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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第一章

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22 知りたい一面、知らないままの一面

 十二月にもなれば、星宮家での生活は当然のことながら、学校での生活にも適応できると言うものだ。

 十二月になってから初めての休日となり、その日は部屋で勉強をしていた。


 手前から紙のすれる音が小さく響く中、後ろからはカツカツと心地よくも書き綴る音が聞こえてくる。


 連が自室で勉強をしている後ろには、希夜が居るのだ。

 ちらりと後ろを見ると、希夜は持ち込んだ折り畳みローテ―ブルの上にノートを開き、しっかりと向き合っている。


 希夜は勉強の邪魔をしに来ているわけではなく、週や日にちごとに連と希朝の部屋に滞在していることがほとんどなのだ。

 いつもの日常として慣れ親しんでいるのもあり、連としては特に気にしていない。

 むしろ、ローテーブルを希夜が持ち込んでくれたおかげで、砂時計が飾ってあっただけの部屋に彩りが増えたのだから。


(……希夜ちゃん、だいぶ頑張ってるし、つまめるものでも持ってこようかな)


 しっかりと向き合っている希夜の姿勢に、連はついつい軽く微笑み、ご褒美をあげたいと甘やかしたくなってしまう。

 ご褒美、なんて単語を知らなかった自分が使うようになるのはむず痒さがある。それでも、このひとつ屋根の下で得た知識が明日(あす)を輝かせるのだろう。


 静かに椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした時だった。


「……えっ?」


 後ろにぐいっ、と引っ張られたかと思えば、希夜が服の袖を掴んできていたのだ。

 ピンクの瞳をうるりとさせて上目づかいで見てくる希夜は、なにかを訴えようとしているのだと理解出来る。

 連自身、希夜のルームウェアが温かそうな半面、下手すれば胸元が開いて見えてしまいそうな程に露出が多い半袖姿なのもあって、目のやり場に困ってしまう。


 水面のように優しく揺れるピンクの瞳は、じっとこちらを見てくる。

 連はそっと息を吐いてから、引っ張ってくる小さな手だけを見て軽く笑みを浮かべた。


「希夜ちゃん、どうしたの?」

「……て、手が冷たかっただけやんね」

「ああ……希夜ちゃん、半袖だから寒かったよね。ごめんね」

「こ、これはうちが、元から体質的な……だけやんねぇ」


 ふと思えば、変に慣れていたのもあって部屋の暖房をつけていなかったので、希夜が女の子なのを考えれば体温的にも寒かっただろう。


 未だに希夜の手が服の袖を握ってくるのもあり、連はそっと自分の手で包むように希夜の手を握った。

 自身の体温をほんの数分交えてから、羽織っていたカーディガンを希夜の肩にかけた。

 希夜は驚いたように目を丸くしているが、寒い部屋に居させてしまったのは連が原因でもあるので、多少温かくなれば幸いだろう。


 暖房をつけてから、連は改めて希夜を見た。


「希夜ちゃんが頑張ってるから、おやつ持ってくるね。えっと、暖房をつけたばっかで寒いだろうから、嫌じゃなきゃブランケットを使ってもらっていいからね」

「……連にぃは優しいやんねぇ」

「や、優しくないよ。希夜ちゃんの体調が心配なだけで、他意はないから……」


 優しいと率直に言われたのもあり、連は恥ずかしくなって逃げるように部屋を後にした。

 ドアを閉める直前、希夜が何か言いたそうに手を伸ばしていたことに気づいてあげるべきだったのだろう。


「き、希夜ちゃん……大丈夫……?」


 温めた牛乳とココアクッキーをお盆に用意し、部屋に戻った時だった。

 大丈夫、という言葉をかけるのは間違いだっただろう。それでも、連は希夜の様子を見てそう口にするしかなかった。


 部屋に戻れば、希夜がおどおどした様子で小刻みに震えていたのだ。

 部屋は暖房をつけたのもあって、格段と寒いわけではなかった。

 それでも希夜は肩に羽織ったカーディガンを小さな手でぎゅっと握り、まるで何かに怯えているようだ。

 こちらを見てきた焦点の合っていない瞳は、連の姿を上手く捉えられていない。


 連はローテーブルの端にお盆を置いてから、希夜の視線に合わせるように腰をかがめた。

 カーディガンを握っていた小さな手は、自然と伸ばされるように連の服の袖を掴んでくる。

 希夜は言葉を口にしていないが、その震えた手は確かに想いを露わにしているようだ。


(この様子、もしかして)


