33 初日の出よりも先に昇るは甘き夢
年明け後の日が昇らない時間。
連は希朝と希夜と一緒に、河川敷に来ていた。
少し早めの時間であるにも関わらず、年越し前から出ていたであろう屋台や、初詣を見に来たであろう人だかりがある。
「きぃちゃん、暗いから連さんの近くから離れては駄目ですよ」
「分かってるやんねぇ。うち、二人の手は離さないようにしてるやんねぇ」
「希夜ちゃん、寒くはない?」
年が明けて太陽の出ていない時間なのもあるが、外にはひんやりとした空気が漂っている。
肌を撫でる風は、きっと一人だったら心に響くほど冷たかっただろう。
それでも今は希夜が間で二人の手を引くように手を繋いでいるからこそ、間接的にも繋がっている気持ちが心を温めているのかもしれない。
希朝と希夜はお揃いのコートコーデをしているので、周りからは一目置く存在となっている。
モフモフの毛が袖に付いたコートなのと、希朝と希夜が外でも変わらずの美少女なのもあってか、周りからはちょくちょく視線が飛んできていた。
シンボルとも言える希朝の太陽の髪飾りと、希夜の月の髪飾りが暗い中でも星のよう小さく輝くので、見失うことは無いだろう。
二人は何を着ても似合うのはあるが、連としては同じ学校の生徒に見られないかという心配もある。
希朝曰く、心配は要らない、と言っていたので連はその言葉を信じているのだが。
それに連自身、二人と比べれば見劣りはするが、無難に一緒だと思わせられるコートを希朝から変装と称して着せられたのだから。
空いていた手で身に着けていた星のブローチを握った時、希夜が手を引いてきた。
「希朝ねぇ、連にぃ、うち屋台のある場所に下りてみたいやんねぇ」
まるで本当の妹のように無邪気な希夜に、連はついつい頬を緩ませていた。
「希朝さんはどうする?」
「きぃちゃんのお願いですし、良いと思いますよ」
「……そうだね。寒いから、よかったら温かい飲み物とか屋台で買ってみようか」
「連さん、さり気ない気遣いは上手ですよね」
「連にぃはいつも優しいやんね」
少しの恥ずかしさにそっぽを向いて、河川時のグラウンドへと三人で降りるのだった。
飲み物を買ってから、三人で人気のない場所で佇んでいる。
光が差し込んでいるとはいえ、希朝と希夜の安全を考えれば、人混みは出来る限り避けて問題はないだろう。
いざとなれば、連が二人を守り抜く意志を持っている。
「冷えた体に効くやんねぇ」
「きぃちゃん、まだまだ若いのに」
紙コップに口を付けて息を吐く希夜に、希朝は微笑んでいた。
希夜が屋台でおしるこを選んだのは、連としては印象通りと言える。
どちらかと言えば、希朝がコンポタージュを選んだことの方が予想外で驚きはあるのだが。
希朝は何かと鍋系が好きなので、その関連で選んだのだろうか。
連は微笑ましい二人を横目で見つつ、紙コップに入っている温かいお茶を少し啜った。
「……えっと、希朝さん、どうかした?」
お茶を飲んでいれば、希朝がじっと見てきていることに気がついた。
視線は明らかに連に向けられているが、お互いの紙コップを往復して見ているのも一目瞭然だ。
「その……れ、連さんが飲んでいるそちらのを……の、飲ませていただいてもいいですか?」
「別に、いいけど……?
