23 ざわめきとコイン
少しずつ温まってきている部屋の中で、希夜と一緒に温かい牛乳とココアクッキーを嗜むのは変わった感覚があり、一人で食べるよりも美味しいと連は感じている。
横目で希夜を見ると、牛乳を口にしてあどけない笑みを浮かべていた。
一人で食べていれば、見ることのない光景だ。
「希夜ちゃん、寒くない?」
「えへへ、連にぃがカーディガンを貸してくれてるから大丈夫やんね。それに、うちはさっきの温もりそのままやんねぇ」
「あ、あまり思い出させないでもらってもいいかな」
希夜がコップを置き、こちらに笑顔を向けてくるので変に意識してしまうものだ。
実際、希夜を安心させるためとはいえ、希夜を包み込んだのも事実なので仕方ない話だろう。
連自身、不思議な感覚はあるものの、希夜の笑顔を取り戻せたことが何よりも嬉しいと思っている。
思わず頬を掻いた連に、希夜はにんまりとした視線をむけてきていた。
何か言いたいとかではなく、ただ感謝を伝えたい、そんな優しい視線を。
(……この視線も、今じゃ慣れてるのかな)
希夜のマイペースさが変わっていないからこそ、連自身が気づかぬ間に変わっていっているのだろう。
連としては、希朝に会った頃や、初めて希夜に会った時のことと比べれば、間違いなく成長している方だと自負している。ただ、それ以上に希朝の凛とした振る舞いのある風貌に、自分の覚悟が追い付いていないからうじうじしているように見えるだけで。
連はココアクッキーを一つ口に放り込んでから、話題を逸らすように希夜を見た。
「そう言えば、希夜ちゃん」
「どうしたんやんねぇ?」
「あのね、十一月の時なんだけど、優矢と希朝さんの話していた内容は知っていたりするの?」
どういう風の吹き回しか、十一月の最後の方で希朝が優矢に借りられたのもあり、連は疑問に思っていたのだ。
別に嫉妬しているとかではなく、ただ純粋に気になったのだ。
優矢が何を考えているのか理解できないのもあるが、連にとって不都合な話を希朝に吹き込まれても困るのである。
希夜は少し悩んでから、コップを手に持っていた。
「うちは知らないやんねぇ。でも、偏食家としては仲良くなれそうやんねぇ」
「偏食家……ああ……」
希夜が言っているのは恐らく、優矢が希朝を借りたお礼という事で渡してきた、大量のメロンパンを意味しているのだろう。
希夜は希朝から事あるごとに言われている程に、偏食家である。
だからこそ優矢のメロンパン主食絶対主義にひかれ、小さな共感意識でも芽生えているのだろう。
連は苦笑しつつも、軽く頭を悩ませた。
(希夜ちゃんが知らないとなるなら……仕方ないよね……)
連としては、十一月で優矢がなぜ希朝を借りたのかを知りたかったのだ。だが、希夜が知らないのなら諦めの判断しかないだろう。
静かにコップを取ろうとした時、希夜がじっと見てきていることに気がついた。
こちらを真剣に見てくるピンクの瞳は、希朝とはまた違った、確かな意思を感じさせつつも柔く包むような雰囲気を併せ持っている。
「……連にぃ。間接的に相手の事を知ろうとするのはオススメしないやんね」
「……えっ?」
連は思わず息を呑んだ。
ゴクリと聞こえる程、熱く飲み込んだ息は、希夜の真剣さに押し負けている。
「普段、当たり前のように近くに居てくれる相手……だと思っていると、いつか急に話せなくなって、伝えたかったこと、些細な変化すらも口に出来ず、交わせなくなる」
水面を揺らしているのか、揺らしていないのか分からないほど、柔く呟かれ、淡々と紡がれていく言葉。
それでも連の心に、水滴を葉の上から落としてくる。
震えているのではないかと勘違いしてしまいそうな、おっとりとした希夜の声は、答えの先にある気持ちを伝えようとしているようだ。
そっと呼吸をし、閉じられていた瞼が開けば……ピンクの瞳には美しくも水の膜が張られている。
そしてにっこりと微笑む希夜は、他人思いの優しい心の持ち主だ。
「だから……だから……話せる時にはしっかりと話しておくことやんねぇ。……オペレーターだったうちが言うやんね、間違いないやんね」
希夜が自身満々に勇気をくれたが、連は不思議でしょうがなかった。
言っていることが一理あったとしても、希夜の発した『オペレーター』という不思議なワードに脳の注意は奪われている。
連が首を傾げると、希夜はわざとらしく小さな指を伸ばして、連の固い頬をぷいぷいと押してきた。
「もしかして、うちの話を聞いて、過去が色褪せちゃったりしたやんね? えへへっ、連にぃは希朝ねぇのお婿さんやろ?」
「き、希夜ちゃんが頬を指で押してくるから、少し戸惑っていただけだよ」
「連にぃは優しいやんねぇ」
希夜は恐らく、自身の発言について触れてこないことを言っているのだろう。
連自身、希夜が触れてほしくない雰囲気を出しているから触れていないだけだ。また、希夜のことを多く知るよりも先に、希朝の事を知りたい、そんなエゴが垣間見えているからだろう。
不意に希夜が指を離したのもあり、連は押されていた頬を軽く撫でた。
違和感が温もりとなって残っているのだが、嫌では無い。
そんな違和感と踊っている時、連はふとある事を思い出した。
「そう言えば、勉強期間中に希朝さんが出かけているのも何か関係しているの?」
話の続きという訳ではないが、この日、というよりも十二月に入ってから希朝が家を度々留守にしているのだ。
どこかそわそわした様子で、それでいて密かに楽しそうな様子を見せていた希朝を、連は気にしている。
小首を傾げている希夜は、どの話の続きなのか考えてしまっているようだ。
訂正しようとすれば、驚いたように瞳は輝いた。
「連にぃ、もしかして希朝ねぇから聞いてない?」
「聞いてないって、何を? というか、これは間接的な話じゃなく?」
「そうやんね。どっちかって言えば、うちに直接関係しているやんね」
「そ、そうなんだ」
希朝の事を知ろうと聞いてみたのだが、希夜が関与しているらしい。
関与しているとはいえ、多くの情報を教えてくれる様子はないのだが。
「中旬が過ぎればわかるやんね。連にぃ、休憩できて部屋も温まってきたし、勉強に戻ろうやんねぇ」
「そ、そうだね」
休憩を終えて勉強に戻ろうとした際「後で答え合わせしてみるやんね」と勉強とは関係のない約束を連は希夜に確約されるのだった。




