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星宮家の恋軌跡  作者: 菜乃音
第一章

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17 婿としてではなく、家族としての歩み寄りを

 希夜が部屋を後にしてしばらく経った頃、静かにふすまが開いた。

 開いたふすまから希朝は姿を見せるなり、連を視界に入れてはおどおどしたように見ている。

 しっかりと背筋を伸ばし、連が姿勢を正して希朝を待っていたのが原因だろうか。


 希朝は落ちついた様子を装っているが、持ってきたお盆に触れている細い手は、微かに震えている。

 希夜の言っていた通り、希朝は期待に応えたい……そんな想いが先行して、希朝という気持ちを錆びつかせてしまっているのだろう。


「希朝さん、とりあえず座ったらどうかな?」

「えっ、ええ。……どうぞ……」

「ありがとう」


 希朝はテーブルにお茶の入ったコップを二つ置いてから、向かいあうようにして差布団に正座した。


 平然を装いながら向かいに座った希朝だが、未だに動揺しているのは目に見て理解出来る。

 連は希朝に感謝してから、持ってきてくれたお茶に口を付けた。

 希朝はそれを見てか、連と同じようにお茶を口にふくんでいる。

 共感性の高さが故に、希朝は同じ行動をしてくれているのかもしれない。もしくは、希朝の両親が上品ある振る舞いをしており、言葉無くして椅子に座らないタイプだろう。


「希朝さん」


 コップを置き、一つ息を吐き出してから、連は希朝を真剣に見た。


「は、はい」

「そんなに硬くならなくても……えっとね、結果から言うとね、婿としての話は一旦置いておきたいんだ」


 このやり方は希朝に対してズルい方法ではあるだろう。

 やはりというか、希朝は驚いたように目を見開いていた。

 震えたようにこちらを見てくるピンクの瞳は、今にでも雫がこぼれそうな程に潤っている。それでも、確かな芯がその瞳の奥に宿っているのは、言わずもがなだ。

 希朝が話を聞く姿勢を崩さないでいるのもあり、桃色の海を泳ぐ黒き瞳に希朝の姿を鮮明に反射させる。


「えっと、理由もあるんだ。希夜ちゃんが自身の日課を見せてくれたように、しっかりとお互いを知っておきたいんだ」


 連自身、自分が共感性の高い人間だとは思っていない。むしろ、欠落している存在だと認識している。

 認識こそしているが、希朝に対しては共感できる感情が芽生え、今この場の主導権を握ろうとしているのだ。それは、お互いに納得できる話をするために。

 ふと気づけば、連は自身の拳をぎゅっと握り締めていた。


「それでね……僕と希朝さんは関係だけで言えば、他人に近しいし、お互いのことを何も知らないままだから。だから――」

「知っていますよ。連さんが、両親から捨てられたことくらい」


 初めて、希朝の表情に雲がよぎったように見えた。

 連は思わず、息を呑んだ。

 切り裂くような冷えた声色に、重厚感のある言葉は、静かにも連の気持ちを掌握してきている。

 連自身、過去を割り切れているわけではない。

 ましてや割り切れない過去は、両親といた過去。だからこそ、軽く吐き気を感じてしまう。


(……乗り越えないと、一歩を踏み込まないと)


 両親という言葉に吐き気を覚えるのは、今を最後にすべきだ。捨てるべきだと、連は理解していた。

 口の中に湧き上がる酸っぱさを飲み込み、拳に力を込め、もう一度希朝を見る。

 見て見ぬふりをしないように、希朝の事を理解したふり、知ったふりをしないように。


「僕は、希朝さんの事を理解したふりをしたくない。だから……ちゃんと希朝さんを見たいんだ」

「……連さん。連さんは殿方なのに、しっかりと相手を見ているのですね」


 希朝の瞳から、黒い雲が去ったように見えた。

 やんわりと上がる口角に、柔らかな頬の変化は、気を抜けば思わず見惚れてしまいそうだ。


 ふと気づけば、希朝は自身の前髪をいじっていた。

 髪を傷つけないように触れられる、白く細い指先は、美しいという言葉だけでは表現できないほどの繊細さがある。

 希朝は太陽がモチーフの髪飾りを外し、連の前に出して見せてきた。


 視線を髪飾りに向けたのを察してか、希朝は微笑んでいる。


「この髪飾りは……希夜ちゃんが来てから、家族として、姉妹の象徴として私の両親がくれたものです」

「だから、太陽と月」


 希朝の言葉には少し引っかかるような気持ちはあるが、希朝が自身の事を話してくれたことが、今の連にとっては心地よかった。

 太陽がモチーフの髪飾りを付けた希朝、月がモチーフの髪飾りを付けた希夜……相対するモチーフでありながら、陰と陽、バランスを取るには欠けてはならない存在とも受け取れる。


 希朝が微笑みながら髪飾りをつけ直している時に、連はふとある想いが脳裏をよぎった。


「希朝さん、どうして今打ち明けてくれたの?」


 唐突に髪飾りの話をされたのもあり、嬉しい反面、素朴な疑問を感じていたのだ。

 希朝の事を知りつつも、希夜との関係を知れた。だが、その話をしてくれた希朝の気持ちを知りたい、そんなエゴも湧き出ている。


「……家族としての距離を縮めるためですよ。確かに連さんは婿としてきたのかもしれませんが、一つの家族であり、私にとっては迎え入れたもう一人の家族です」

「……希朝さん」


 どうやら、希朝に想いは届いていたらしい。

 婿としてではなく、家族として少しずつでも歩み寄りたい、その不確かながらも形になっている想いが。


 連はふと、頬を緩めた。


「連さん、自然と笑えるようになったのですね。嬉しいですよ、連さんが笑える場所にできていると思うと」

「うん。僕は共感性が欠如しているかも知れないけど、希朝さんや希夜ちゃんのおかげで笑えるようにはなってるよ」


 今までの連なら、笑うことすら理解できなかった。

 それでも希朝と希夜と過ごしている時間で、連は自分なりの形を受け入れ始めているのだ。

 希朝や希夜のためではない、ただ自分という連自身を知れるように。


「そうやって卑下するの、許しませんよ」

「ご、ごめんなさい」

「ふふ。連さんに共感性がなければ、こうして話を出来ていませんよ」


 そう言って微笑む希朝は、太陽よりも眩しかった。それでいて、微かにも心が引き寄せられる、そんな愛らしさもあるのかもしれない。


「連さん。ありがとうございます」

「僕は別に、何もしてないよ。ただ、希朝さんに救われてるだけだから」

「もう。……でも、婿としての話はしっかりと考えておいてくださいね。私は、連さんの紡ぐ道筋を、見てみたいですから」

「うん。希朝さんの期待に添えられるように、やってみるよ」


 家族としての幸せは未だに知らないままだ。

 それでも、ポツリと空いていた空白、寂しさを埋められたような気がした。

 希朝がそっと近づいてきて、指先に絡んだ細い指先から伝わる温もりに……微かな明かりを感じたからだろう。

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