19 お買い物と遭遇
「えっと、どこから買っていこうか」
「この食材ですと、あのルートから通っていった方がいいですよ」
この日、連は希朝と一緒に、最寄りのスーパーにお買い物に来ていた。
連としては希朝とのお買い物に関して、学校以外で希朝と居るのが広まるのを不安視している。
最寄りのスーパーとはいえ、同じ学校の生徒も時折見るので、変にぱったり会ってしまっては都合が悪いだろう。
希朝にその話をしたのだが……学校での件も含めて距離感を正すため、という希朝の言い訳に言いくるめられ、渋々同行を許したのだ。
とはいえ、希朝が冬服コーデを主にした控えめなワンピースを着ているので、瞳をジッと見られない限りは勘づかれないだろう。
希朝の冬服ワンピースは肌の露出が控えめながらも、凛とした彼女の雰囲気の中にある柔らかさを満遍なく生みだしている。おかげで、すれ違う他のお客さんの視線がよく刺さるものだ。
視線を外でも集める希朝は大変だな、と連は思いながらも、メモしていた野菜をカゴに入れる。
「そう言えば、希夜ちゃんは誘わなくてよかったの?」
「ああ、きぃちゃんはですね……学校後の日課のランニングもありますが、その後にお友達と会うと言っていたので、誘わないでおきました」
「希夜ちゃん、走るの好きそうだよね」
「ふふ、あの子は元気ですから」
「それは言えてる」
「……本当は、私が連さんと二人きりになりたいだけですけどね……」
希朝がぼそっと呟いたのもあり「何か言った?」と聞いて首を傾げれば「な、何も言っていません」と希朝が頬を薄っすらと赤くして言うので、連は静かに微笑んだ。
微笑んだのが悪かったのか、希朝は小さな手の甲で軽く小突いてくる。
連は訳の分からないまま、希朝の気が済むようにさせるのだった。
希朝と店内を話ながら巡りつつ、メモした食材をカゴに入れていく。
夜ご飯の良い味付けになりそうな調味料を吟味していた、その時だった。
「連さんは、好きなものは何ですか?」
「好きな、もの……」
正直困ったものだろう。
首を傾げても、期待の眼差しとすらも取れる煌めく瞳を希朝が向けてくるのもあり、じんわりと冷や汗が滲んでくる。
好きなものを連は考えたことがなく、考える時間を、許される日々が無かった。
むしろ連自身が、自分の好きなものを教えてほしい、答えてほしい、と願ってしまうほどだ。
思わず悩めば、希朝の視線は呆れたような眼差しになっている。
「……好きなもの、無いのですか?」
「え、えっと……」
心に響く小さな声は、妙に見透かしているようで落ちつかないものだ。
希朝は連を理解したように気遣ってくれるので、きっと連の持つ答えを知りたいのだろう。
希朝は何かとおせっかいを焼いてくれる。だからこそ、連らしさをしっかりと聞いて、形だけを見ないようにしているのだろう。
「……僕は、希朝さんに希夜ちゃん、二人の作ってくれる料理なら何でも好きかな」
連はふと、自分の好きなものが身近にできていたのだと気づいた。
今までなら食べて生き続ければいい、程度の考えだったのだが、希朝の手料理には静かながらも心を揺らされたのだから。
好きな料理は二人と言ったが、希夜に関しては希朝の見張りが無いと危ないので、希朝ありきで美味しいものになっているのだろう。
「私の、料理が好き、ですか……えっと、その、直接言われるのは照れますね……う、嬉しいですが、その……」
「……普段からもっと好きって言った方がよかった?」
「そ、そんなに求めていません! そんなに言われたら……」
「言われたら?」
「は、恥ずかしすぎて……普通じゃいられなくなっちゃいますよ……」
希朝が口をもごもごしたので最後は上手く聞き取れなかったが、あまり言葉にしない方が彼女のためなのだろう。
美味しかったら美味しい、と日々伝えるだけで、好きとまでは言わないようにしようと頭の片隅に置いた。
実際の所、希朝の料理には虜にされているも同然なので、連の胃が掌握されるのはそう遠くは無いのだろう。むしろ、既に掌握されているのかもしれない。
希朝は照れたように指で自身の頬を撫でていたのだが、ふと思い出したようにこちらを見てきた。
「あっ……し、強いて言うなら、どの手料理が好きですか?」
「うーん。よく飲んでいた味噌汁くらいかな……?」
「お味噌汁ですね。今度、私が朝ご飯とかで作って差し上げますね」
「ありがとう、嬉しいよ」
素直に言葉を口にしたのだが、簡単に言うのはよくありません、と希朝が照れた様子を見せたので、連は首を傾げるしかなかった。
その後、希朝が出ていたカステラを見てワクワクしていたのもあり、カゴに入れて会計に向かった。
会計を済ませた後、希朝は手慣れたように持参したマイバッグに買った物を入れている。
(……思ったよりも買ってた)
お野菜やお肉、小さな調味料からカステラ、お味噌や牛乳などの重たいものも入っているので、重量だけを見るなら重い方だろう。
希朝がマイバッグを持参してくれたのはいいが、連は気持ちに重さを感じていた。
気持ちにあるのは感情という楔で、本来なら空気と変わらない、人の持つ感情に重さを。
ふと気づけば、希朝はマイバッグに全て入れ終わったようで、持ち上げようとしている。
「……えっ?」
「このくらい、僕が持つよ。それに……たまには頼ってほしいな、希朝さんは女の子だし……」
横からさりげなくマイバッグを持ち上げれば、希朝は驚いたように目を丸くしてこちらを見てきていた。
揺れる瞳は、連の姿を反射している。
希朝は瞬きをしてから、そっと柔らかな笑みを浮かべた。
「連さん、私がしてほしい、と思ったことをしてくれたの嬉しいですよ。ありがとうございます」
「こ、これくらいは当然だから」
見ている連の方が恥ずかしくなり、こそばゆくなった頬を掻いた。
(……希朝さんが星の子で可愛いって言われているの、分かった気がする)
連自身、なぜ希朝が突出して可愛いや美少女と呼ばれるのかは疑問だったのだが、自然と向けられた柔らかな笑みを見て初めて理解できた気がした。
その反面、外ではあまり見せないでほしい、と思ってしまうのは独占欲と言うものだろうか。
さりげなく希朝が近寄ってきたのもあり、お店を出る事にした。
手を繋ぐまではいかないが、手が絡みそうな、腕の当たる距離は確かに希朝の温もりを感じるのもあり、隣で歩く連は妙にもどかしさを感じてしまう。
自動ドアが開いて外に出た、その時だった。
「……あっ」
「おいおい?」
「……れ、連さん?」
お店の前でぱたりと出会った人物に、連は思わず足を止めていた。
まじまじとこちらを見てくる藍色の瞳を、歩く筋肉と呼ばれるガタイの良い親友を見間違える筈がない。
「連に……星宮希朝さん?」
優矢と出会ってしまった、そんな驚きを隠せないまま連は希朝と顔を合わせるのだった。




