38 食卓を家族で囲む幸せ
リビングの窓から見える空は月明かりを差し込ませている。
せかせかとお皿に料理を盛っては、出来たものから順にダイニングテーブルに並べられていく。
連がお皿を運んでいた、その時だった。
「……あっ、希夜ちゃん、起きたんだね」
「……うん……あっ」
希夜はいつの間にか起きていたようだ。物音を立てずにリビングに入ってきては、驚いたように目を丸くしていた。
その視線の先、ダイニングテーブルという名の食卓を囲むべく場所を瞳は映している。
食卓には、希夜の大好きなおにぎりは当然だが……卵焼きに焼き鮭、春巻きにサラダ、特製スープといった栄養のバランスを考えた食事が置かれていた。
あの後に連は希朝と相談しつつ、希夜が好きなものをベースに用意をしたのだ。
希夜の好きなものだけを用意してもよかったのだが、彼女自身が偏食家なのもあって、お弁当は何を好んで食べていたのかを踏まえた上で、希朝と一緒に連は精一杯用意したのである。
連自身、誰かのために、他人のために何かをする、というのは星宮家に来てから後悔の無いようにできるようになっていた。だからこそ、希夜と仲直りしたい想いも含めて、こうして食卓を囲むために腕を振舞ったのだ。
一通り見終えたらしい希夜はどこかもじもじとしており、軽く様子を窺ってきている。
明らかに距離感が垣間見えているだけでなく、先の件も含めて気まずいのは間違いないだろう。
実際、希夜は手をグッパーして落ちつけようとしているのか、行動に落ちつきが見えないのだから。
連としても、希夜とは食卓を囲む前にはしっかりと仲直りをしたい。
だがお皿を持った手が、希夜の距離感が、踏み出す足に力を入れさせてくれないのだ。
「連さん、後の準備は私がしますので……そのゴミ、捨てておいてください」
「……希朝さん。……うん、ありがとう」
横から手を添えるようにして連が持っていたお皿を、希朝は預かりつつも背をゆっくりと押してきた。
その後押しは、連の動かなかった足に一歩を踏み出す力をくれたのだ。
連は息を吸って、そっと希夜の方へと足を進める。
希夜が少し戸惑った様子を見せているので、そっと笑みを返しておく。
笑みを返すのは、連が星宮姉妹から貰った感情だからなのかもしれない。
連自身、どうしてそうしたのか理解できていない。だが、希夜にされたことを自然と返していると、直感は理解していた。
「希夜ちゃん……自分勝手なのは承知だけど、しっかりと話が出来なくて……希夜ちゃんに不安な想いをさせてごめんなさい」
「……連、にぃ、どうして頭を下げるんやんねぇ……」
初めてだった。
希夜が怯えたように、それでいて戸惑ったようにやんわりとした声色を口にするのは。
連は深く頭を下げつつも、覚悟を決めていた。
エゴだと知っていながらも――家族だから。
今の連を形づけてくれたのは他でもなく、希朝と希夜なので、どうしても連は謝りたかったのだ。
謝ったところで、希夜が不思議がっていたこと、謎に思っていたことを口にする訳でもない。それでも、矛や武を収めて、知恵を持った話し合いこそが家族としての、星宮家としての在り方だと連は知ったのだ。
ゆっくりと頭を上げると、希夜が両手を自身の胸元に寄せていた。
そのピンクの瞳は確かに、この事態を起こした連を心配している、と伝えてくるようだ。
「僕自身の想いもあるけどね……過去も含めて、今は希夜ちゃんが知りたがってたあの件は話せない。でも、希朝さんにもだけど……絶対に話すから、今は待っててほしいんだ」
「……連にぃの使ってた柔術は、なにか深い理由があるんやんね」
「うん。言い訳かも知れないけど、希朝さんや希夜ちゃんを心配させたくないから、僕の手でしっかりと過去を清算させてほしい」
希夜がどこまで希朝に聞いているかは不明だ。
不明であっても、連は連であるために、今を踏み出すと決めている。
彼女たちを巻き込まないように、天夜家としての責務の戒めから解放されるためにも。
ふと気づけば、希夜はピンクの瞳をうるりとさせていた。
時間が止まるような中、ショートの白髪はふわりと下に向いている。
