27 クリスマスの約束に鐘は鳴る
学校が終わり、連は家に帰宅していた。
幸か不幸か、通う学校の冬休みはクリスマスイブから始まるらしい。そのため、半殺しにされる同盟と、勝ち取った隊の派閥でテンションがあからさまに違っていたほどだ。
そんなクリスマス一色の話題だった雰囲気を気にも留めないようにして、連はいつものように夜ご飯の準備をしていた。
もはや手慣れたと言ってもいいほどにキッチンは馴染み、立つ者の威厳が少しくらいはあるだろう。
「あっ、連さん。帰ってきていたのですね、おかえりなさい」
「希朝さん、ただいま。うん……希夜ちゃんは、ランニング?」
「そうですね。あの子は帰宅したら、いつも走りに行きますから」
希朝は連よりも早く帰ってきているので、連が帰ってきた事に気づいていなかったようだ。
連としては、希朝に帰宅の挨拶をした方が良いのか悩む反面、むやみやたらに女の子の部屋に勝手に踏み入るわけにもいかないので困っている。
ノックとは別に、時に人は覚悟を決めないといけないように。
連はそんなことを思いつつも、準備を終えた鍋の蓋を閉じた。
「今日は鍋なのですね」
「希朝さん、嬉しそうだね」
「ええ……鍋は好きですから……」
希朝は恥ずかしかったのか、薄っすらと頬を赤らめていた。
軽く上目遣いで見てくるピンク色の瞳に、ついつい息を呑み込んでしまう。
普段の希朝が凛としているのもあって、時折見せる彼女の可愛らしい一面は、どこか気を惹かれてしまうのだ。
その時、希朝はふと思い出したように眼差しを向けてきている。
「連さん、答えたくなければいいのですが」
希朝は前置きを一つして、呼吸を整えた。
「クリスマスは今までどうしていたのですか?」
「……クリスマス」
「ええ。幼い頃であれば本来なら、家族と……なんて夢を……」
家族、その言葉に吐き気を感じた。
呼吸一つ、苦しいと思えてしまうほどに。
希朝が消え入るような声になったのは、きっと、連の変化をすぐに察したからだろう。
連自身、自分で家族のことを、両親のことを思うのは割り切れるようになっている。それでも、自分以外から言われる戒めに、気持ちは縛られているのだろう。
触れられたくない……溶けないままでいてほしい。そんな気持ちが滞ってしまうように。
思い出した孤独に、気づけば視界は焦点が合わなくなっていた。
ふらふらとし始めた意識の中、小さな手の平は確かに、連の手に触れている。
「ゴミを、過去を捨てられていないのですね。大丈夫ですよ。今は、これからも、私が居ますから。もう……離しませんから」
希朝が何を考え、何を思って伝えてきているのか、連には理解できない。
それでも、くだらない、とは思えなかった。
希朝は誰よりも、近く接して、支えてくれているのだと実感できてしまうからだろう。
今までなら跳ねのけていた救いも、希朝になら、期待してしまう。
誰かの為じゃなく、誰かのせいでもなく、今という時をより良い色に変えられると願ってしまうのだ。
力を入れ直そうと、拳をつくろうとした時、触れていた細い指先が隙間を縫うように絡んでいる。
「……連さん、話せる時に、話してくれればいいですから。私は、連さんと過ごせている今が好きですから」
「……希朝さん」
連は泣きたかった。
過去に泣けなかった分、希朝の前で泣きたかった。
それでも今は声に出さず、ただぎゅっと、希朝の手を離さないように求めてしまう。
水の膜が今でも溢れ出そうなのに、柔く笑みを咲かせる希朝が鮮明に映っている。
連は弱いところを希朝に見せないためにも、確かな意思を表情に浮かべた。
「そう言えば、クリスマスの予定は空いていますか?」
「えっと、うん……特に何も……」
「ならよかったです」
今の希朝は、連にとっては眩しかった。
両手で包み込まれた手は取られ、お互いの間に持ち上げられている。
「連さん……クリスマス、よろしければ、一緒の時間を過ごしましょう」
「一緒の、時間を……」
飲み込んだ息は、確かに熱を帯びていた。
瞳に反射する連の姿は不確かにも輪郭を持ち、眩しすぎる星の光だと錯覚してしまいそうだ。
その言葉をきっと望んでいた。望んではいけないと、本当は知っていたのに、諦めていたのに。
それでも今の幸せを知ってしまったから……差し伸べられたその手を、包み込まれているこの手で掴みたいと、連は強く思えたのだ。
希朝が何を思っているのかは知らないが、一緒に過ごす、という日常にある幸せを。
「希朝さんと、希夜ちゃんと……?」
「ええ。私ときぃちゃん……そして、連さんの三人で、今年も、来年も、クリスマスは一緒の時間を過ごしましょう。私と居るのですから、金輪際寂しい想いはさせませんよ。この手を、私が握っていると覚えていてくださいね」
希朝はそう言って連の手を両手で握ったまま、顔を近付けてきた。
おでこが当たりそうな距離、それでいて唇が付いてしまうのではないかと錯覚してしまいそうな距離に、もう一度息を呑み込んだ。
ゆだねているわけでは無いのだが、その柔らかさが視界を埋め尽くすように暗く……。
「ありゃりゃ? もしかして、良いところのお邪魔しちゃったやんねぇ?」
「……き、きいちゃん……そう思った時は、静かに見守っているものですよ」
「はーい。以後、気を付けるやんねぇ」
いつの間にか希夜は帰ってきていたらしく、リビングのドア近くで見てはいけないものを見てしまった、とばかりに両手で口を隠している。
ふと気づくと、希朝は手を離して「良いところでしたのにね」と耳打ちをしてくるので、連はそっと顔を逸らした。
「きぃちゃん、連さんをクリスマスに誘ったので、きぃちゃんも一緒にクリスマスはリビングで楽しみましょう」
「いつもは部屋でも、クリスマスはみんなでリビング……!」
希夜は期待しているのか、どこか熱い気持ちが声に現れているようだ。
そんな期待している希夜を横目に、連もある意味で期待してしまったものがあるので、気恥ずかしさは籠る熱になって抜けていなかった。
「クリスマスは何をやる予定やんね?」
「そういえば、一緒に過ごそう、って話しただけで考えてなかったね」
「そうですね。お昼はみんなで食べたいですし……ほかに……」
連も希朝と同じく、お昼ご飯以外で出来る事を考えていなかった。
頭を悩ませていると、希夜が元気よく手をあげている。
「じゃあじゃあ、三人でゲームやるやんねぇ。うちがしっかりと、希朝ねぇも連にぃも出来るのを用意するやんねぇ」
「それは楽しそうですね」
「ゲーム、触れたことがあまりないから興味湧いた」
不器用な言葉だったのか、希朝と希夜が顔を見合わせて微笑んでくるものだから、恥ずかしさを自覚しそうになる。
(……ゲーム、か)
一歩ずつでも新しいことに触れさせようとしてくるので、正直そんな希夜のマイペースな性格に救われている。
真相は不明でも、今はただ、三人で共通の遊びができると考えれば良いものだろう。
連が軽く逸らしていた顔を上げた時、希朝が距離を詰めてきていた。
「連さん、今年のクリスマスは楽しみになりましたか?」
「……うん」
少しは、と言いかけたが、連はただ頷くだけにした。
そんな拭い切れていない過去を見逃がしていなかったのか、希朝がじっと見てきていたことに連はついぞ気づかなかった。
その後、希夜がイブはデートをするように促したのもあり、連と希朝は顔を見合わせて気恥ずかしくなるのだった。




