21 星宮家だけの秘密の距離感
優矢が帰った後、連はリビングに置いてあるローテーブルの近くの座布団に座り、そっと息を吐き出した。
普段はキッチンの方にあるダイニングテーブルに腰をかけるのだが、今日はどこかリビング……家族としての距離が近い、安らぎの場とも言えるところで心を落ちつかせたかったのだ。
キッチンの方を見ると、希朝が飲み物を二人分用意して、こちらへと持ってきていた。
「連さん、どうぞ」
「あ、ありがとう。……その、申し訳ない。優矢を誘ったのは急なことだったし、希朝さんも疲れているのに……準備してもらっちゃって……」
「別に、私は疲れていませんし、好きでやっていることですので」
「希朝さんは強いね。……奉仕が好き、ってことじゃないよね?」
「はあ。夢を見ているなら、ほどよい温かさのココアでも飲んで、妄想を冷やしたらどうですか?」
希朝が用意してくれたマグカップにはココアが入っており、人肌並の温かさなのもあって、すぐに口にできる温度だ。
呆れた視線を向けてくる希朝から目を逸らすように、連はそっとココアを口にした。
そんな連を見てか、希朝もココアを飲んでひと息ついている。
マグカップをテーブルに置けば、少し重たくも軽い音が空間に響いた。
「多分だけど……優矢は詰めてこないよ」
唐突に口にしたのもあり、希朝は何ごとかと言った様子で目を丸くした。
とはいえ連の真意を理解したのか、希朝はやんわりと微笑んでみせる。
「信用しているのですね」
笑みを向けてくる希朝に、連は恥ずかしくなって静かにうなずいた。
優矢を信用しているというよりも、今までの積み重ねが優矢という存在を結びつけているからこそ、言霊として確かな意思を感じたのだ。
「まあ、優矢は優矢だし……悪意ある真似はしないよ。それは、僕が保証する」
「そうですか。私はてっきり、連さんがひとりで居るのを良い事につるんでいる、とばかり思っていたので……正直、少し安心しましたよ」
「優矢へのイメージがひどすぎない?」
「そうですかね? 私はあの人の噂を耳にしますが、世間知らずだ、って口を揃えて聞きますし……」
「日頃の行い……間違いではないから何とも言えないか……」
優矢への印象が悪いのは、まごうことなき優矢自身の行いだ。
実際、優矢は知る限りでもチャレンジャーすぎるので、傍から見ても世間知らずと言われるほどの奇才だ。
そんな優矢の話をしていた時、連はふと思い出してしまった。
静かにも気持ちを掌握してくる……心が愛を求めてしまいそうな程、ぽつりと穴が空く記憶を。
「……まあ、優矢がこっちに来たのは、僕が悪いんだけどね……」
その記憶は胸の内に秘めておくつもりだったが、希朝の前だからなのか、自然と口からこぼれ落ちていた。
そんな暗い顔をしたまま連がうつむいているのを、希朝は静かに見守っている。
あくまで希朝の方から触れるつもりはないようで、そっとココアを飲んでから、音も立てずに立ち上がっていた。
どこかに行くのかと思ったが、柔く温かな空気の揺れが肌を撫でている。
隣に先ほどまで無かった熱。相向かいからの熱が、静かに寄り添っていた。
肌がくっつくような距離ではないが、空いていた隣が埋まっている。
空白のままになりかけていた気持ちを、穏やかに、刺激しないように埋めてくれるのだと感じてしまうほどに。
小さな手は置いていた手の近くに伸ばされ、空気がくすぐったくも肌を撫でている。
「……もう少しだけ、ばれないでほしかった。二人だけの、ひみつ……」
聞こえない程度に希朝は呟いていたと思われるが、聞こえていた。
自然と耳はぴくりと動き、その言葉に気持ちは微笑んでいるようだ。
連自身、希朝の言葉には共感しかなく、もう少しだけ隠れたドキドキを一緒に味わっていたかったと。
とはいえ、バレたのが優矢だけなので、隠した世界は学校の中に委ねられていると言える。
連は聞こえないふりをして、軽く頷いた。
寄り添った距離感に心地よさを覚えそうになっていた、その時だ。
「ただいまやんね」
「希夜ちゃん、おかえり」
「きぃちゃん、おかえりなさい」
希夜が白い袋を手にして、帰宅の挨拶と共にリビングに入ってきたのだ。
希夜は二人の距離を見るなり、少し不思議そうに首を傾げたが、嬉しそうに袋の中をごそごそしている。
「お土産で焼きまんじゅうを貰って来たやんね! 後でみんなで食べようやんねぇ」
「きぃちゃん、偏食は許さないですよ」
「希朝さん、まぁまぁ」
軽くお説教じみたような希朝を落ちつかせるように、連は手を開いて空を押した。
希夜がワクワクしながら相向かいに座ったのもあり、ふと思い出したように連は言葉を口にした。
「そうだ、希夜ちゃん。希夜ちゃんのことは話してはいないんだけど……僕とよく話してる優矢に、希朝さんとの関係がバレたというか……」
「話してる……? あぁ、連にぃのお友達やんねぇ」
「連さん、この子は興味ないみたいだから、深く教えなくても大丈夫ですよ」
希夜が浮いたようにほのぼのしていたからか、呆れたように希朝はため息をついている。
希夜のおっとりとしたマイペースは今に始まったことでは無いが、掴みどころがない点では不思議ちゃんだろう。
苦笑していると、希夜がじっと見てきていた。
「希朝ねぇと連にぃ、距離縮まった?」
希夜が首を傾げてきたのもあり、連は思わず希朝と顔を見合わせていた。
二人で顔を見合わせるタイミングが同じだったので、軽い気まずさを覚えそうだ。それでも、付かず離れずの今の距離感が変わることはなかった。
「気のせいです」
「気のせいだから」
「えへへー、二人は仲睦まじいやんねぇ」




