28 星宮家のクリスマス
イブの日に物を揃えることが出来て、今日という名のクリスマス当日を準備万端で連は迎えていた。
連は希朝と希夜と一緒にお昼ご飯を食べてから、リビングにあるテレビの前に座布団をならべて座っていた。
ローテーブルを後ろにした距離感なのもあってか、普段とはまた違った気分を感じている。
「お昼美味しかったやんねぇ」
「ええ。連さんと一緒に作ったので当然ですが、お互いに好きな味、という感じがして私は嬉しかったですよ」
「そ、そう言ってもらえるのは、嬉しいかな……」
連は笑みを浮かべて見てくる希朝に恥ずかしくなり、気づけば頬を掻いていた。
お昼ご飯はオムライスとシチューを希朝と用意して三人で食べたのだが、頬がとろける、という表現では抑えきれない程の夢見心地だったのだ。
星宮家での生活にも慣れ親しみ、お互いの好みがはっきりとしてきたからこそ、共感できる味わいそのものと言えただろう。
そんな余韻も残ったまま、今は初めて触れるゲームに挑戦の時間になっている。それもあってか、連は静かながらも胸が躍っていた。
小さな心臓の鼓動すらも、鮮明に理解できる程に。
「連さん、隣失礼しますね」
「えっ、あっ、うん」
気づけば希夜の用意が終わったらしく、希朝はそれに呼応するように連の隣の座布団に正座していた。
温かな色をした冬仕様のワンピースから伸びる手から見える、白い肌。
黒い髪の隙間を縫うように見えるピンクの瞳の距離感に、思わず息を呑み込んでしまう。
星の子と言われるだけの美少女、希朝の隣に座っているのは、他の生徒が知れば羨ましいと思うのだろう。
鼻を微かにつつく甘く優しい花の香りは、連が考えている以上に希朝を意識している証拠なのかもしれない。
「連にぃ、まずはうちと希朝ねぇがやってみせるから、それで覚えてほしいやんねぇ」
「えっと、ゲームの説明は?」
「見ればわかるものをチョイスしたやんねぇ」
「それじゃあ、希夜ちゃんは連さんを挟むようにとな……り……に……?」
希朝が希夜の相手で何度かプレイしたゲームをやるのか、と思っていた時だった。
希夜は希朝に指定された場所ではなく、床にすら座らなかったのだ。
希夜の座った場所……そこは何の迷いもなく、連の足の間に腰を下ろし、背を預けられる連のところだった。
希朝は流石に希夜の行動には驚いたらしく、コントローラーを持った手の力が抜けかけている程だ。
希夜は希朝の方を見ては、羨ましい、と言いたげに頬に指を当てるものだから、肌に白髪が当たって連はむず痒さを感じてしまう。
希夜は連の間にすっぽりと収まったのもあり、心地よさそうに体を揺らしている。
おかげで柔く香る、花のようにおっとりとしつつもミルクのような優しい匂いに、気を抜けば意識を割かれかねない。
(……改めて思うけど、女の子ってすごくいい香りがする)
間近に来ると鼻をつつく二人の香りは、連にとっては甘い毒の誘惑と言える。
「……きぃちゃんだけズルいです」
「えっ? の、希朝さん?」
「え、あ……な、なんでもないですから!」
希朝は自分が何を言ったのか自覚がなかったのか、慌てたように手を横にぶんぶんと振っている。
ごまかしと分かっているからなのか、希夜がちゃっかりと肘で小突いてくるので、連は苦笑するしかないのだが。
先行きが不安な調子で、クリスマスのゲーム会は始まりを向かえた。
「こんな感じのゲームになりますね」
「うちの勝ちやんねぇ」
「きぃちゃんに勝ち越したことはないですから……。連さんの前では、ちょっとくらい勝ってみたかったですけど……」
こちらを見ては、希朝はぷくりと頬を膨らませている。
連が希朝と対戦したわけではなく、希夜が希朝と対戦したのだが、希朝はどうしても勝つ姿を見せたかったのだろうか。
とはいえ、連からすれば希朝の知らない一面が見えているのもあり、嬉しいことこの上ないのだが。
ちなみに用意してくれたゲームは、四つ繋げると消える物質と、横ラインを揃えると消える物質が交わったゲームのようだ。
有名どころのパズルゲームのようで、二人は分かりやすいように横ラインの方をプレイしてくれたらしい。
初めてゲーム画面を見た連ですら、希夜のテンプレ的な組み方は、希朝との実力に決定的な差を生みだしているのだと理解出来るほどの試合展開ではあったのだが。
理不尽のような、それでいて希夜が持っているだけあるような、と目に見て思えるのも事実だ。
ふと気づけば、希夜がコントローラーを握らせてきていた。
「次は連にぃの番やんねぇ」
「うん。やってみるよ」
「ふふ、連さん、最初は軽く相手をしてあげますから」
何気に希朝が冷えたような視線を飛ばしてきたのだが、よっぽど希夜に負けたのが応えているのだろうか。
それから希朝と対戦を始めて、数分後だった。
「か、勝てない……難しいや」
「私の勝ちですね」
「あはは……希朝ねぇの方が組み立ては早いから、連にぃは手加減されてても相殺の返しで勝つのが難しいやんねぇ」
勝ち星一つ付くことなく、連は希朝に圧勝を許したのだ。
試合には負けたというのに、気持ちが軽かった。
負けて、悔しいと思う気持ちは確かにある。
ただそれよりも、希朝や希夜と同じ空間で、同じゲームをして理解できたような気がする、その感覚が何よりも心地よさを感じさせてくるのだろう。
