだ声で、自然な動作で連の手を取っている。
そして連の手よりもひと回りも小さいその手の指先は、絡ませるように指の間を通っていた。
小さな温もりを手のひらに感じた時、連の脳裏にぼんやりと不意に景色が浮かんだ。
(……なんでだろう、凄く、懐かしい……冷たいのに、温かい……)
悲しくないのに、心の奥底から溢れ出そうになっていた。
思い浮かぶは、名を忘れた小さな過去だ。
あの日、幼い頃、迷子になっていた連の手を引く……幼い連と同じ年ごろの少女の姿。
表情はぼんやりとした雲に隠れて思い出せなかったが、今隣に居る希朝と同じように、ストレートヘアーの黒髪の少女。
連自身、曖昧な記憶であり、嘘か真かは不明な記憶だ。
それでもただ、温かいとわかる、きっと欠けてはいけない大事な記憶。
「れん、さん。……連さん、大丈夫ですか? どこか、具合でも悪いのですか?」
「ご、ごめ――」
連がぼんやりとした意識で不意に立ち止まってしまったのもあって、心配そうに希朝は顔をのぞき込んできていた。
謝ろうとすれば、希朝はその口を細い指先でふさいでくる。
「今日は謝るの禁止です。連さんとは、楽しいデートにしたいですから」
「……うん。少し思い出してたみたいで、今は大丈夫」
「もしかして、デートが楽しみであまり眠れなかったのですか?」
「ま、まあ、そんなところ」
「ふふ、連さんも子どもらしいところはあるのですね。デートは始まったばかりですよ」
そう言って手を引いてくる希朝が居るから、連は一歩を踏み出せるのだ。
希朝と二人きりのデート、その想いに胸を躍らせて、二人で目的地に向かっていく。




