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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第一章

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31 星の子は初夢を共に見たい

 たまには家族らしく三人で寝てみても。遭遇してしまった局面に、連は戸惑いを隠せなかった。

 確かに連は養子で星宮家に入り、今や家族同然だろう。

 それでも姉妹との距離は付かず離れずで、一緒に寝るそぶりは今まで一度もなかった。


 希夜ならともかく、希朝から言われたのが余計に連の思考を鈍らせているのだ。


(僕が、家族のように……)


 連自身、今でも家族としての意味では吐き気がある。

 傷ついたフリをしているわけでも無く、本当に家族としての記録が無いに等しいほど、連の元家族は無情だった。

 物心つく前から、一人、暗い部屋で眠るのは当然。助けを求めても、両親に見てもらえるように手を伸ばしても、この手を握ってくれることは無かった。


 そんな過去があったとしても、今の連は過去の家族関係を割り切りつつあり、希朝と希夜を本当の家族として見ることが出来るようになっている。


 膝の上でウトウトと眠っている希夜を見てから、連はもう一度希朝を見た。


「その、一緒に寝るとして、どこで寝るつもり?」


 希朝と希夜に手を出さない覚悟を持ったうえで聞いているので、精神的な面では鍛えられる方だろう。

 希朝は意見が通されると思っていなかったのか、白い頬に薄っすらと赤いお化粧をしている。

 それでも視線を逸らさない上目遣いは、連の目に確かな美少女として映っていた。


「ほ、本当に一緒に……」

「えっと……無理じゃなくていいし、希朝さ――いや、僕も少しだけ、家族の意味を知っておきたかったから」


 希朝さんが、と言いかけた言葉を咄嗟に飲み込んでいた。

 ここで希朝が言ったから便乗したとなれば、きっと自分の意思はないも同然だと察したからだ。

 家族の意味、と言ってしまえば少し聞こえはいいが、エゴである事に変わりはない。

 希朝は連の答えを聞いてなのか、強張っていた表情をやんわりとさせていた。


「連さんは、希夜ちゃんが言うように本当にお優しいですね」

「……別に、優しいわけじゃないよ」

「卑下はよくありません。えっと……一緒に寝るとなればですね、和室か連さんの部屋を考えていました」


 和室であれば、テーブルを避ければ三人で眠れるほどの空間を確保できるだろう。

 希朝がもう一つの案で連の部屋を所望したのは、部屋に物があまり置かれていないから、ということなのかもしれない。

 実際、希朝や希夜から、少しくらい自分らしいものを増やしてみたら、と助言をもらっている程に家具は未だに増えていない。


 男の部屋で寝かせるものどうかと連は思ったので、和室と言おうとした時だった。


「うーん……れんにぃの、おへやぁ……」

「きぃちゃんもそう言ってますし、連さんのお部屋にしましょうか」

「……狸?」

「きぃちゃんは訳あって寝ている時も多少は起きてるので、反射的ですよ」

「……都合がいいね」


 防犯的な面で希夜は問題ないだろう。

 連からすれば、色々と動揺している希朝がどうなるか心配なのだが。


「わかった、それじゃあ行こうか」

「私はお布団を持っていきますので、先に行っててください」


 連は頷いてから、希夜を起こさないように、膝の裏と背に腕を回してゆっくりと持ち上げた。


(……希朝さんと希夜ちゃんを知る、いい機会だよね)


 持ち上げた希夜はまるで綿毛のように軽く、腕力が無い連でも軽々と持ち上がってしまう。

 希夜は何かと食べている方だが、本当に食べているのかと心配になってしまうほどだ。


 どちらかと言えば希朝の方が華奢なので、姉妹揃って体型の維持をしているのだろう。

 困難であると思うのに、二人を後押しする気持ちが何かは不明だが、確かに咲かせたいものがあるのだろうか。


 連としては、体調を崩さない程度にしてもらえれば何も言う気はない。心配をして下手に声をかけたところで、決めた志なら崩れる筈が無いのだから。


 連は部屋に付き、希夜をとりあえずベッドの上に寝かせた。

 希夜は安心しているのか、心地よさそうに眠りについたままだ。


 無邪気な希夜が居るからこそ、今の希朝との関係も上手く保てているのか、それとも別の何かが繋いでくれているのか。それは、連にも分からないままだ。


 少し落ち着いていれば、開けていたドアから希朝が入ってきた。


「お布団はここに敷いておきますね」

「えっと、僕が床で寝るから、希朝さんはよかったら希夜ちゃんの隣で寝てあげて」


 連のベッドは少し大きめなので、希夜が寝ていたところで、希朝の華奢な体型なら楽々眠れるだろう。

 どちらかと言えば、希朝が床で寝て風邪を引いても困るので、できればベッドの上で寝てほしいのが本音だ。

 連自身、床で眠るのは慣れているからこそ、都合の良い賭けだと判断している。


「そうですね。きぃちゃんに手を出されても困りますし、そうさせていただきますね」

「絶対に手は出さないよ。……そう思われていたなら、少しだけ傷つくかも……」

「思っていませんよ。連さんが気遣ってくれているのは、私が誰よりも知っていますから」


 希朝はそう言って、ベッドの縁に腰をかけていた。

 寝間着が白いネグリジェなのもあって、小さな天使が舞い降りたと錯覚してしまいそうになる。

 照明を反射する白い布地に、アクセント程度に付いたフリルは、希朝の優しさある雰囲気を更に引き立てているようだ。


 最近は希夜にかかりきりだったが、連の本命は以前と変わらず希朝のままである。だからこそ、希夜の寝ている今という時間が、希朝を少しでも目に見て収める機会だと悟ったのかもしれない。


