41 チョコよりも甘いもの
リビング出禁例が解除されて、連は星宮姉妹と一緒にダイニングテーブルの椅子に座っていた。
夜ご飯は希朝と希夜が手によりをかけて作ってくれたらしく、連は凄く満足して食べ終えたのだ。
食べ終えたと言うのに、この後はバレンタインのチョコをデザートとして食べるタイムとなっている。
連は後々一人で食べてもよかったのだが、希朝と希夜からどうしても食べてみてほしい、とせがまれたのもあってテーブルを囲っているのだ。
テーブルの上には、月のシールがリボンの中央に貼られたラッピング袋に、綺麗にリボンが巻かれて太陽のシールが貼られている梱包箱が置かれ、照明を浴びて今や今やとその時を待っている。
どちらがどちら、と分かるようになっているのは、姉妹ありきと言ったところだろう。
「うーん……どっちから、食べれば」
「希夜ちゃんの方から私はお勧めしますね」
「そうやんねぇ。うちの食べた後に、希朝ねぇの食べた方が連にぃは嬉しいと思うやんねぇ」
そう言ってくる希朝と希夜に、連は静かに頷いた。
ラッピング袋を手に取り、少し不器用に巻かれているリボンをほどいていく。
そして中身が見えるよう軽く袋を開けると、それぞれの形が姿を見せた。
希夜は姉の希朝みたいに器用では無いのだが、チョコの形が割れないように工夫をしていたらしい。
袋の中には、真ん丸のチョコや、半円、半円を削った形……つまり、希夜のアクセントとも言える、月をモチーフにしたチョコを作ったようだ。
そっと三日月の形を、連は一つ手に取った。
「すごい。形もだけど、艶めきがあって、本当に月を手に取ったみたい」
「ほ、褒めてもこれ以上は何も出ないやんねぇ……は、早く食べてほしいやんねぇ……」
希夜は褒められるとは思っていなかったようで、恥ずかしそうに頬を赤くしている。
それでも嬉しそうに笑みを浮かべるのは、料理をあまり褒められたことがなかったのだろうか。
実際、希夜が一人で料理をしているのは見たことがないので、褒められる以前の話の可能性もあるが。
連はそっと、三日月のチョコを口に放り込んだ。
口の中に入れた瞬間、まるで夜の帳が落ちるように優しいチョコの味わいが口の中いっぱいに広がる。
ビターとミルクの風味でありながらも、まったりとしたような口触りは、夜空に輝く星々を見ているようだ。
口の中でしつこく残ることもないとろけ具合に、連はついつい頬に手を当てていた。
「……美味しい」
「よかったやんね」
「……失礼だとはわかってるけど……希夜ちゃんのことだから、てっきり挑戦的なチョコでも作るのかと思ってた」
希夜は姉の希朝に比べてしまえば、間違いなくチャラそうな学生に見えなくもなくもない方だ。
試し感覚で酸っぱいものとかを入れていると思っていたので、まろやかすぎるチョコの味わいに度肝を抜かれたと言い切れる。
希夜は驚いたように目を丸くしていたが、にこにこしながら首を振っていた。
「連にぃ、寧ろうちがチョコを作ると思ってくれていたんやんねぇ」
「手作りじゃなかったの?」
「て、手作りやんねぇ! ……うちだと上手くできないから、希朝ねぇにも協力してもらったんやんねぇ」
「そうだったんだ。すごく美味しかった、希夜ちゃん、ありがとう」
「どういたしましてやんねぇ」
希夜のチョコを全て食べきってもよかったのだが、少しずつ甘いものに慣れていきたいのもあり取っておくことにした。
希夜に断りを入れてから、次に連は希朝から貰った箱を手に取った。
そしてゆっくりと、梱包されている箱に付いているリボンをほどいていく。
希朝は先ほどから静かに見守ってくれている。だが、ほんわかと柔らかな笑みを浮かべており、待っていましたと言わんばかりの花を咲かせていた。
綺麗に梱包されている箱は、希朝の性格がよく出ているだろう。
リボンを解き、梱包を剥がせば、茶色い箱は蓋を開けられるのを待っている。
その蓋に手をかけて、静かに持ち上げた。
箱を開ければ連の目には、きちんとマス分けされて入っているチョコが目に映る。
