30 年明けは願いと願いが重なるもの
クリスマスが過ぎれば、時というのはあっという間に過ぎ去っていく。
世間のムードは落ちつきの色を見せ、次の年に備えている。
時は流れるまま、日は大晦日当日を迎えていた。
連は朝からキッチンに立っては蒸し器を使ったり、鍋を使ったりと忙しい作業に追われている。
「連にぃ、ほんとうに何でもできるんやんねぇ……」
「はあ、希夜ちゃんも少しくらいは精進するのですよ。あれほどできなくても大丈夫ですが」
「……なんで少し引かれてるの?」
年明けに食べたい、と二人が言った物でできるおせち風料理を作っていたのだが、会話をしていた希朝と希夜を見れば苦笑混じりの表情をしていたのだ。
とはいえ、希朝は手伝ってくれているので、恐らく希夜に合わせたのだろう。
希夜が料理を一人で作っているのは見たことが無いので、作っていない人からすれば物珍しいのかもしれない。
「仕方ないですよ。……連さんのおかげで、大掃除の手間が省けたのは助かりました」
「……家族になったわけだし、少しくらいは役に立ちたいから……」
「うじうじしていますね。いつになったら、そのゴミは捨てられるのですかねぇ」
希朝は静かに鍋の蓋を閉じていた。
大掃除に関しては話にもあったとおり、普段から当番制で欠かさず回しているのもあり、細かな掃除を必要としなかったのが大きかったのだ。
おかげで普段は出来ない棚の裏や高いところがメインだったのもあり、希朝や希夜よりも存分に力を使えたのだから。
とはいえ、ちょっとした迷いある心は見逃してもらえなかったようで、希朝からは呆れた視線をもらっている。
苦笑していると、静かに蒸し器が湯気を立てて鳴いた。
「あっ、これはできたみたいだね」
「逸らしましたね」
「……希夜ちゃん、出来立て食べてみる?」
蒸し器で作っていた蓋を開ければ、中には食欲をそそる色合いと艶に包まれたお饅頭が数個ほど入っている。
希夜がお饅頭を好きだと言ったので、蒸し器で手作りしてみたのだ。
おせちにお饅頭はどうなのかと悩みはしたが、できるだけ家族の願いを叶えてみたいものだろう。
(希夜ちゃん、食べてみたかったんだ)
味の調整も兼ねて希夜に試食を聞いてみれば、無邪気に瞳を輝かせてワクワクした様子で見てきた。
食べてみたい、という表情からも理解出来る意思表示は、希夜の素直さあってのものだろう。
「いいの?」
「うん。中身はこしあんで、出来立てで熱いから気をつけて食べてね」
「はーい」
「……希朝さんも食べる?」
「わ、私は遠慮しておきます」
「そっか」
希夜が笑みで受け取ったのもあって、希朝も食べたいかと思って連は進めたのだが、今はそういう気分では無いらしい。
連としては、希朝が体重管理を厳密にしているのを知っているので、無理強いをするつもりは一切なかった。
本人の体調が悪くならないのであれば、連自身が介入する気は無いのだから。
ふと気づけば、希夜は受け取った出来立てのお饅頭を半分に割り、中から湯気を溢れ出させていた。
こしあんの独特のふわりと甘い香りに、お饅頭を包む生地のホクホクとした甘みある成分が優しく鼻を撫でてくる。
気を抜けば食欲をそそってくるお饅頭は、我ながら危険なものを生みだしてしまった、と連は評価が高い。
少し湯気が収まれば、希夜は片手で手を合わせ「いただきます」と食に感謝の意を示している。
礼儀正しいのは、希朝ありきなのか、希夜の食欲ありきなのかは不明だ。それでも、作り手としては見ていて心地よいものではある。
「……希夜ちゃん、どうしたの?」
一口加えて口を離した希夜は、時が止まったように動かなくなっていた。
口の中で味わっているのか、無理やり自我を正そうとしているのか……希夜のみが知る世界の感想を今はただ待つしかない。
動きだした時は、希夜が静かに咀嚼しだしたのを伝えてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと、味わうように瞳を閉じているようだ。
見ている側からすれば、希夜の白い肌が柔く輝いているようで、小さな星の光と錯覚してしまいそうになる。
お饅頭は希夜の好物と聞いていたが、ここまで真剣に向き合うとは予想できたものではないだろう。
