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02 星宮家に住むということは

「着きました、ここですよ」


 公園から歩くこと数分、希朝の案内の元、無事に目的だった星宮家に辿り着いていた。

 歩いている際に雨は上がり、今では白い光が灰色雲の隙間を抜けて空から地上に降り注いでいる。


「ここが、目的の……」


 見上げると、二階建ての大きめの一軒家が塀に囲まれながら建っている。

 門にドアが無い筒抜けの庭は、見るからに和風とも言える灯篭から石畳、整えられた草木が玄関先までの道を作っていた。


 ふと気づけば希朝が門前(もんぜん)を通り抜けて、こちらを振り向いている。


「連さん、玄関はこちらです」

「え、ああ」


 戸惑うことなく入っていく希朝に困惑しつつも、連は後に続いた。

 庭に軽々しく踏み込むのはここら辺の地域が田舎寄りだからこそ、普段通りの行動なのだろうか。

 連は希朝の動きに困惑しながらも、玄関までたどり着いた。


 希朝の道案内はここまで、と思っていた矢先だ。


「今、鍵を開けますから」

「……え?」


 希朝は手慣れた様子で制服のポケットから鍵を取り出し、木造のドアに近づき、ガチャリと鍵を開けた。

 感謝をする間もなく、希朝は振り向き、口角を柔らかく上げて笑みを浮かべている。


「改めまして……私は星宮希朝。天夜連さん、長旅ご足労さまでした」

「え、あの……」

「荷物もあって、立ち話もなんですし、家の中へどうぞ」


 希朝に言われるがまま、連は家の中に入った。


 家に入ってから最初にと、一階には和室にリビング、お風呂場などが設置されている生活空間だと希朝は案内しながら回ってくれている。

 連がここに来た目的を、希朝は知っているからこそ案内してくれているのだろう。


 迷子になっていた連を希朝がわざわざ迎えに来たのは不明だが、道案内と称して家に案内してくれたのは目的を考慮すれば辻褄が合うと言うものだ。


 連は希朝に案内されるまま、二階へと上がっていた。

 そして同じ壁面に三つあるうちの一つのドアを希朝は開け、距離を詰めてと促すように手招きしている。


「ここは」

「今日からここが、連さんのお部屋ですよ」


 開けられたドアから見える部屋には、いくつかの段ボールが積まれており、ベッドと勉強机に収納ケースという必要最低限の生活品が出迎えていた。

 段ボールは見たところ、ここに来る前に送ったもので間違いないだろう。


 わざわざ部屋に段ボールを運んでもらったと思うと、連は頭が上がらなくなりそうだった。


「部屋をまるまる一つ貸してもらえるんですね」


 正直な話、部屋を用意してもらえただけでも連からすれば驚きなのだが、一人部屋に住まわせてもらえるとなれば驚くしかないのだ。

 ふと気づけば、希朝が首を傾げていた。


「貸すと言うよりも、連さんの好きにしていい場所ですよ?」

「……え? 監視カメラとかが無いのに、好きにしていい?」

「自室に監視カメラを付けるほど、プライベートを覗く趣味はありませんよ。ふふ、面白い子」


 希朝が鼻で笑ってきたのもあり、連は恥ずかしくなってそっぽを向きたかった。


「二階には連さんの部屋と私の部屋。後もうひと部屋ありますが……勝手に入らないでしょうし説明は要りませんよね」

「最初から最後まで、ありがとうございます。……えっと……」

「希朝、名前で呼んでください。その代わり」

「その代わり?」


 希朝はそっと微笑んだ様子で、こちらの瞳をジッと見ている。

 柔く揺れる光反射したピンクの瞳は、吸い込まれるほどに視線を逸らすことが出来ない。


「私は連さんの事を名前で呼ばさせてもらいますから。すでに呼んでいますけどね」

「分かった。じゃあ、希朝さん、これからはよろしくお願いします」

「はい、連さん、こちらこそよろしくお願いします」


 お互いに距離を見誤っていたのもあり、頭を下げた瞬間おでこがぶつかりあった。


「いちちっ……ご、ごめんなさい!」

「いたぁ……わ、私こそすいません。……うじうじした様子、捨てきれていないのですね」


 額はひりひりするが、希朝が怪我をしなかっただけよかっただろう。


