25 小さな星に命が吹き込まれた日
時は中旬を過ぎ、十二月二十一日。
その日は、希夜が一番そわそわしていた。
連自身、希朝や希夜の行動に目をやっていたのだが、答えは自由に羽ばたいた。
そんな不思議な日とも言える本日、休みの日というのに希朝の命令により、連は希夜を家から遠ざけながら外を散歩していた。
ひんやりとした風が肌を撫で、それでいて雲一つない空から差し込む明かりは心地よさを覚えさせてくる。
希夜が隣で楽しそうに歩いているが、連としては他の生徒に見られたくないものだ。
何かと希朝や希夜と外で一緒にいるのもあり、二人と一緒に居る誰かさんに迫れ、的な噂が流れているのだとか。優矢曰くなので、噂の発端は闇の中である。
白い息を吐き、隣で手を握って歩いている希夜を見た。
「希夜ちゃん、お散歩は楽しい?」
「連にぃとのお散歩はたのしいやんね。うち、二人と居る時が何よりも楽しい」
素直で無邪気な言葉なのに、希夜が言うとどこか重みがあり、連は微笑ましかった。
微笑ましいというよりも、希夜にそう思ってもらえて嬉しい、という感情が湧き出ているのを誤魔化してしまっているのだろう。
適当に空を眺めた時、連のスマホが鳴いた。
「あっ……希夜ちゃん、もう少し歩いたら、家に帰ろうか。冬の外は寒いし、希夜ちゃんと同じ景色を見れて満足できたし」
「連にぃは誤魔化すのが下手やんねぇ」
「……仕方ないよ……嘘つくの、苦手だし……」
「えへへ、でも、うちはそんな連にぃだから、安心して希朝ねぇを任せられるんやんねぇ」
「は、恥ずかしいからからかわないでくれると嬉しいかな……」
にまにまと見てくる希夜に、連はそっと息を吐いた。
褒められるのが嬉しいと思えるようになったのは、きっと成長なのだろう。
希夜と手を繋いで歩けば、冬日向が行く道を照らしている。
「た、ただいま……?」
「ただいまやんねぇ」
帰宅して玄関のドアを開けると、廊下は真っ暗だった。
電気が消えていることに違和感を覚えていると、希夜は知った様子を見せずに、慣れた足つきで真っ暗な廊下を歩いて行った。
希夜の後に続いて、連もリビングの方に足を進める。
そして希夜がリビングのドアを開けた、その時だった。
「きぃちゃん、お誕生日おめでとう!」
「の、希朝ねぇ、苦しいやんねぇ! でも、嬉しいやんね」
廊下に眩く差し込んだ光を反射的に腕で防いだ時、その祝う声は聞こえた。
防いだ腕を下ろせば、そこには笑みを宿して希夜を抱きしめる希朝の姿があった。
故意的かは不明だが、希夜に当たる希朝のふくらみは確かに形を変えるので、連としては目のやり場に困るものである。
希朝を意識していない時は問題なかったのだが、意識し始めてから連は戸惑いを覚えているのだから。
テンションが高めの希朝に気後れしていると、希夜が思い出したようにこちらを見てきた。
見てきたのだが、希朝に抱きしめられているのもあって少々息苦しそうだ。
「連にぃ、今日はうちの誕生日やんねぇ。だから、希朝ねぇは甘々やんね」
希朝は今更ながら連の存在に気付いたのか、恥ずかしそうに頬に赤いお化粧をしている。
それでも希夜を抱きしめるその腕は、離さないと言わんばかりに甘やかしているようだ。
白くほっそりとしている腕なのに、整った体型で小柄な希夜を抱きしめるのには十分すぎる程に力強さを感じさせてくる。
連はそんな知らない感情にそっと首を振り、希朝を微笑みながら見た。
変な視線を飛ばさないでください、と言いたげな希朝の視線に、軽く冷や汗が滲み出そうになりながらも。
無論、希朝を変な目では見ていないが、希夜に未だに押し付けられているそれは、本能的な一面と言えば致し方ないだろう。
希朝はそんな視線を飛ばしてきたものの、希夜をリビングに引きこんでは、嬉しそうに頭をなでなでしている。
そんな希朝に体をゆだねている希夜だが、当たるものには少しばかりの嫌味でも感じているのか、不服そうな表情が垣間見えていた。
(……これがシスコン?)