 希朝が華奢なのと、ネグリジェの質感も踏まえ、少し前屈みになるだけでも見えてしまいそうになる首元の作りは心臓に悪いものだろう。


 希朝は出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる整った体型なので、あまり直視しないようにしていたのが仇となっている。

 希夜の成長のほとんどを、希朝が引き継いだのかと疑問になるほどだ。


 ふと気づけば、希朝は指を口元に当て、微笑みを宿していた。

 誘惑とも取れる微笑みは、心臓に悪い他ない。


 直視しないようにして横になろうとした時、呟くように声が聞こえた。


「……連さん、本当は私……寂しがり屋なんですよ」


 まるで甘えるようにとろけた声。

 いつもの希朝からは聞くことのない、耳を柔く包み込むような、温かくも穏やかな声色。

 希朝がなぜ今になって秘密を開示したのか、連は理解しきれなかった。

 それでも理解できるのは、自分が自分の事を話さないからこそ、希朝の方から距離を詰めてきた可能性だ。


 連はふとベッドの方を向いた。

 希朝は床に近い方で横になっており、眠気眼のとろけた表情でこちらを見てきている。

 そんな希朝の表情に釣られるように、膝立ちをして近づいていた。


(……息が、あつい)


 希朝を覗き込んだ瞬間、息を呑み込んだ。

 希朝はとろけるような笑みを浮かべて、潤んだピンクの瞳で優しく微笑みかけてきたのだから。


「……ちょっと、だけ」

「えへへ、連さん、意地悪ですね。……電気を消せば、唇、奪えますよ」

「……か、からかわないでよ」


 眠気に負けた希朝は危険だろう。

 希朝の頬を軽くつっついた連にも問題はあるが、それ以上に希朝が小悪魔だったのだから。

 もっちりとしていた希朝の頬の感触をもう少し味わっていたかったが、連はそっと指を離した。

 名残惜しそうに見てくる希朝は、されて嫌じゃなかったのだろうか。

 連自身、未だに希朝との距離間は掴めきれずにいる。


 電気を消せば更にその先、という謎の誘惑をされたが、連にそこまでの度胸があるはずもなく。

 願うのなら、本当の意味で家族を知ってから、希朝との関係をしっかりと築けたときにでも、と連はこっそりと考えているのだから。


 唇を奪うだけなら簡単かもしれない。だが、他者との関係を疎かにしていた連にとっては荷が重いのも事実なのだ。


「うぅぅん……お姉ちゃんだけズルいぃ……むにゃぁ……」

「び、びっくりした……」

「ふふ。きぃちゃん、心地よさそうに眠っていますね。私も少し驚きました」


 希夜の寝言には困ったものだが、子どもに偶然見られる時もこんな感じなのだろうか。

 気づけば希朝と顔を見合わせて、微笑みをこぼしていた。


 話もほどほどにして寝ようとした時、引っ張られた感覚があった。


「希朝さん?」

「……連さん、初夢は良い夢をみたいですね」

「うん。できれば……希朝さんや希夜ちゃんと夢でも会いたいかな」

「か、簡単に言わないでください……わ、私も同じくみたいですけど……」


 希朝はそう言って、自身の頭に連の手を乗せてきた。

 手の平から感じさせてくる希朝の髪の感触に、心臓は静かに鼓動を増している。

 希朝は人目につかないところで甘えたいのだろうか。

 ネグリジェ姿でとろけたように目を細められているのもあって、凝視してしまうのが申し訳なくなるほどだ。


 そっと頭を撫でれば、ふにゃりと頬を緩めるので、連はついつい笑みをこぼしていた。

 希朝が満足した様子を見せてから、そっと手を離す。


「あれだよね? 明日、という今日は初日の出を見に行くんだよね?」

「そうですね」

「起きられなくなっても困るし、寝ようか」

「ええ。……連さん、おやすみなさい」

「うん……希朝さん、おやすみ。……電気、消すね」


 希朝が頷いたのを見てから、連は横になりながら電気を消した。

 たった一つの部屋に、三人で寝ているのに、どこか気持ちは軽さを感じさせてくるようだ。

 小さな鼻歌の子守唄を小耳にはさみながら、連は重たくなってきた瞼を閉じるのだった。

 一人だと覚える筈のない、幸せの声を耳に残しながら。

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