40 星宮家のバレンタインデー
「いやー、手伝ってもらってすまないな、連」
「前からだし、気にしないで」
この日、連は学校の帰り道、優矢の手伝いでチョコの箱が入った袋を途中まで持ち帰っている最中だ。
今日という日は、バレンタインデー当日。
無論、連には縁も竹縄も無いわけだが……校内はまさに男祭りがふさわしい、と言わんばかりの熱気を帯びていた。
中高一貫校……否、この学校は教師の心が広いのか、バレンタインデー地帯を緩和して許しているらしい。
そして今まさに、優矢は勝者と言わんばかりの義理チョコから本命チョコを大量に貰っていたわけだが。
優矢の人徳は今に始まったことでは無いので、この季節が来ると優矢は大変だな、と思うのが連の内心の本音である。
尚、当の本人はメロンパンのチョコチップ入りを所望していたのだとか。
「この量、食べきれるの?」
「ああ、食べきれるさ。俺の歩く筋肉の噂は、鋼とチョコ……メロンパンで出来ているからな」
「歩く、筋肉は健在なんだね」
少し引き気味になってしまったが、仕方ないだろう。
実際、優矢は結構な筋肉質で、高校生の割にはマッチョマンに近い。
うちに秘めたる筋肉は誰の為かは不明だが、彼が悪い事に使うのはないだろう。
優矢は沢山の箱が入った袋を両腕に抱え、意気揚々と嬉しそうに鼻を鳴らしている。
連自身、彼が嬉しそうにしているのを見るのは嫌では無いので、バレンタインデーはこういう意味でも楽しみにしていた節はある。
静かに鼻で笑うと、優矢は思い出したようにこちらを見てきた。
「そういやさ、星の子にチョコを求めて挑んだ結果、塵の山が積もった伝説は知ってるか?」
「……えっと、当日より前にあった出来事だよね?」
どうやら、男祭りは団体を組み、希朝と希夜に突撃したらしい。
そして潔く丁重にお断りされたのもあって、廊下のあちらこちらで屍の山が出来上がったのだとか。
連としては、なぜこのタイミングで優矢が聞いてきたか、という事が不安ではある。
案の定、優矢は含みを込めた眼を向けてきていた。
「で、連さんや。貰う予定はあるのか?」
「……知らない」
連自身、バレンタイン以前に、希朝から頬にキスをされたのもあり……その温もりが離れないのもあって、動揺から気が気では無いのだが。
この返答が不味かった、と連が思った時には既に遅かった。
「誰から、とも言っていないのに知らないか。成長したんだな、連」
「……」
「ちょっ、や、やめろぉお!? 俺が悪かった、悪かったからさぁあ!?」
どうして優矢がまるで親のように振舞うのかは不明だが、連は誤魔化し気味に肘を優矢の横腹に入れ込んだのだった。
家に帰り、しばらくすれば空は黄金色の光を差し込ませている。
そんな夕方、連は和室のテーブルでノートを開いていた。
リビングに行こうとしたのだが、急遽リビング出禁例が出てしまったのもあり、自室に戻る気にもなれなかったので和室で勉強をしているのだ。
ノートにペンを走らせていると、静かに縁側の障子が開いた。
「あっ、希夜ちゃん? どうしたの?」
「……れ、連にぃ……んっ……」
希夜は和室にやってくる早々、黄金色の光に負けないほど、頬を赤くしていた。
一瞬熱でもあるのではないか、と心配したのだがそうではないようだ。
希夜が距離を自然と詰めてきたかと思えば、後ろに隠していた手を前に出してきた。
その手に持っている物を見て、連は思わず希夜の顔を恐ろしく早いほどに二度見してしまう。
希夜に差し出されたもの……リボンの巻かれたラッピング袋を見て、困惑しない理由は無いだろう。
「これは」
「バレンタインデーだから……連にぃに日頃お世話になっているお礼やんねぇ。その、受け取って、くれる?」
「うん。希夜ちゃん、ありがとう」
照れている希夜から受け取れば、その表情には夕焼けにも負けない花が咲いていた。
煌めくピンクの瞳は、跳ねるように柔く光の玉が揺れている。
ふと気づけば、希夜はちゃっかりと隣に座ってきた。
希夜の近い距離感には未だに困惑気味だが、こうして希夜の方から距離を詰めてきてくれるから、連も心を穏やかにしていられるのだ。
「中身はうちの手作りチョコが入ってるやんねぇ」
「希夜ちゃんの手作りチョコ……楽しみだよ」
連は正直、引き気味に苦笑するしかなかった。
渡されたものにとやかく言う気はないが、希夜の手作りともなると多少は覚悟が要るのだから。
その時、もう一人来客者は居たようだ。
「希夜ちゃんに先を越されちゃいましたね」
「希朝さん」
縁側に立っている希朝を見た。
その顔を見るだけで、夕焼けに照らされる表情は、あの時の光景を焼きつけるように思い出させてくる。
気を回しすぎなのは理解しているが、気になっている子にキスを頬にされたのだから、数日で忘れられないのは仕方ないだろう。
そんな連の動揺を他所に、希朝はゆっくりと近づいてきた。
足音が近くで止まると、カサリと音を立てて手頃のサイズの紙袋が前に差し出される。
「……」
「え、えっと……?」
袋を差し出してきた希朝は、完全に連を視界に入れないとばかりに顔を斜め下に向けている。
また手が軽く震えており、明らかに見て取れる希朝の新鮮な姿に、連は不思議でしかなかった。
希朝から無言で差し出されているのもあって、余計に連は困惑するしかないのだ。
数秒、連の体感にして数分が過ぎた時、乾いた笑いが隣から聞こえてくる。
「希朝ねぇ、異性に行事でチョコをあげたことがないから恥ずかしいやんねぇ」
「き、希夜ちゃん!」
どうやら希朝は、バレンタインデーのプレゼントを用意してくれていたらしい。
希夜に茶化されたのもあってか、希朝は頬を赤くして、少し希夜にお灸を据えていた。
希朝が改めて連の方を振り向いた時、溶けこむように差し込んできた夕日が希朝を照らし、その微笑みを黄金空よりも眩しく、愛らしく見せてくる。
白い頬が薄っすらと赤く染まっているのもあり、希朝に元々ある自然の笑みが満面に咲き誇っているようだ。
「連さん……連くんに、日頃の感謝を込めて。私からの、バレンタインデーです」
「……ありがとう、希朝さん。大事にいただくよ」
感謝して希朝から受け取れば、小さな拍手が空間に鳴り響いたのだ。