家族仲を遠目で見るのも、悪くは無いのだろう。
連自身、誕生日を祝われた経験が無いからこそ、希夜の誕生日を祝う希朝の溢れる喜びに自然と笑みがこぼれている。
希朝の導きのまま、希夜の誕生日ということで豪華な食事を共にした。
食事をして、誕生日ケーキを一緒に食べ終えてから、座布団のあるリビングの方で連は希夜と隣同士で座っている。
誕生日会は終わりかと思っていたのだが、希夜は未だにそわそわしたままで、連は首を傾げるしかなかった。
首を傾げていると、希朝が腕の中に納まる程度の少し大きめな箱を持って近付いてきていた。
「きぃちゃん、これは私からの誕生日プレゼント」
希夜を連との間に挟むように座った希朝は、持っていた箱を差し出した。
その箱を見て、希夜は柔く瞳を輝かせ、腕をめいっぱい伸ばしている。
「希朝ねぇ、こそこそと動くのは得意なのに、こういう時は素直やんね」
「し、仕方ないでしょう……きぃちゃんに隠すの……苦手だし……」
希朝は痛いところを突かれたようで、わざとらしく頬を膨らませている。
この姉妹は、見えない絆の糸で結ばれている程に仲が良いようで、見ている連もついつい頬を緩ませてしまう。
希夜が希朝からもらった箱を開ければ、そこには可愛らしいキャラクターがデザインされたクッションが入っていた。
希夜は嬉しそうに頬を緩め、クッションをぎゅっと抱きしめている。
希朝はその様子を見てか、どこか安心したように安堵の息を吐いていた。
プレゼントを渡す側も、受け取ってくれるか、喜んでくれるか、という心底からの重みがあるのだろう。
ふと気づけば、希朝は希夜の背から腕を周りこませるように、希夜に気づかれないようにして背をつっついてきた。そして小声で口を開く。
「連さん……きぃちゃんにこれを渡してあげてください」
「……僕が?」
希朝が頷くのもあり、半ば強引に渡された袋を連は受け取った。
渡し相手になる希夜はと言うと、クッションに夢中のようで、連と希朝のやり取りには気づいていないようだ。
連が一つ咳払いをすれば、希夜は連の方に視線を向けた。
向けられた際に、白い髪はさざ波のように柔く揺れ、希夜のおっとりとした無邪気さを溢れさせているようだ。
連はごくりと息を呑み込みつつも、真剣に希夜を見た。
「その……えっと……」
「うん」
言葉に詰まっていると、視線の先でスケッチブックに書いた文字を希朝がこっそりと見せてきた。
(……準備周到すぎない?)
これを言えば問題ないです、と下にひっそりと書いてあるので、所謂カンペを見せてくれているらしい。
連はあらためて呼吸を整えてから、優しく笑みを浮かべた。
「希夜ちゃん、お誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
「連にぃ、ありがとうやんねぇ」
「……連さん、きぃちゃんに感謝されてるの、ズルいです……」
なぜか希朝に嫉妬混じりのジト目を向けられているが、真相は希夜だけが知るので連にはどうしようもないのだ。
「あっ、これ」
「希夜ちゃんが食べたがってたものだね」
あの日、希朝に尾行が暴かれた後、希夜が食べたがっていたお菓子が袋に入っていたのだ。
とはいえ連としては、どうして今になって食べたがっていたものをプレゼントに選んだのか、というのが疑問ではある。
連が首を傾げた時、優しい声が耳をつつく。
「……家族だからですよ」
「……家族だから……」
希朝はきっと、連が誕生日を祝われたことがないのも見抜いているのだろう。
だからこそヒントのように、家族だから、という遠回しの言い方で何かを伝えているのかもしれない。
(……家族。僕も、希夜ちゃんに誕生日プレゼントを用意してあげられればよかったのかな……)
希夜の誕生日を知らなかったとはいえ、何をしているのか希朝に聞き出す手もあったはずだ。
深く踏み込めなかった……その事実だけが、今は反省であると伝えてきている。
ふと気づけば、希夜は立ち上がり、そっと距離をあけてから二人の方を振り向いた。
「希朝ねぇ、連にぃ、うちの誕生日をお祝いしてくれてありがとうやんねぇ」
おっとりとした声で紡がれる感謝は、静かに心の鈴を鳴らしてくる。
希夜を照らすように差し込む照明が、白さも相まって月明かりを連想させてくるようだ。
小さな美少女は、ゆっくりと息を吸って胸を膨らませてから、まったりとした花を咲かせている。
「うちは……希夜ねぇと連にぃが居ることが、なによりも誕生日プレゼントやんねぇ」
「うっ、ううぅ……きぃちゃん……大人になっちゃってぇ……」
「の、希朝ねぇ、泣かないでやんねぇ」
(……居ること、か……)
血が繋がっていなくても、この家族は連にとって、本当の家族そのものだと改めて思わされるのだった。
その後、希朝が泣き止んでから、三人で他愛もない会話をして今日という日を最後まで楽しく過ごしたのだ。