希朝が頬に薄っすらと赤み帯びた化粧をしながら、上目遣いで顔色を窺ってくる。
連としては、飲みたいのであれば普通に渡すのだが、どうも希朝の様子が不自然なのもあって思わず首をかしげていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。……その間、連さんが寒くなりますし、私のをどうぞ」
「あ、ありがとう」
紙コップをお互いに交換した時、なぜか希夜がニマニマと見てきていた。
そっと視線を希夜に落とせば、わざとらしく自身のおしるこを飲んでいるので、ただ見ていただけなのだろう。
連は希朝が戸惑いつつもお茶に口を付けたのを見てから、連も渡されたコンポタージュを口に運ぶ。
(……すごい、まろやか)
とはいえ、希朝の手料理を食べなれていると物足りなさを感じてしまうが、外で飲むコンポタージュも格別だ。
口を離せば、丁度飲んでいた希朝と目が合った。
その瞬間、希朝の頬は沸騰するように赤くなっていき、見ている連の方が困惑してしまう。
「の、希朝さん、どうかした? もしかして、お茶が冷たくなってたとか?」
「れ、連さんはどうして気付かないのですか……うぅ……」
希朝が紙コップを見せるように前に出してきたが、ただ湯気が漂っている。
またコップの縁に、薄っすらと桃色の口跡があるくらいだ。
気づかないの、と言われたところで、連はただ交換して飲んでいただけに過ぎない。
「年明け早々間接キス……おしるこよりも二人は甘すぎるやんねぇ」
「関節、キス……あっ……」
希夜がニヤつきながら言ってきたのもあり、連は思わず視線を紙コップに戻した。
気にせず口にしていたが、連が口を付けた箇所には薄っすらと、桃色の口跡が残っている。
希夜の言う通り、気づかぬ間に間接キスをしていたようだ。
希朝との間接キスは前にもしたことはあるが、外で気づかずにしてしまったのもあって、両頬が自然と熱くなっていた。
「れ、連さん……鈍感すぎです……」
「ご、ごめん。嫌、だったよね?」
「い、嫌だったら交換なんてしていませんよ……ただ」
「ただ?」
「連さんと同じ味を共有したかったのですよ」
恥ずかしそうにもやんわりと笑みを浮かべる希朝は、きっと連に今の時間を伝えたかったのだろう。
一人であれば気づけない、その時間の意味する共有を。
「うん。すごく美味しい」
「良かったです。それ、連さんに差しあげます」
「ありがとう。それじゃあ、僕はそのお茶を希朝さんにあげるよ」
「ありがとうございます」
「……僕にとっての初詣は、既に昇っていたみたいだね」
「初詣! 連にぃ、希朝ねぇ、初日の出昇る前に、上に戻ろうやんねぇ」
おしるこを慌てたように口にした希夜は、急かすように手を引いてきた。
連は希朝と顔を見合わせてから、残りを飲み干すのだ。
初詣を見た後、連は希夜をおんぶして、希朝の歩幅に合わせて帰路を辿っていた。
「希夜ちゃん、また寝ちゃったね」
「きぃちゃんは生活サイクルが常人とは違いますから、仕方ありませんよ」
日が姿を見せた時、希夜はまだ眠かったのかうとうとしていたのだ。
帰り間際に、連は希夜を安心させるように抱え上げてから、おんぶをする今に至っている。
希夜が相変わらず軽いのと、耳の傍で小さな寝息が聞こえてくるので、妹が近い距離にいると理解させてくるようだ。
帰路を辿る河川敷の通り道は、希夜と朝のランニングで通った道なのもあって、どこか懐かしさを感じさせてくる。
希夜の寝顔を見て微笑む希朝を横目で見た時、連はふとあることを思い出した。
「そういえば、希朝さん、何を祈っていたの?」
神社やお寺で祈りを捧げるのは理解出来るが、希朝は初日の出が昇った時、両手を合わせて目をつむっていたのだ。
そんな希朝を見て、連もついつい真似してしまったのだが。
希朝は驚いたように目を丸くしていたが、自然とそれは笑みへと変わっていた。
そんな笑みに呼応するように、横から差し込む白銀の線は希朝の輪郭を強調し、煌めくように映している。
横顔が愛らしい、眩しいと思えるほどに。
「……家族の幸せを祈っていました。もちろん、連さんも例外ではなく、家族としてですよ」
「……希朝さん」
そっと前に出て振り向きながら言う希朝は、きっと支えてくれていたのだろう。
家族として、と堂々と言われたのもあってむず痒さはあるものの、悪い気はしなかった。
希朝とは家族になりたいと、壊れた心はどこか望んでいるのだから。
連にとっての太陽と月は、陰ながら見守っているようだ。
「連さん、一緒に初日の出を見られて嬉しかったです」
「希朝さん、僕も嬉しかったよ。希朝さんと、希夜ちゃんの隣で見られて」
近づいてきた希朝は連の手を取り、隣でちゃっかりと繋いでいる。
本物の家族のように帰路を辿る三人の姿を、照らす太陽は行く先を見守っているようだった。