 心当りが思い浮かんだ。

 希夜と最初にあったあの時――脱衣所で、希夜はタオル一枚の姿だったと言うのに、なぜかあの場で安心した様子を見せたこと。

 そして、部屋を出る前に服の袖を掴んできた。

 また希朝と居る時も、希夜は必ずと言っていいほど近くに居たのだ。


(――希夜ちゃんは、一人で居るのが苦手なんじゃ……)


 本人の口から聞いていない以上、憶測に過ぎない。

 憶測にすぎないが、絶対と言っていいほどに確証があり、希夜の家での様子から否定しきれないのだ。


「希夜ちゃん、勝手なことを言うようだけど……一人で居るのが苦手だったりする?」


 聞くべきではない、と頭では理解している。だが、今はただ希夜を知りたかった。


「べ、別に……ひ、一人が苦手とか……そ、そんなに、おさ、幼くないやんねぇ……」

「希夜ちゃん……」


 強がった様子を希夜が見せているというのは、今も尚震えているのを見れば一目瞭然だ。

 希夜の現状を見ても、心を開いてくれていても本音はこぼしてくれないだろう。

 どうすればいいのか考える間もなく、連は震えている希夜を温めていた。


「希夜ちゃん、寒かったよね、冷たかったよね……もう、大丈夫だよ……」


 一人であることが苦手、というのを白状してほしいわけではない。

 連はただ、暗い部屋に居た過去の自分が求めたことを、希夜にしてみたのだ。

 今の希夜の現状と、過去の自分が重なるわけではないと重々理解している。


 それでも――少しでも希夜を安心させるために、今出来る精一杯のことを。

 希夜を抱きしめるように腕を回したからか、希夜は驚いた様子を一瞬だけ見せたが、震えは止まっている。


 その時、希夜が服の胸元をギュッと握ってきた。

 連よりもひと回り以上小さな手で、離さないと言わんばかりにぎゅっと強く。


 上目づかいで見てくる瞳は、静かに連の顔を反射している。


「……連にぃ」

「うん」

「うちね……学校なら大丈夫なのに……家だと、どうしても一人が苦手やんねぇ……また、離れちゃうかもしれない、って思うと……胸が締め付けられて、怖いやんね……」

「ごめんね。気づけなくて、一人にさせて」


 謝ることしかできなかった。

 一緒にただ居るだけでは、ただ寄り添うだけでは何も見えていないのも同意義だと、改めて理解する必要があるのだろう。

 この想いはきっと、未来の自分が気づくための一歩になるのだから。


「頑張ってアピールしたのに、本当やんね」


 笑みを浮かべる希夜は、連の体温を感じるように頭を預けてくる。

 そんな幼い雰囲気を露わにしている希夜に、連はついついむず痒くなってしまう。


「え、えっと……希夜ちゃんが一人が苦手ってことは、希朝さんもそうだったりするの?」


 希夜はぷくりと頬を膨らませた。


「妹を勝手に抱きしめておいて、お姉ちゃんのことを聞くとは罪な男やんね」

「えっ、あっ、ご、ごめん……嫌だったよね?」

「……連にぃが抱きしめてくれて、うちは嬉しいやんね。でも、希朝ねぇをファーストに置いておかないと、うちは許さないやんねぇ」

「大丈夫だよ。希夜ちゃんが落ちつくまでだから」


 そう言うと、もう落ちついているやんね、と希夜が言うので、連は温もりをそのままに腕を離した。

 希夜は満足しているのか、満面に嘘のない笑みを咲かせてくる。

 見ている世界に花を彩るので希夜は、何気に小さな妖精なのだろう。


「希朝ねぇよりも先に抱きしめられた、っていうのがバレたら大変やんねぇ」

「そ、そうやって言わないでもらってもいいかな!?」


 掃除の際の事故で、不本意とはいえ希朝を受け止めて抱きしめる形になったので、初めては希朝に捧げたようなものだろう。

 積極的かと言われると、それは希夜に捧げてしまったので板挟みからは逃れられないのだが。


 連は咳払いをしてから、希夜の隣に腰をかけ、ローテーブルに置いておいたお盆に視線を移した。


「と、とりあえず……あったかい牛乳とココアクッキーを持ってきたから、一緒に食べようか」

「そうやんね。連にぃ、ありがとうやんね……色々と」

「含みはやめてもらえると嬉しいかな」


 ウインクしてきた希夜に、連は苦笑するしかなかった。

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