「うちも……何も知らずに、自分勝手に聞き出そうとして、ごめんなさい」
「希夜ちゃん……僕も、ごめんなさい」
二人で頭を下げていた。
頭を上げると、ただ笑みを浮かべる希夜の姿が見える。
この笑顔の意味が理解できなくとも、この笑みを守れるように役目を果たすべきだろう。
「えへへ、お兄ちゃん」
と愛しさを感じさせる希夜は、小さな小悪魔だろう。
連が少し鼻で笑った時、咳払いが一つ聞こえた。
「希夜ちゃん、連さん、そろそろいいですか? 冷めないうちに、食卓を三人で囲みましょう」
「うん」
「はーいやんねぇ」
対面に希朝と希夜を前にして、連は席に着いた。
今では定位置となったこの席も、希朝と希夜が家族としての食卓を分け隔てなく伝えてくれたからだ。
沢山の料理が並んだテーブルを三人で囲み、手を合わせ「いただきます」と食に感謝を告げる。
食に感謝を告げるのは、命を繋ぐ箱舟なのもあるが……家族の食卓を囲む時間を分けてくれたことへの感謝もあるのだろう。
ふと気づけば、希夜は相変わらず偏食家のようで、美味しそうにおにぎりを口いっぱいに頬張っている。
希朝も希朝で、連が気合いを入れて作った料理を美味しそうに食べているので、この食卓ではたくさんの花が清らかに輝いているようだ。
そんな見ている連も、希朝がじっくりと作っていたスープを口にして、ついつい頬を緩める。
会話を交わさないで食べ進めていると、希朝は口を開いた。
「この星宮家のここにいる三人は、私以外は血族としては繋がりの無い者ですが……こうして仲良く食べられる家族になれたのは幸せですよ」
(……血族としては繋がりのない?)
疑問に思うことをサラッと口にした希朝だが、彼女は気にした様子を見せていない。
希朝にも、というより希朝と希夜の間でも隠し事はあるのだろう。
実際、希朝は希夜について、深く干渉しないなど、濁していることが多々あるのだから。
連としては、そのおかげで納得できている節もある。
ふと気づけば、希朝は美味しそうにおにぎりを食べている希夜を見て、そっと笑みを宿していた。
「私ときぃちゃんは血が繋がっていませんが、血は繋がっているのですよ」
「……繋がっていないのに、繋がっている?」
「連にぃ、お兄ちゃんの婿入りは希朝ねぇに対してだから、うちは邪魔しないから安心してやんねぇ」
「えっと、多分そういう意味じゃないと思うんだけど?」
ニコニコしながら希夜が言うので、連は苦笑するしかなかった。
「同じ屋根の下で食卓を囲むのは、家族として、共に食事を囲み、笑顔で食べて、話の出来る場所なのでいいですよね」
「……うん、今なら分かる気がする」
過去の自分なら、きっと理解を拒んだだろう。
一人で食べるのが普通だと、そう思っていたあの頃なら。
家族が苦手だった連は、静かに少しずつ変わっている。
「……きぃちゃんと連さんが仲直りして、食卓を囲めるのが私は嬉しいです」
希朝が笑顔で言ってくるので、むず痒さを感じてしまう。
希朝の笑顔に弱いわけでは無いのだが、彼女の自然の笑みは連を射止めるには十分の破壊力をもっているのだ。
学校では絶対に見せる事がないであろう、その笑みだから。
気恥ずかしくなった連は、そっと卵焼きを口に放り込んだ。
その時、春巻きを掴んだ箸が連の方に向けられていた。
「連にぃ、仲直りの印やんねぇ。あーん、してやんねぇ」
「なっ、希夜ちゃん、それは駄目です……! 私が連さんにはあーんさせますので」
「ううぅ……希朝ねぇだけズルいやんねぇ! うちも連にぃに食べさせたいやんねぇ」
「いくら可愛い妹の頼みでありましても、そこは譲れません!」
「ま、まあ、二人共、そんなに喧嘩しないで……ね?」
「喧嘩はしていませんよ。連さんは、私から焼き鮭を食べさせてもらう方が幸せですよね?」
「連にぃ、うちからたまにはあーんをされたいやんね?」
「……えっと……その……二人から食べさせてもらえるのは、幸せだよ」
どこで発火するのか分からない姉妹の気持ちを、連は素直に受け取るしかなかった。
そんな騒がしい食卓であるが……家族としての一歩は静かに進んでいるようで、心が喜びを覚えているからだろう。