閉じられていた瞼のカーテンがゆっくりと上がれば、希夜は頬をとろけさせ、目を細めてふにゃんとした表情をしていた。
「連にぃが作ってくれたお饅頭、すごく美味しゅうやんねぇ」
「きぃちゃん、顔がだらしないですよ」
「むむむっ、だって、すごくおいしいやんね!」
「希夜ちゃんが気に入ってくれたようで、何よりだよ」
連としては、希夜から美味しいと聞けただけで心から嬉しいものだ。
希夜は手に余っていたお饅頭を頬張るように食べたのもあって、口からホフホフと湯気を溢れさせていた。
希夜が美味しそうに食べてくれるから、これからも作ってあげたいと実感できるのかもしれない。
食べ終わった希夜は、愛おしくもせがむような眼を向けてきた。
「ねえ……連にぃ、もっと食べたいやんねぇ」
「きぃちゃん、夜ご飯は年越し蕎麦ですし、味見をし過ぎたら年越し後のお楽しみが無くなりますよ?」
「そ、それはこまるやんねぇ……」
「えっと、希夜ちゃん、機会があれば作るから、今日は我慢してもらっても良いかな?」
希夜を庇うつもりは無かったのだが、ここまで喜んでくれるのなら、また作ってあげたいものだろう。
ふと気づけば、希朝からため息が聞こえてきた。
「はあ、連さん、きぃちゃんの扱いに慣れた分、甘くなりましたね」
「……かわいいから、仕方ないかな……」
「きぃちゃんだけ、可愛いって……ずるいです……」
「えっと……希朝さんも、食べたいって言ってたやつの味見してみる?」
誤魔化すつもりで言ったわけではないが、変にごたついていても居心地が良いわけではないだろう。
だし巻き卵を食べてみたい、と希朝が言っていたので並行して作っておいたのだ。
頷いたのを見てから、だし巻き卵を味見ように切って渡せば、希夜と同じ、もしくはそれ以上にとろけた笑みを希朝は浮かべていた。
美味しいものに弱いのは、姉妹ありきなのだろう。
そんな姉妹を微笑みながら見つつ、連はオリジナルおせち作りを再開するのだった。希朝と希夜、二人に手伝ってもらいながら。
今年最後の夜ご飯に、お風呂を終え、連は全ての準備を終えてからリビングに来ていた。
ちなみに夜ご飯の年越し蕎麦は、希朝が麺から作ったので驚きを隠せなかった。だが、その知りつくされた麺のコシに絡み合う汁は、至高の味と言っても過言ではないほどの出来だったのだ。
希朝の料理は何度も頂いているが、一から作られた蕎麦は今でも香りを思い出させてきている。
天ぷらすらも虜にしてしまったのではないか、と勘違いする程の料理を提供してくれた希朝にはいつまで経っても頭が上がりそうにない。
そして現在、三人でローテーブル前の座布団に座り、残りの数刻を同じ空間で過ごしていた。
「……年明けまで、あと少しですね」
「連にぃは、なにか思い残したこととか、来年の意気込みとかあるやんね?」
「きぃちゃん、こういう時は抱負と聞いた方が良いのですよ」
希夜が納得したように頷けば、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
お風呂上りなのもあってか、二人からはシャンプーの香りがこれでもかと鼻をつついてくるのだ。
柑橘系のしつこくない香りなのは、二人の穏やかさを内側から存在証明しているのかもしれない。
また、希朝が温かそうでありながら薄っすらとした生地の白いネグリジェを着ているのもあり、連としては目のやり場に困っている。
ふと顔の方を見てしまえば、男の性というべきか……視線はネグリジェから露わになっている白い肌の鎖骨付近へと下がりかねないのだから。
そんな空間であるにも関わらず、希夜が半袖の寝間着なので、この姉妹はある意味で連の精神を試しにきているも同然だろう。
連自身、希夜が希朝との間に座ってくれているのもあり、気持ち的にはだいぶ落ち着いている。
「……抱負」
「ええ。残り数分ですし、私は最後に連さんの心意気を聞いてみたいものですよ」
「うちも聞いてみたいやんねぇ」
二人が期待の眼差しを向けてくるのもあり、連は気恥ずかしくなって頬を掻いた。
抱負……今までなら、連自身が目を背けてきた、未来への鬼謀みたいなものだろう。
その鬼謀が、手の届く希望に変わるのなら、今は願ってみたいと心から思えてしまう。
