03 もう一つの出会い
連は落ちついてから、改めて部屋に戻ってきていた。
和室では希朝の前で過去を思い出し、吐き気を覚えてしまったが、今は普通に立ち上がって一人で歩けている。
最初に荷物の整理をしたが、連自身の荷物や必要なものを段ボールにあらかじめ詰めていたので、数か所に物を置く程度で済んでいた。
「……ここが、今日から自分の過ごす部屋……自由に、好きに過ごせる……」
実際、感動深かった。
連自身の過去も重なっているが、自由の無かった部屋の面影は残ったままでも、息苦しさを感じないのだから。
希朝の方で予め用意してくれていた勉強机にベッド、収納ケースはそのままに、ガラスの砂時計が小物として部屋を彩っていた。
青色の砂が入った砂時計は、監視カメラのあったあの部屋で、初めて気に入った思い入れのある宝物だ。
少し埃が被ってはいるものの、大事な大事な砂時計。
連は砂時計を見つつ、残っていた段ボールを隅にまとめ、開いた窓から吹き込んでくる風を感じた。
「希朝さん……お嫁さんになる予定、ってことなのかな……」
さりげなくぼやいていたが、連自身も実感が湧いているわけではない。
初めて希朝に会った感想が紛れもない美少女なのに、自分がその横に立つのを前提で話が進んでいたのだから。
婿入りとしてこの家に来たつもりは無くとも、希朝が温かく迎えてくれた。正直な話、連は希朝の優しさに救われている。
本人の前で言えたものではないが、出会いや第一印象がどうあっても、相手の人柄を優先して見ているのだ。
ふと気づけば、十月の冷えた風は部屋の中に入り込み、カーテンを軽くなびかせていた。
「……確か、希朝さんは夜ご飯前までは自由にしてていい、って言ってたよね」
やる事もないので、窓を閉めてから、連はベッドで横になった。
天井や壁を見るたびに不安な気持ちが込み上げていたのに、今は気楽にできる安心感がある。
連の元居た地域から不慣れな場所に一人で何も知らずに来たのもあって、体は疲れていたらしい。
ふと気づけば、重たい瞼は視界に蓋をしていた。
目を覚ましたのは、金色のまばゆい光が部屋に差し込んだ頃。
「寝ちゃってた……」
今までなら仮眠すらも取れなかったからこそ、心は新鮮な空気を吸い込んでいるようだ。
連は重たい瞼をあげつつ、そっと目をこすった。
目を擦った時、額から冷たいものが顔を通り抜けるように落ちていく。
「これは? ぬるま湯で濡らしたタオル?」
連はふと、ドアの方を見た。
ドアは開いた形跡を残さないが、確かに誰かが入ってきたのは理解出来る。
憶測だと、物音がしないから心配になった希朝が様子を見に来たのだろう。
ベッドで横になって眠っている連を見て、和室での出来事を踏まえて体調を崩しているのかもしれない、と判断して濡らしたタオルを折って額に置いてくれたのだろう。
見てもいないのに、どこか希朝の優しさを感じてしまうのは、希朝を意識している証拠だろうか。
会って間もない、ましてや一日すらない時間の中で、希朝という存在が連の中では大きすぎたのだ。
「……顔、洗お」
タオルを洗うついでに、洗面所で顔を洗って気を取りなおした方が良いだろう。
連は軽く身支度を整えてから、部屋を後にした。
部屋を出た際に、あるドアに目が付いた。
(あのドアは開けないように、って希朝さんが言ってたよね)
連の部屋は一番端にある。そして、希朝の部屋は真ん中にあるドアを挟んだ反対側だ。
真ん中のドアを勝手に開けないように、と希朝が杭を刺してきた以上は勝手な行動をする気はないが、気になるのも事実である。
連は首を振り、目的である洗面所に向かった。
この家の洗面所は浴室の隣にあるのもあり、言ってしまえば脱衣場と混同している。
洗面所の前に着き、ドアを開けた瞬間、連は目の前の光景を疑った。
「……えっ?」
「はっ、はうぅぅ……」
ドアを開けると、そこには白髪のショートヘアーをした少女がタオルを胸元で抑え、衣服をまとわずに居たのだ。
見たところ連よりも下の学生で、ピンクの瞳がこちらを動揺したように見てきている。
小柄で全体的に整った体つきをした少女からは白い湯気が漂っており、白い頬を薄っすらと赤らめていた。
突然の出来事に固まっていると、少女はなぜか安心したような表情を一瞬だけ見せた。
「……閉めてやんねぇ?」
連は有無を言わさず、すぐさまドアを閉めた。
勢いよく音を立てて閉めてしまったが、鼓動は正直落ちつかないでいる。
希朝の両親は暫く帰ってこないと聞いていたので、家には二人しか居ないと連は思っていたのだから。
そんな幻想は泡沫のように消えて、洗面所兼脱衣所のドアを開ければ、白髪のショートヘアーの少女がタオルで隠していたとはいえ裸で居たのだから、動揺しない理由は無いだろう。
「寝起きだから、見間違い?」
連がそう呟いた、次の瞬間。
「だぁああああぁっ!?」
「見間違いなわけないやんねぇ!!」
閉めたドアが飛んできたと思えば、服を着た少女がドアを挟んで蹴りを入れてきていたのだ。
「な、何ごとですか?」
騒ぎを聞きつけたようで、希朝が落ちつきながらも焦ったようにやってきた。
「うぅ……希朝ねぇ……」
「はぁ……こうなってしまいましたか。きぃちゃん……ドアは壊さない約束ですよね」
ドアの下敷きになって煙を吹いている連を前に、ドアを蹴り破った少女は『きぃちゃん』と呆れたように希朝に呼ばれていた。