満足してコントローラーを置こうとした、その時だった。
「き、希夜ちゃん?」
「えへへ、連にぃには特別に、うちがお助けプレイをしてあげるやんねぇ」
「……」
「希夜ちゃん、さっきっから希朝さんの視線が痛いんだよ?」
「気のせい、気のせい」
コントローラーを置かせないためなのか、それとも希夜の見ている世界を体験させるためなのかは不明だが、希夜はコントローラーを握る連の手に自身の手を重ねてきたのだ。
連よりもひと回りも小さなその手は、指先をくすぐるように撫でてくるのもあり、座られている近さも相まって意識が割かれていく。
希朝がじっと見てくるのもあって、息つく暇すらも無いのは心苦しいものだろう。
体を震わした連に対して、希夜がニマニマとしているので、本当は理解している小悪魔なのではないかと違和感を覚えてしまう。
とはいえ希夜の気遣いは嬉しいもので、連はそっと笑みをこぼしていた。
「それじゃあ、始めるやんねぇ」
「きぃちゃんが立ち向かってくるのなら、容赦はしませんよ?」
「希朝さん、怖いんだけど?」
「そうですね。少し、鬼になってみましょうか」
柔らかな笑みを希朝が浮かべているにも関わらず、静かな闘志を感じさせてくる。
普段は希夜に怒らない希朝だが、希夜の行動一つで天秤として均衡を保っていた世界が崩れてしまうのだろう。
希夜は慣れた手つきで、連の手を取ってボタンやスティックを操作し始めていた。
「これで入れ込める形を作ってー、てーじを回して入れるやんねぇ」
「なるほど」
「砲台打ちはルールで禁止にしましたよね? ……きぃちゃん、連さんに上手いところを見せたいからって、欲張りすぎです。いけません」
希朝はやはりというか、希夜に焼きもちを焼いているのだろう。
とはいえ、連からすれば何で希朝が焼きもちを焼いているのか不明で、苦笑するしかないのだが。
それから、希夜が連に背を預けたまま、代わり合ってプレイしていた時だった。
(……!? の、希朝さん……?)
希朝が急に立ち上がり、更に距離を詰めて座ってきたのだ。
そして瞬く間もなく、希朝は体を預けるように、寄り添うように腕にもたれかかってきたのだから。
男である連とは違った、限りなくマシュマロのような柔肌は服越しに触れてきて、腕の感覚が全て希朝に包まれると誤認してしまう。
そんな希朝を見てか、希夜が察したように隣に移動している。
連は心拍数に震える体を落ちつかせながら、希朝の方を見た。
「あの、希朝さん?」
「……きぃちゃんだけズルいです」
「……そっか。……希朝さんの好きなようにしてくれるといいよ」
今までなら、迷わず突き返していただろう。
しかし今は、希朝がくれた優しさを知っているから、受け止めようと覚悟を固められるのだ。
本当の気持ちを知らないままでも、してもらったことを返す……それくらいはできるのだから。
ふと気づけば、希夜はやっていたゲームに飽きたのか、別のゲームを探していた。
希夜の選択を待っていたその時、連の鼓動は加速した。
(あっ……希朝さん、いつの間にか、うたた寝してる……)
うたた寝は都市伝説だと考えていたのだが、それを事実だと伝えるように、ピンクの瞳はカーテンの下に隠れている。
小さく流れるゲームの音、静かと言えてしまう空間。
希朝は希夜にむすっとしていたのもあって、自然と疲れて眠ってしまうには最適だったのだろう。
希朝が連の肩を枕にするように眠ってしまったのもあり、連は少々困惑していた。
困惑というよりも、この後にどうしてあげたらいいのか、という悩みが生まれているのだ。
このまま寝かせてあげていたいが、リビングが温かくても風邪をひかれては困るので、連は頭を悩ませるしかなかった。
連が考えていた時、希夜は立ち上がり、あるものを手に取っていた。
「連にぃ、よかったらこれを使ってやんねぇ」
「……毛布?」
「うん。膝にかけて、少しでも希朝ねぇを楽にさせてあげてほしいやんねぇ」
「……希夜ちゃんは、本当にお姉ちゃん想いの良い子なんだね」
「う、うちを褒めても……出るのは、照れた表情だけやんね」
「うん、それでも良いと思うよ」
あっさりと言ったのがよくなかったようで、希夜が押し付けるように毛布を渡してきたのもあり有難く受け取った。
毛布を膝に引いてから、希朝を起こさないようにゆっくりと、連は膝枕をする要領で希朝の体を横にさせる。
希朝は男の膝で眠ることになっても落ちついたのか、寝息はより鮮明に連の耳を撫でていた。
連はそんな愛らしい寝顔をジロジロと見ないようにしつつ、近くにあったブランケットを手に取った。
そして柔く空気を含ませて、希朝に体にかけておく。
「希朝さん、準備とか色々お疲れ様。今は、ゆっくり休んでね」
「連にぃは、うちら姉妹に何かと甘いやんねぇ」
「そ、そうかな?」
「そうやんね。でも、連にぃでよかったやんね」
気づけば連の手はそっと伸びて、指先で希朝の頭を優しく撫でていた。
髪を傷つけない、繊維の間を縫うように、ゆっくりと。
「連にぃ、クリスマスはまだ始まったばかりやんねぇ。希朝ねぇが起きるまでは、二人であそぼ」
「うん」
連は希夜と一緒に、希朝を起こさないようにしつつ、ゲームに触れるのだった。