 連は軽く額を抑えていたのもあり、希朝の最後の言葉を聞き取れなかった。



 その後、荷物を置いたら和室に来てほしい、と希朝に言われたのもあり、連は荷物を下ろしてから和室へと移動している。


 和室に入れば畳の香りが出迎えてきた。

 テーブルを挟んで置かれている四角い差布団に、生け花の置かれた後ろの壁に備え付けられた掛け軸は、見るからに和の心を伝えてくるようだ。

 また、今は障子に閉ざされているが、和室からは玄関先と違った中庭も見えるのだろう。


 座布団に姿勢を正しくして正座していた希朝を見ると、そちらにどうぞ、と静かに目配りで相向かいの座布団に座るように促してきていた。

 誘われるまま、連は座布団に正座する。


 改めて希朝と向かいあうと言うのは、緊張感があるものだ。

 気持ちが落ちつかないでいると、希朝は一つため息をこぼした。


「連さん、あなたの口からも聞いておきますが、ここに来た目的は理解していますか?」


 希朝は今の今まで触れてこなかったが、しっかりとその場を用意していたからこそ、触れないで会話をしてくれていたのだろう。

 希朝にはいずれ話すことになるので、連は悩みつつも言葉を紡いだ。


「……星宮家に、引き取られた。それで、これから居候として、お世話になります……」


 連の目的……星宮家を目指していたのは他でもない、住まわせてもらうためだ。

 天夜家近くの高校に通っていたのだが、連は訳あって、違う地域の学校かつ連を引き取ってくれる星宮家にやってきたのである。


 両親からは唐突に言われたのだが、連からすれば特に迷いもなく、ただ受け入れるしかなかった。選択肢が無かったからこそ、現実から目を背けて星宮家に逃げたと言った方が正しいだろう。


 都合のいい解釈をしているが、簡潔に言ってしまえば星宮家に捨てられただけである。


 両親は連を捨てる目的があったからこそ、口頭だけで所在地を伝え、連が迷子になっても行方不明になっても関係ない……目障りな人形を捨てた、ただそれだけで済ませただろう。


 希朝からすれば納得のいく問いだったようで、微笑んだ様子で頷いている。


「……そうですか。連さん、ここに住む以上ですが」


 前置きを一つ挟んで、希朝は目の前のテーブルに一通の紙を置いた。


「これは私の両親からの手紙ですが、あなたも少しは知っているのでしょう?」

「何を?」

「養子として星宮家に連さんが来るのと同時に、婿前提で話が進んでいることですよ」


 あっさりと言い切って、目を細めている希朝に、連は驚くしかなかった。

 驚きのあまり、声が出ないほどだ。

 星宮家に住むことになるのは知っていたが、婿入りの話は両親から一言も聞いていなかったのだから。

 連を捨てるのが前提だった両親からすれば、話す必要もない情報ではあっただろう。


「驚いてばかりですね」


 呆れた視線を向けてくる希朝が、連にとって今だけは辛く思えた。


「連さんのご両親は――」

「うっ、おえ……」

「……連さん」


 連は吐き気を覚えた。

 連自身、思う事から気を逸らしていたが、自身の両親の話題はどうしても拒否反応を起こしてしまうのだ。

 たとえそれは、自身の口から話そうとしても、きっと苦しんで吐き出せないまま。


 連が吐きそうになりながらも口許を抑えると、希朝は心配そうに右手を伸ばそうとしていた。


 伸ばそうとした手を引っ込めて、その場から立ち上がり、うずくまりかけた連の方に近寄ってきている。


「連さん、ここではあなたの好きなように、あなたが思うように暮らしてもいいのですよ……今日から連さんは、私たちの家族ですから」

「……希朝、さん……」


 顔を上げると、希朝はただ温かく見守ってくれていた。

 そっと背に置かれた自分よりも小さな手の平が、今だけは心地よく思えた。

 どこか昔、忘れてしまった感覚が蘇ってくるようで。


「改めて言っておきますが……そのゴミ、捨てておいてください」


 希朝の言う『そのゴミ、捨てておいてください』は、きっと連を変える魔法の言葉になるのだろう。

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