希朝のチョコは食べやすさを考慮しているのか、真ん丸とした形になっているが、上には太陽や星、月の模様が器用に掘られていた。
「これが、希朝さんのチョコ」
「ど、どうですか?」
「……希朝さんらしいし、すごく美味しそう」
「連さんから褒められるのは、悪くないですね」
希朝が微笑んだのもあり、連はそっと目を逸らした。
希朝からは、どうして目を逸らすのですか、と言いたげな視線が飛んできているが、理由は言わずもがなだろう。
連自身、希朝の事を意識しすぎないようにしているが、どうしても心は揺らいでしまうのだ。
その微笑みは、連だけには深く突き刺さっている。
「……それじゃあ、いただき――」
「ま、待ってください……」
「……えっ?」
一つつまんで食べようと手を伸ばした時、希朝に止められたのもあって、連は驚くしかなかった。
これだけ美味しそうに輝くものを前にしてお預けを受けるというのは、希朝の手料理の虜になっている連からすれば苦に等しいものである。
そんな連の不意を突くように、白く細い指がチョコを一つつまんでいた。
向けられたチョコの先を見ると、こちらを見て緩やかに口角を上げ、煌めくピンクの瞳が柔く向けられている。
「よろしければ、私が食べさせてあげます。……あーん、してください」
白い指先の持つチョコを向けられ、小悪魔の囁きは優しく耳を包んでいた。
連は息を呑み込んだ。
希夜に見られていると理解していながらも、拒めないほどの誘惑がそこにはある。
「……あーん」
「ふふ、はい」
チョコを持った指先が、ゆっくりと口に運ばれてくる。
可憐な微笑みを見たまま、連は口に入れると同時に目を閉じた。
一つ口の中に入れた瞬間、カシャカシャと連打したシャッター音が聞こえたが、聞こえないふりをしておく。きっと、希夜が面白半分、興味深さに撮っているのは明確なのだから。
意識を逸らすように、ゆっくりと口を動かす。
口の中でチョコの風味が溢れ出すように、滑らかな舌触りを伝えてくる。
そっと息を鼻から出そうとすれば、果実のような甘い香りが口中香となってやってきた。
(……これは……!?)
口の中で静かに溶けていたチョコが、しっとりとした感触を教えてきたのだ。
口をもぐもぐと動かせば、チョコの中から溢れ出すように、果物の味がゆっくりとやってくる。
しつこくなく、それでいて独特な風味を持っている果物――リンゴがジャムになってチョコの中に入っていたようだ。
チョコだけの甘さでは口の中がリセットされるはずがないのに、そこへすかさずやってくるリンゴジャムの味わいは、まさに物語を綴る音そのものだ。
口の中に広がる甘さに、連は自然と頬をとろけさせていた。
「……すごく、おいしい」
「お口に合ったようでよかったです。ふふ、見ていればわかりますよ。これを飲んだ後に、もう一つ食べてみてください」
希朝が差し出してきたコップには紅茶が入っている。
紅茶を口にふくめば、チョコの脂分が落とされるようにさっぱりとしていた。
それでいて風味は軽く残っているので、後の味わいにもしっかりと工夫をしていたらしい。
もう一つ食べてみてください、と希朝は言っていたが、連の手で食べさせる気はない様で、既にどうぞと言わんばかりにその指先で構えている。
そしてまた口へと運ばれていく。
連が笑みを浮かべながら食べれば、希朝も嬉しいのか同じく笑みを宿している。
これはきっと、希朝が居なければ知ることのなかった、幸せの形というものだろう。
「今度はいちごの味がする。美味しいよ」
「まだまだありますからね」
「えー、うちも連にぃにたべさせたいやんねぇ……」
「希夜ちゃんには、また後でお願いしても良いかな?」
「仕方ないやんね」
どこか満足気に笑みを浮かべる希夜は、落としどころで納得したのだろう。
そんな希夜を見て微笑んでいる希朝は、相変わらず妹には甘いらしい。しかし、ちゃっかりと連には圧があるような視線を向けてくるので、本心は譲る気がないようだ。
この後、リビングの証明に照らされながら、温かな空模様に揺らされるかのように花が咲き誇っていたのだった。