自分への変化に戸惑いを隠せないが、変わりたい自分が、変わりつつある自分があるのは事実と言える。
気づけば、膝に置いていた拳は震えていた。
武者震いではなく、未来を怖がる自分の心理に怯えているのだろう。
息を吸う間もなく、ほっそりとした温かい手が手の甲に一つ。
ふと見上げると、希朝が微笑みながら手を重ねてきており、伸ばされた手は確かに連を捉えているのだと伝えてくる。
希朝の気持ちに答えるためではなく、変わりつつある連自身の気持ちを抱負にしてもいいのかもしれない。
「……家内、安全……家族が、平和で、あって、ほしい……」
口から吐き出すように出た言霊は、確かに片言だった。
それでも、希朝と希夜はそっと頷いて、聞き入れてくれている。
「とてもいい豊富ですね」
「連にぃ、うちらの安全を願ってくれるのは、優しいやんねぇ」
「……ありがとう」
きっと口からこぼれ落ちた言葉は、感謝の意ではないだろう。
ただ、家族を苦手としている連を受け入れてくれている希朝と希夜に対して、心を許した大切なものに交わす言霊だ。
家族の平和……家内安全を心から抱負に来る日があるのだとしたら、希朝や希夜と一緒でありたいと、連はひっそりと今年最後の願いとして心に留めた。
それから数分が過ぎれば、弾ける音が遠くから響いた。
無数に弾ける音は、時刻が二十四時を過ぎ、年を越したのだと伝えてくる合図だ。
そんな夜空に咲く花を探す間もなく、連は隣に座っていた二人の方を見た。
希朝と希夜も偶然なのか、同じタイミングでこちらを見てきた。
「えっと……希朝さん、希夜さん、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「連さん、あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年も宜しくお願いします」
「連にぃ、希朝ねぇ、あけおめやんねぇ。ことよろやんねぇ……」
「きぃちゃん、目をこすっちゃ駄目ですよ」
「……うぅうん」
希夜はいつも早く寝ているのか、先ほどからウトウトした様子を見せている。
幼い子が頑張って起きていようとするように、希夜が目を擦っているのは微笑ましさを感じさせてくるものだ。
その時、二人のスマホが音を鳴らした。
「連さん、少しだけ返信しちゃいますね。ほら、希夜ちゃんも」
「うぅぅん……」
連のスマホに通知が来ないのは、いつも通りだ。
連絡用に優矢は登録しているが、それ以外は希朝と希夜くらいしか入っていないので、関係が無縁と近しいと言える。
関係がある二人は大変だな、と連が思っていると、連のスマホが音を立てた。
(……いろいろと言ってるけど、実際は希朝さんと希夜ちゃんが一番家族思いだし、凄く優しいんだよね)
スマホの通知を見れば、そこには希朝と希夜からの連絡だった。
連絡の内容は、年越しの挨拶に変わらないが、希朝からはついでと言わんばかりに初詣の件が書かれている。
初詣の話は出ていたが、計画してくれる希朝はしっかりと意見を取り入れているのだろう。
連は恥ずかしくなりつつも、ひっそりと返信しておいた。
返信した、その時だった。
「おっと……希夜ちゃん?」
「あー……きぃちゃん、いつもより遅い時間まで起きてたから、眠たくなっちゃったのですね」
希夜が倒れ込むように連の膝へと頭を落としてきたのもあり、連は反射的に受け止めていた。
ふわりと香る柑橘系の中に、優しいミルクのような甘さを感じさせてくる。
瞳を閉じている希夜は、心地よさそうだと表情から理解出来る。
「連さん、勝手は承知ですが……きぃちゃんを、部屋に連れてもらってもいいですか?」
「ああ、うん。それくらいなら、お安い御用だよ」
意味をそのままに受け入れたのだが、希朝は不意に服の袖を引っ張ってきた。
少し恥ずかしそうに上目遣いをして希朝が見てくるのもあり、飲み込む息が熱さを感じさせてくるようだ。
潤んだピンクの瞳に反射する輝きは、願いを求めているとすら思わさせてくる。
「……その、よかったら……たまには、家族らしく三人で寝てみても……」
「……えっ」
希朝から貰った言葉は、連の予想を遥かに上回る希望だった。




